三
一月二十二日、冬晴れが眩しい昼下がりのこと。莉子は校内を回って新入部員を探しており、部室にはまりと瑠璃、そして桜の三人だけがいた。そして、瑠璃と桜は長机を挟んで睨み合っていた。
「どうしてさくらんはそんなに真面目なの!?」
「どうしてルリちゃんは変わったことばっかりするんですか」
部員が増え、桜という知識のある人間が加わったことで、文芸部はようやく俳句活動を本格的に始動した。西村先生の課題を片付けるべく句集を読みはしたが、瑠璃はいつまでも詠みたい句というものに出会えないでいた。そこで桜が実際に詠んでいれば自然と見つかるのではないかと言ったのだが、その結果がこれである。
桜はまずは実景写実(景色を写真のように句にすること)を大切にしようと言うのだが、瑠璃はそれが気に入らないらしい。二人が言い争うのを、まりはあたふたと見守っていた。
「だってただ風景を言葉にしただけなんて面白くないじゃないですか!」
「そんなの違います、基本を極めてこそ本当に面白い俳句が生まれるんです!」
お互い身を乗り出し、顔と顔が触れ合いそうなほどに距離を狭めていた。
そんなところに、狙い澄ましたように顧問の西村先生が現れた。
「よう、新入部員がいると聞いて来たぞ」
「誰から聞いたんですか、いえ、丁度良いです、それよりも助けてください……」
まりは涙ぐんだ声を上げた。西村先生が仲裁に入って二人もようやく落ち着いた。
「宿題が出来てないのは苫屋だけか」
「あう……先生さん厳しいです」
瑠璃が唇を尖らせながら小言を言うと、よし、と西村先生は頷いた。
「遠山、何かないか」
「何か……吟行ですかね」
何かというのは、練習方法についてだったのだが、桜はきちんと意を汲んでいた。吟行というのは外を歩き、実際に見たものを俳句にする文芸散歩のことである。
「吟行か、良いじゃないか。それなら各自好きな場所に行って一句を完成させること。完成したら戻ってこい」
「好きな場所……ですか?」
桜がそう尋ねた。吟行とは一般的には全員で同じ場所を見て回るのだが、西村先生は確かに、好きな場所、と言った。
「そうだ、自分の好きなものを見て好きに詠め。ほら、行って来い」
西村先生が急かして、三人は部屋を出て行った。残った先生は一人、静かに息を吐いた。外には雲のない空が広がっていた。
十分ほどが経過した頃、瑠璃は生物科の教室前にいた。本来は外に出ようとしていたのだが、その道中で目に入ったそれが瑠璃を引き留めていたのだ。白っぽい体に、まるまるとした黒目、笑うように横に広い口が愛嬌のある、かつ不気味でもある生き物だった。
「この子で詠みたい……」
ウーパールーパーだった。生物部が飼育しているというそれは瑠璃の興味を強く引いた。水槽をツンツンと爪で叩き、あまり反応がないものだから蓋に手を掛けた。恐る恐る指を指し込もうとして、後ろから声があった。
「こら、触っちゃダメよ。その子繊細なんだから」
生物の先生だった。しかしそれ以上咎める気もないらしく、白衣を翻して歩き去る。
瑠璃が触れたことで水面はろうそくのように揺らめいて、水底に妖しげな影を落としていた。ウーパールーパーの体がその揺らめく影の中を歩き、瑠璃は全身に電気の走ったような、寒気にも似た感覚を覚えた。その感覚に溺れるように、瑠璃はしばらく動けずにいた。ようやく現実に戻ると、それを忘れぬうちにと、慌ててノートを取り出して書き記した。
「あ、ウーパーって季語ですかね……いえ、どちらでも良いです」
調べかけた手を止めて、瑠璃は廊下を走り抜けた。一月の空気はどこまでも心地の良いものだった。




