エピローグ
一年後――。
月野町でおこなわれた「月神祭り」は、県内外から大勢の見物客を集め大成功を収めた。
一年前の役場へのプレゼンテーションのための公開から、いかにしてこれを町興しに使えるかと協議し、懸命にPR活動を続けていた。インターネット他、県内全域をカバーするローカルテレビ局からミニFM局まで、ありとあらゆるメディア、道の駅やバス・鉄道などの公共交通機関にも協力をあおぎ、客を呼ぼうと頭を絞って展開していった。
その甲斐あって、祭りの開催中の三日間で、のべ五千人もの観光客を呼び込むことに成功し、町は賑わった。とくに三日目のハイライト「月神獣退治」では、会場の月読山の斜面を埋めつくすほどの見物客が集まった。
当日は、一年前にはなかった横断幕やのぼりを町のあちこちに設置したり、駐車場の案内看板も至る所に立てかけた。祭りの案内チラシも大量に用意した。
屋台も多く出店し、駐車場も拡張し、警察までかり出しての備えは万全かと思いきや、予想をはるかに超える人出で、月野町商店街はてんやわんやの対応だった。そこは反省すべき点だったが、それをふまえ、来年以降はもっと行き届いた対策ができるだろう。
イリュージョンへの反応は期待以上で、祭りの終わった直後からインターネットの動画サイトでは早くも話題になっていた。
祭りを終え、その疲労のために、翌日の商店街はまともに営業していない店舗が続出したが、心地よい疲労感は、同時に、やりとげたという達成感とも相まって、皆の心にしみじみと染みわたっていったのだった。
新しくオープンした土産物屋も好調で、当日はもとより、パワースポットという話題から祭りの後にも、ぽつりぽつりと客が訪れだした。パワースポットとして、月読山の祠と月宮神社の売り出しも成功しそうな予感である。まだ商品点数は少ないが、今後もいろんな商品を開発していくことになるだろうし、商店街だけでなく、町中が関連グッズであふれていくだろうと思われた。
自治体も、経済効果があるとばかりに次々にさまざまな企画を出していった。軌道に乗るのはこれからだろうが、ともかく、なんの変哲もない、過疎化と高齢化で貧乏くさくなってきていたただの里が、今、本当に変わりつつあった。
『準備はいいかい?』
とシロが訊いた。
「全員そろったよ」
そうこたえるのは航聖である。
その場にそろったのは、鳥野家の一家四人と、野浦銀次郎、大伊豆星司の計六人であった。
『じゃ、出発しよう』
シロを先頭に歩き始める。向かう先は、月読山の頂上である。
祭りが終わって、すでに舞台の撤去などのあと片付けもすみ、静かな元の姿に戻っていた。
未明――パワースポットへ来る観光客もいない時間だ。
目的は、長らく忙しさにかまけて延び延びになっていた、月読郷への遠足だった。月神人による大人だけなら、月読郷へは一度行っていたが、子供をつれた家族連れとなると、今回が初めてだった。勇樹の功績が自治会でも認められて、二回目の「月読郷ツアー」は、勇樹の家族たちとなったのであった。
満月が西の空へと移動して、もうあと数時間で沈みゆこうとしていた。べつ満月でなくとも、月読郷への出入りは可能だったが、人間をこれだけ連れてというと、満月の力を借りねばシロのパワーでは足りなかった。昼間は観光客の目があるということもあって、月読郷へ行くのは差し控えられた、というのもある。
シロはあれから一年以上たって大人と同じ大きさに成長していたが、とはいえ、まだ子供だという話だそうである。ちなみに月神獣の寿命は人間の数倍ほどとのこと。
ハンディライトのLEDの強烈な光が山の斜面を切り裂くように照らす。観光客が訪れるようになったために定期的に草刈りをしている斜面は、道もすっかり整備されて、坂道であるという点を除けばずいぶん歩きやすくなっていた。
すっかり登り慣れた山道で、おしゃべりしながら。航聖と銀次郎、大伊豆と理沙、そして勇樹と直美。
シロが後ろを振る帰る。皆、遅れずについてきていた。勇樹でさえ、息があがっていなかった。
『みんな、祠の前に集まって』
シロの指示で全員がぞろぞろと移動する。石造りの古い小さな祠は、これまでいつ見てもなにか特殊なものがありそうな気がしなかったが、今では祭りに合わせてしめ縄をかけられていたりで、それらしく装飾されていた。ちなみに新しいしめ縄の掛け替えは、必ず「防人ノ儀」のあと、祭りの最後の儀式としておこなわれた。これをすれば一年の間は月神獣から守れるという。まったくもって芸が細かい。
『じゃあ、行くよ。みんな、勢いよく飛んで、飛び込むんだよ』
「ちょっと待った」
勇樹が制した。
「記念写真を撮ろう」
突然、言い出した。
「ええー? 早く行こうよう」
航聖が抗議した。今回の月読郷行きをだれよりも楽しみにしていたから、早く行きたくてたまらない。
「いいじゃいの、別に。月読郷は逃げないわよ」
理沙はたしなめる。
勇樹はそそくさとカメラを準備しだす。三脚に固定して、リモコンを手に戻ってきた。
シロと全員が祠の前に集合して。
「じゃあ、写すよ。チーズ」
リモコンでシャッターがパチリと下りた。
『じゃあ、今度こそ』
シロが祠に向き直る。
「どきどきするなあ……」
と銀次郎。この中で唯一、月神の関係者でない銀次郎は、もちろん家人には内緒であるから、春休みに友だちの家に泊まるということでこの時間の外出をゲットしていた。
「祠の上を飛び越すなんて、できるかしら」
直美はやや不安そう。
「シロにしがみついてったら?」
航聖が冗談半分に提案した。
勇樹が三脚を片づけていると、祠の上の空間が歪み始めた。背後の光景がゆらゆらと月明かりに揺れて。
やがて渦が見えた。
『僕が行くから、あとに続いて飛び込んで』
シロは身も軽くジャンプする。渦の中へと消えていくシロ。
すぐあとを、航聖と銀次郎が飛び込んでいった。
「さ、行って」
勇樹が理沙をうながす。
「行こう」
大伊豆が言うと、理沙はうなずいて、ジャンプした。大伊豆がそのあと。
「きみが先に行くんだ。ぼくが最後」
「えっ……」
少し戸惑い気味の直美だったが、子供たちが先に行っているので、「えいやっ」と気合いを入れて跳躍した。
みんなが行ってしまったのを見届けると、最後に勇樹は渦へと飛び込んだ。
渦の向こうの月読郷も夜だった。
地球の月よりも二倍は大きく明るい月が頭上高くに輝いていた。
周囲は森を切り開いた広場で、月読山山頂の祠よりもずっと立派なモニュメントが空に向かって伸びている。何度か訪れている勇樹にとってはおなじみの風景だ。魔草の匂いが強い。
虫の声すらしない静かな夜――のはずが。
そこにいたのは、勢揃いしていた月神獣たちだった。勇樹たちが来るのを待っていたのだ。
ゴュジョもいた。彼らは声をそろえて言った。
『ようこそ、月読郷へ!』
シロが言った。
『紹介するよ。この人たちが、ボクの親友たちだよ』
シロの親友という一言が、航聖と銀次郎の心に染みた。
そして振り返り、渦より出てきた人間たちに向かって言った。
『さあ、ここがぼくたちの国だよ。案内するよ』
〈完〉
この小説は、宮本摩月氏とブレーンストーミングを重ね、設定・構成を作り上げていきました。それだけでなく、第1章の冒頭は氏の執筆によるものです。
この場を借りて感謝申し上げます。ありがとうございました。