名前
――本当に自分はどうしたのだろうか?
名前さえ思い出せないどころか元々、どこに居てどこに住んでいたのかさえ分からない。自分の帰りを誰かが、家族が心配して待っているのではないか?そもそも家族はいたのか、友人はいたのかさえも定かではない。
思い出そうとしても頭に浮かび掛けた記憶が消えてしまう。
思い出せそうで思い出せない、モヤモヤしたもどかしい気持ちになった。
――どうしても思い出せないなら…
「仮の、名前?」
「ええ、貴方をお世話するにあたって呼ぶ名前がなくては困りますからねえ。」
「私の世話…」
「……。ふぅ、貴方は約一月は目を覚まさず寝たきり。その間誰が貴方の世話をしたと?そして今も全快ではないでしょうに?」
「一月も…。」
「混乱するのも仕方がありませんが、まず貴方の名前を決めましょう。」
ツィバードは小馬鹿にしたような笑みを浮かべ懐から手帳と万年筆を取り出した。
「貴方はなんと名乗りたいですか?」
なんと名乗りたいか聞かれてもいい名など思い浮かばない、適当に名乗っても良いのかもしれないが本当の名をいつ思い出せるか分からない以上、長く使っても問題ないような名前でないと後々困ってしまうかもしれない。
だが、自分で自分を名付けるのはなんとも気恥ずかしい。
「とくに思い浮かばない、」
「それでは、エルディーダはいかがでしょうか?」
エルディーダは無言で頷いてみせた。
「今日から貴方はエルディーダと名乗られて下さいね。」
「………。」
「納得頂けたのであれば、名の綴りはこちらで宜しいでしょうか?」
ツィバードは懐から手帳と万年筆を取りだしスラスラとつづりを書き出しエルディーダに見せた。
「こんな文字は見たことないし読めもせん!からかってるのか!?」
ツィバードが差し出した手帳を押し戻しキッと睨みつけた。
「からかってなどおりません、この文字はこの大陸ではもっともポピュラーな文字ですよ。貴方はこの大陸の外からいらしたのでしょね。」