健也の章——この想いを、チョコに込めて
今日はホワイトデー。
俺は、バレンタインデーのお返しをするために、そして、告白をするために、チョコを作っていた。
レシピはもちろん、事前に決めていた。
男とはいえども、何か買って返すのではあまり意味がないような気がした。
だって本命のチョコだ。
極端な例をあげるなら、最近人気だというクランチチョコの駄菓子を買って渡しても、あまり意味がないような気がする。
かと言って、湯煎でチョコを溶かしてもう一回固めるだけじゃつまらない。
どうしようかと悩んでいたその時、俺にも作れそうで、美味しそうなチョコ菓子のレシピを見つけた。
——チョコ入りメレンゲ焼きだ。
そもそもメレンゲとは何かをよく分かっていなかったが、それは卵白に砂糖を入れて、とにかくツノが立つまであわ立てたものらしい。手作業だと10分か下手したらそれ以上かかるらしいが、ハンドミキサーを使うともう少し時間が短縮出来るようだ。幸いにも、家にハンドミキサーはあった。
ハンドミキサーで砂糖少なめのメレンゲを作り、そこにホワイトチョコを混ぜる。ホワイトチョコにしたのは、単純にホワイトデーだから、と言う理由だ。あとはそれを絞り出して焼くだけだ。
様子を見ながら焼いていく。焦げ付いたら苦くなっちゃうだろうから。せっかくなら、美味しいものを渡したい。
焼きながらずっと遥楓のことを考えていた。
なんて言えばいいだろう。
なんて言って告白すればいいんだろう。
なんて言ったら喜んでもらえるのかな?
どうしても口にするのは恥ずかしくて、手紙を書いた。と言っても書いたのはたった一言だけ。
「好きです。
おれの夢が叶ったら、付き合ってください」
焼けた。
チョコ入り焼きメレンゲをラッピングしてさっきの手紙を添える。
——出来た。
俺は遥楓を海に呼び出すことにした。理由は遥楓の家が海に近いから。
俺たちはもう卒業したから遥楓も空いているはず。
そう思って海に着いてからメールを打つ。
『宛先:芹沢遥楓
差出人:☆○△◇.0314@for-you.give.jp
件名:今日空いてるかな?
空いてたら海に来てよ。
会えるのを楽しみにしてるよ』
——送信。
遥楓は海に来るだろうか?
「お待たせ。待った?」
不意に遥楓の声が聞こえた。
「いや、全然」
——ついにこの時がきた。
「バレンタイン、ありがとう。これ、あげる」
どきどきしながら、早口でしゃべりながら、押し付けるかのように袋を渡す。
「あ、ありがとう」
驚いたように袋を受け取る遥楓。
袋の中を遥楓が覗き込む。手紙を取り出して開く動作がスローモーションのように感じた。
遥楓に聞こえるんじゃないかって思うくらいに、どきどきしていた。
「——嘘でしょ⁉︎」
遥楓が叫ぶ。
「——本当だよ」
「……嬉しい……!」
遥楓はもう涙ぐみそうだった。
「ありがとう……!」
弾けるような笑顔。
俺は笑った。いや、笑っていた。
爽やかに吹き抜ける風が、俺たちの頬を撫でて空へと帰っていく。
「ありがとう……これ、家で食べるね。本当にありがとう!」
遥楓がそう言った。
俺は照れ隠しのように頭を掻く。
「上手くできていればいいんだけど」
「美味しそうだもん!きっと大丈夫だって!」
その後、自然に俺らは家へと帰っていた。
家に帰った後、余ったチョコ入り焼きメレンゲを食べた。我ながらいい出来だと思う。
甘くて面白い食感のそれは、遥楓が前にくれたお菓子と同じ食感だった。
そして、あの時あった苦味はない。
チョコ入り焼きメレンゲを食べながら、幸せを噛み締めていた。