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てふてふや  作者: 文月瑞姫
五月の闇を――苫屋瑠璃
4/25

 翌日、部室に顔を出した瑠璃は、まりの歓喜に迎えられた。

「あのねあのね、るりちゃん、新入部員が増えるかもしれないの!」

 やや低めの目線からの、微笑ましくもある表情に、先輩だというのに思わず抱き締めたくもあった。

「増えるかも、ってことは見学にでも来たんです?」

「ううん、違うけどね、ちょっとこれ見て」

 まりは背中に隠していた本を勢いよく見せつける。それは県内で行われた学生俳句大賞の作品集だった。まりはその中の一句を指差した。


 冬銀河ふるさとといふダムのこと


 詠者は「橋枝中学三年 遠山桜」とあった。

「橋枝中……? それってここの真横じゃないですか」

 瑠璃は驚きを隠せず、同時に目を輝かせていた。この句の端には「中学生の部 優秀賞」とあった。身近にそんな人がいるという事実に胸を躍らせていた。

「そうなの! それでね、その子がなんと一年二組にいるらしいの!」

「えっ……」

 瑠璃は目をぱちぱちと、三回程度瞬きして向き直る。中学という肩書に誤解していたのだが、これは去年の作品集であり、もちろん一年が経てば作者は高校生になっているだろう。そうしてそれは、瑠璃のよく知る名前であった。

「よく見たらさくらんじゃないですか」

「知ってるの?」

「ええ、ルリも二組ですし、ルリの友人ですし」

 お互いに顔を向き合わせること数秒、まりの提案により話は片付いた。明日、二人で勧誘に行こうというものだった。

 その後遅れてやってきた莉子にも事の顛末を話し、最終的には三人で押し掛けることにしたのだった。


 翌日。

「嫌です」

 即答だった。一年二組の教室には、遠山桜を中心として冷たい空気が張り詰めていた。

「そう言わずに、お話くらい」

「だから、嫌です」

 まりは階段に脛でもぶつけたような苦い顔をしていた。

「莉子ちゃんどうしよう……」

 泣きつくまりを宥めつつ、莉子が代わりに尋ねる。

「ねえ、遠山さんだっけ。どうしてそんなに嫌なの?」

「興味がないので」

 桜は至極冷静に、かつ冷淡に突き放す。そんなところに瑠璃は一言を突き出した。

「ねえさくらん……さくらんは俳句嫌いなの?」

 その瞬間、桜は一瞬にして立ち上がった。

「そんなこと言ってない!」

 教室中に桜の声と、椅子の倒れる音が響き渡った。

「……ごめんなさい、今日は帰ってください」

 椅子を直しながら、桜は俯きがちに言った。もちろん先輩二人は撤退したのだが、同じクラスである瑠璃は一日中気まずさの中にいた。


 翌日。

「嫌です」

 相変わらずの即答だった。

「お願い、遠山さんと一緒に俳句がしたいの。ダムの句、すごく綺麗で感動したの!」

 まりの言葉に、桜の眉がぴくりと動いた。

「先輩方は一緒に俳句をして、そしてどうしたいのですか」

「一緒に俳句甲子園に出たい」

 まりは真っ直ぐにその言葉を伝えた。しかし、桜は表情を曇らせた。

「だから嫌なんです……やっぱり帰ってください」

 結局この日も撤退することになった。


 その放課後、三人と、そして西村先生が部室に集まっていた。

「先生、俳句は好きなのに俳句甲子園には出たくないって、そんなことあるんですか」

「あるだろうさ、人前に出たくない人間なんて少なくない。まして文芸というものは、むしろ人前に出ない人間が、自己表現の場として使うこともままある」

 まりの質問に、先生は物知り顔で答える。

「まあ特に、あの大会の場合は他にも理由があるんだろうけどな」

「どういう意味です? 先生さんは何か知ってるんですか?」

瑠璃は机にうなだれたまま聞くが、先生はふっと笑うばかりだった。

「この間の宿題が終わったら教えてやる、だが本人から聞いた方が早いかもな」

 意味ありげな言葉を残して、先生は立ち去った。まりが言うには、いつものことらしいが、瑠璃はそれよりも思うことがあった。

 スマートフォンをポケットから出し、俳句甲子園と検索した。いや、検索しようとした。その検索ボタンを押すよりも、その検索候補に出てきた文字列に目を奪われたのだ。

『俳句甲子園 批判』

 そもそも瑠璃は俳句甲子園のルールも何も聞いていないのだが、その検索候補は、なんと一番初めに出てきたのだ。つまり、他の候補である『俳句甲子園 ルール』などよりも多く検索されているということで、瑠璃は目を疑った。しかし引かれるように検索すると、いくつもの記事が現れた。

「まりちゃん先輩、これ」

 瑠璃はその中のひとつ、『俳句甲子園の実態』という記事を見せた。まりは不思議な呼称に戸惑いつつも液晶を覗き込む。

『まずは調べた限りの俳句甲子園について説明する。高校生が五人一組でチームを作り、兼題に沿った句を予め用意する。試合ではお互いのチームの句を読み上げ、そこから一定時間内で質疑応答が行われる。勝敗は作品点と、質疑応答の優れたチームへの加点によって決まる。これが大まかな流れである』

 瑠璃は感心しつつ、読み進める。

『さて、ここからが問題なのだが、質疑応答と言いつつも実際は相手の句を貶す時間である。「季語が不適切」「景が分かりづらい」、更には「その句で何を伝えたいのか分からない」等の、罵倒に近い非難が行われている。質疑応答に加点されるシステム、あるいは勝敗が懸かっていることが原因なのだろうが、見ていて不快であった。あれは俳句ではない、そもそも俳句に勝敗があってはならない。それも高校生という多感な時期にそのような学び方をしたのでは、将来性がない。これは未来の俳人を絶滅させる文化である』

 そこで記事は終了していた。部室内には重い空気が流れていた。

 それは一分も続かなかった、もしかしたらほんの十秒程度の沈黙だったのだが。最初に口を開いたのは、記事にあまり驚いていない様子のまりだった。

「もしかして遠山さんも、こういう記事を見たのかな……」

「そうかもしれないです。そうだとしたら、申し訳ないことをしたですね」

 瑠璃だけでなく、俳句甲子園に参加しない予定の莉子もまた、目を背けていた。

「え? 申し訳ないなんてそんなことないよ」

 そう言ったのはまりだった。その顔は至って平常で、むしろ楽しげにしていた。瑠璃と莉子は目を合わせて、首を傾げた。


 翌日。桜は三日目ともなれば、すっかり呆れてしまっていた。

「遠山さんの、俳句甲子園が嫌だって言う理由が分かったの」

「えっ?」

 そっぽを向いていた桜が、初めてまりの顔を見た。

「もしかして……ううん、きっとこういう言葉を見たんだよね」

 まりはスマートフォンの画面を桜に見せる。校内での使用は校則で禁じられているのだが、桜含め、一年二組の誰もそれを気にする様子はなかった。

「……そうです、そうですよ。私は他人の俳句を貶すような、そんな世界に足を踏み入れたくないです。そんなの俳句じゃない、ただの喧嘩です。だから私は俳句甲子園なんて――」

「だからこそ、私は遠山さんと俳句甲子園に出たい」

 桜の言葉が終わらないうちに、まりは言いきった。桜は目の前で何が起こっているのか分からないという顔をしていた。

「何を言っているんですか、私が言ったことが分からないんですか」

「分かるよ。桜ちゃんは俳句が好きなんだよね。じゃないとそんなこと調べないもん」

 桜ちゃん、とまりはもう一度呼びかけた。

「一緒に、俳句しようよ」

 まりは桜に手を差し出した。桜は一瞬その手に触れようとして、しかし机の上に手を置いた。

「……それでも、私は……」

 あと一歩だった。あと一押しで桜はその手を取れる。そこで行動を起こしたのは、他でもない瑠璃だった。

「ねえさくらん、他人の句を批判したくないなら、批判しない俳句甲子園を作れば良いんじゃないの?」

 もちろん瑠璃に深い意図はなかった。ただ思い付いた言葉を発しただけだった。しかしその言葉は、確かに桜に手を取らせたのだった。

「批判しない俳句甲子園を作る……言いましたからね。絶対に、成し遂げましょう」

 桜は真っ直ぐにまりの目を見据えた。そうして四人で笑い合った。莉子はまりの背中を叩きながら、瑠璃は桜の肩に手を置きながら。

 ほんの三日間の戦いはこうして幕を閉じ、橋枝高校文芸部は三人目の選手を獲得したのだった。


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