遥楓の章——この想いが、成就するなんて
——暇だなぁ。
中学を卒業してから、数日経った。
今日はホワイトデー。
これから通う高校の説明会にも行った。入学前に済ませておくべき宿題もその時にもらった。制服の採寸も済ませている。
机の上には宿題が広がっているけど、何故か手につかない。何事も気が向かないとやろうと思えない気分屋な性格が顕著に表れている。
私は暇つぶしに、とスマホを手にとって、通知だけ見ようと思い立った。常日頃マナーモードにしているから、通知を見ないと連絡が来ていることに気付かない方が多いのだ。
メールが来ている。——誰からだろう?
メールアプリを開いて差出人をみた瞬間、ことり、と胸が音を立てた。
『差出人:山崎健也
宛先:芹沢遥楓
件名:今日空いてるかな?
空いてたら海に来てよ。
会えるのを楽しみにしてるよ』
どうして、急に……?バレンタインのお返しかな。
どうなんだろう、分からない。
少し不思議には思ったけど、未だに健也くんのことが好きだという気持ちは消えないままで、会いたいという気持ちが勝った。
私は海へと駆け出した。
早く健也くんに会うために。
「お待たせ。待った?」
海にはすでに健也くんがいた。
健也くんは笑顔で答える。
「いや、全然」
笑顔だけど、少し緊張していそうな感じがする。
「バレンタイン、ありがとう。これ、あげる」
健也くんは早口でしゃべり、押し付けるかのように私に袋を渡してきた。
「あ、ありがとう」
ちょっと驚いたけど、袋を受け取る。バレンタインのお返しかな?
袋の中を覗き込む。
中に入っている手紙を、取り出して開いた。
『好きです。
おれの夢が叶ったら、付き合ってください』
健也くんに聞こえるんじゃないかって思うくらいに、どきどきしていた。
「——嘘でしょ⁉︎」
思わず、叫んでいた。
「——本当だよ」
「……嬉しい……!」
私はもう泣きそうだった。
「ありがとう……!」
健也くんははにかんで笑った。私の好きな笑顔で。
心地いい風が私たちの頬を撫でて空へと帰っていく。
「ありがとう……これ、家で食べるね。本当にありがとう!」
私がそういうと、健也くんは照れ隠しのように頭を掻いて言った。
「上手くできていればいいんだけど」
「美味しそうだもん!きっと大丈夫だって!」
もちろんこれは、本音だ。
その後、自然に私たちは家へと帰っていた。
家に帰って、お菓子を食べた。
この食感は……チョコ入り焼きメレンゲだ!
白かったから分からなかったけど、どうやらホワイトチョコを使っているみたいだ。
ちょうどいい焼き加減で、甘くて美味しい。
「——バレンタインに告白して、よかった」
だって知らなかったから。健也くんが私のことを好きだったことを。
甘いチョコ入り焼きメレンゲは、今の私の幸せな心みたいだな、と思った。
「頑張って、健也!」
大切な人の声が聞こえた、気がした。
球がこちらへと飛んでくる。思い切ってバットを振った。
——カキン!
気持ちの良い音がして、球は遠くへ、遠くへと飛んでいく。
——ホームランだった。
夢が叶った俺は今、遥楓と結婚して幸せに暮らしている。
様々なところに旅をしなければならないし、大変な事もたくさんあるけど、そんな俺をいつも支えてくれる彼女に感謝している。
今日はホワイトデー。
何か感謝を伝えるために……。
「遥楓」
「なあに?」
私は突然、健也に声をかけられた。
「あの……これ、あげる」
健也が私に渡してくれたのは、有名なブランドの美味しいチョコレートの小箱。
そして、小さな袋に入った何か。
小さな袋の中に入っていたのは、あの懐かしい、チョコ入りメレンゲ焼き。
「——いつの間に作ったの?」
「遥楓が寝ている間にね」
はにかんで笑う健也。
「——いつも、ありがとう」
「こちらこそ、ありがとう」