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てふてふや  作者: 文月瑞姫
かまくらを――小原まり
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 どんな句を詠みたいか考えること、その宿題は去年も出された。とはいえ、当時の私は既に答えを出していたし、今もそれは変わらない。きっと今頃、るりちゃんは苦戦しているのだろうか。

 聞くところによると(桜ちゃんに聞いたのだが)るりちゃんは人一倍自由なひとだということだから、もしかしたら詠みたい句という概念がないかもしれないし、もしかしたら自由律なんかに手を出してくれるのかもしれない。しかしまあ、様子を見るに写生句は嫌いなのだろうから、叙情的な句を詠む気がしている。結果どんな句を詠みたいと言うのだろうか。

 そんなことに胸を膨らませながら、もう三十分も帰ってこない彼女を待っていた。

「それにしても遅いですね、ルリちゃん」

 最初に心配の声を上げたのは桜ちゃんだった。三十分で一句も作れないなんて珍しいことでもない。まして、るりちゃんは初心者なのだから(初めて詠んだ句のことを思えば初心者とは言い難いのだが)。見たところ二人はそれほどに仲が良いらしく、心配するのも無理はないだろう。

「どこをほっつき歩いてるんだろう……隣町とか行ってなければ良いんだけど」

 桜ちゃんが小声で付け足した。友人に対する心配というよりも、もはや娘に対するそれだった。

 と、そこで部室のドアが勢いよく開かれた。

「たっだいまですーっ!!」

 ノートを持った右手を高く上げて意気揚々と入ってきたのは、他でもないるりちゃんだった。桜ちゃんはそれを見るや否や、るりちゃんの元に駆け寄った。

「おかえりなさい、ルリちゃん。あまりに遅いから心配しましたよ」

「ごめんごめん、ちょっと考え込んじゃってさー」

「考え込んだ……? 何かあったんですか?」

 るりちゃんは、にっと笑って先生の前に歩み出る。

「宿題、終わったのか」

「はい、ルリは……」

 るりちゃんは一呼吸を挟んだ。

「ルリは、ルリにしか詠めないものを詠みます」

 そして言い切った。凛とした表情で、「宿題」を提出した。

「ははは、それはそうだ。苫屋の感性は苫屋にしかないからな。だが……良い心持ちだ」

 先生がるりちゃんの頭に手を乗せた。るりちゃんは突然のことに戸惑ったのか、凍ったように動きを止めた。そして見る見るうちに顔が真っ赤になって、慌てて手を払い除けた。

「あ、あわああ、何しゅれ……な、何するんですか!」

「おお悪い、そこまで驚かれるとは」

 混乱した様子のるりちゃんを、桜ちゃんはどこか不思議そうに眺めていた。

「あの、小原先輩」

「桜ちゃん? どうしたの?」

「ルリちゃんって、西村先生と何かありましたか」

 不安げな声で言う桜ちゃんだった。

「何もないと思うけど……どうして?」

「いえ、なんとなくです。それより、ルリちゃんを落ち着かせましょう。時間がなくなりますから」

「うん、そうだね」


 るりちゃんがようやく落ち着いた頃、私たちは初めて句を見せ合うことにした。進行は先生が桜ちゃんに一任した。多分、桜ちゃんの俳句の能力や経験を見る意味もあるのだろう。

「ではまず、それぞれの句を一つずつ見ていきましょう。まず、ルリちゃんお願いできますか」

「ん、任せて」

 るりちゃんは机の上にノートを広げた。そこに大きく一ページを使って書かれた一句を読み上げる。


 ウーパールーパー五月の闇を食みにけり


 私と桜ちゃんは目を合わせた。そしてるりちゃんを見た。自慢げに、胸を張っていた。先生は、物知り顔で立っている。何も言わない。最初に声を上げるまで、十秒程度の沈黙があった。

「ルリちゃん……?」

「どしたの、さくらん」

「これ……どうなんだろう、面白い……? でも季節が……いやそれより……」

 桜ちゃんは一人で思考の世界に入ってしまった。私はというと、何を言えば良いのか完全に見失っていた。

「ルリちゃん、この句どうやって作りましたか」

 ふと、桜ちゃんがそんなことを尋ねた。

「どうやってって、生物室のウーパーちゃん見てたらなんかできちゃったんだよ」

「そうじゃなく、推敲とかです」

「推敲? 何それ。よく分かんないけど多分してないよ」

 桜ちゃんがわなわなと震えている。私には桜ちゃんの考えていることが読めないのだが、多分るりちゃんの句に不満があるのだと思う。

「小原、この句をどう思う」

 狙い澄ましたかのように、困惑していた私に声が掛かる。

「えっと……ウーパールーパーって五音じゃないんですけど、これって良いのでしょうか」

 最初に思ったことはそれだった。五音を優に通り越して八音もある。

「それが良いか悪いかを決めるのは小原だ」

「私ですか?」

「ああ、その句の評価を決めるのは他でもない小原自身だ。良いと思えば良し、悪いと思えば悪しだ。創作というものはいつの時代もそうだ、受け手がいるからこそ成立する。もちろん逆を言えば、受け手は作り手の意志を最大限受け取る義務がある。さて小原、この句をどう読む」

 実を言うと、私は俳句を全く知らない。去年私が入部した頃には既にメンバーも揃って、練習も進んでいて、私がその練習に混ざることはできなかったからだ。唯一、先生に出された宿題だけが私の練習だった。他人の句を鑑賞したことなんてない。

 ただ、私はそれでも俳句が好きだった。先輩たちから、部長として託されたものでもあるし、何より帰り道にふと目に入った光景を十七音に変えて、アルバムのように綴じていく、その工程が私は大好きだった。

「ええと……五月の闇って……」

 歳時記を捲って季語を知る。梅雨時の厚い雲に覆われた暗さ、あるいはその夜の鬱蒼とした暗さを言うらしい。

「ウーパールーパーが、梅雨時の暗さを食べてしまったって意味ですよね。なら、梅雨が明けたっていうことを表してるのかな……って思いました」

 私はどうにか言葉にした。

「なるほどな、なら次に遠山。この句をどう読む」

「悔しいですが、秀逸だと思います」

 桜ちゃんは不満を隠しきれない表情で言った。隣で、まさかそんなことを言われるとは思ってなかったのであろうるりちゃんが、きょとん、としていた。

「ウーパールーパーの幻想的な白さは五月闇を食むことで生み出されているのだという発見的感覚、そしてその色の対比、何より可愛げのある生き物に不気味な季語を合わせたというその選択。どれも簡単にはできません。まして、推敲なしに最初からこの完成度で句に落とせたなんて……信じられません」

 桜ちゃんは悔しそうだった。心から悔しがっているのが目に見えて分かった。

 そして同時に、私もまた、悔しかった。部長なのに、私だって部長なのに。後輩に一歩も届かない自分が情けなかった。

「あはは……桜ちゃんって本当にすごいんだね。全然敵わないや」

 愛想笑いで自分を誤魔化して、泣きそうな自分を必死で抑えていた。一緒に俳句をしようだなんて言っておいて、一緒に俳句がしたいだなんて言っておいて、悔しくて仕方がなかった。

「いや、小原が遠山に敵わないなんてことはない」

 私は耳を疑った、先生が唐突にそんなことを言うものだから。

「俺は言ったはずだ。その句の在り方を決めるのは小原自身だと。他人がどう読んだかは関係ない。小原がどう読んだかが大切なんだ。もちろん鑑賞の技量では遠山に及ばなくとも、小原には小原の読み方がある。それで良いんだ」

 先生は、ずるい。心を見透かしたように、いつもいつも。

「そうですよ、小原先輩。私は梅雨が明けるっていう視点では読めませんでした。そうやって色んな読み方があるから楽しいんです、俳句って」

 追い打ちを掛けるような桜ちゃんの言葉で、私はついに耐えられなくなって泣きだしてしまった。やがて帰ってきた莉子ちゃんに抱き締められながら、子供みたいに泣きじゃくっていた。


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