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てふてふや  作者: 文月瑞姫
てふてふや――小原まり
23/25

 先生の元に戻ると、作戦会議と称して反省会が始まった。

「ルリ、変だと思うです」

「ほう?」

 るりちゃんは唇に指を当てながら、悩ましげな声を出す。

「審査員の人、点数の付け方がよく分からないです」

「それは私も思いました。私達の句の良さを見ているというより、どちらかの句の欠点を見ているような、そんな評価に思えます」

 桜ちゃんが便乗すると、先生は相槌を打つばかりだった。

「そりゃあ仕方ないよー。審査員からしたら、あくまで高校生の句でしかないんだから」

 政涼の佐伯さんが話に入ってくる。政涼は今から試合なのだが、最後の打ち合わせなどはないのだろうか。

「どういう意味ですか?」

「どうって言われても、そのままだよ。例えば小学生が上手い絵描いたって聞いても、あくまで小学生の絵だって思うでしょ。そういうことだよ」

「そんなのおかしいです!」

 桜ちゃんが身を乗り出す。佐伯さんは引き気味に苦笑いする。

「そ、そうだね。私もそう思うよ。だから、高校生の句を見せつけたいんだ。私達はただの子供じゃないってね、教えないと。それじゃあ、私は試合だから、また後でね」

 君たちの句なかなか良いね、と言い加えて、彼女の試合が始まる。

「佐伯さんでしたか、彼女も俳句甲子園を変えたいんですね」

 そう言うるりちゃんの目は、彼女の句をじっと見つめていた。


 春の雨パンドラといふ百葉箱


 彼女たちのディベートは、やや攻撃的だった。正確には、佐伯さんを除く四人(四人は一年生らしい)のディベートがそうだった。

 しかし、真っ白な旗を五本並べて、政涼は圧巻の勝利を収めていた。

「政涼との試合は、最後ですよね」

 分かっていながら尋ねたのは、心が疼いたからだ。あの舞台で俳句を語り合いたい。彼女たちと俳句をしたい。俳句甲子園をしたい。そう思った。彼女たちは句で、私達はディベートで俳句甲子園を変えたいと思っている。

「まずは二試合目、勝ちましょう」

 冷静になりきれていない桜ちゃんが、皆に言う。桜ちゃんが差し出した手に、瑞姫ちゃん、宗谷くん、るりちゃん、そして私の順に、手を重ねる。

「せーのっ」

「「「「「おーっ!!」」」」」

 運動部みたいに掛け声を出して、私達の結束はますます高まったような気がした。

 そうして、二試合目はストレートに勝利を収めた。



 梅雨晴れの屋外に、重たい風が通り抜ける。私たちの二試合目が終わって、今はお昼休みの時間だった。

「絶対、勝ちたいですね」

 桜ちゃんが呟いた。誰宛に発されたものでもないが、るりちゃんは返事のように寄り添う。

 桜ちゃんは怯えているように見える。無理もないだろう、当初から嫌っていた「俳句甲子園」に直面するのだから。相手の欠点を探すようなディベートは、対面するだけでも怖いものだ。

「政涼さんの句、悪くないです」

「やっぱり? 私もそう思う。特に佐伯さんの百葉箱の句、すごく良かったよね!」

 るりちゃんに言うと、ご機嫌そうに頭を揺らしていた。

「私もとても好きでした。誰も空けたことがない箱って、中に何があるのかなって気になりますよね」

 瑞姫ちゃんの言葉に、宗谷くんが相槌を打つ。

「あ、でも」

「うん?」

「実際に開けたのかどうかってところ、きちんと答えてほしかったですね」

「ああ、あれね」

 相手チームの質問だったのだが、「開けたかどうかは重要ではない」という回答をしていたため、その実は分からない。いつか本人に聞けるだろうか。

「聞きたかったら聞きに行っても良いんだぞ」

 先生がからかうように言う。

「清涼に勝ったら、聞こうと思います」

 そうか、と素っ気ない返事をされる。近くの壁に、かたつむりがくっ付いていた。

「そろそろ時間だよ」

 座り込んでいたるりちゃんに手を貸した。

「ああ、待て。文月」

「私、ですか?」

 瑞姫ちゃんはきょとん、と目を丸くする。

「怯えるな、ただのアドバイスだ。相手の句を語る前に、質問部分を言うことだ。ただの保険だがな」

「は、はい」

 瑞姫ちゃんは首を傾げて、いまいち理解できていない様子だった。

 会場に戻ると、すでに試合が始まろうとしていた。政涼対羽蔵だが、結果は目に見えていた。もはや、政涼と橋枝以外が勝ち抜けるとは、誰も思っていないだろう。羽蔵の選手も、あわよくば勝とうというスタンスを見せてはいるが、それはつまり、諦めに近い姿勢だった。

 そして、当然のように政涼が勝ち抜き、次はいよいよ私たちの試合となった。

 リボンを外し、抱き締めるように祈った。目を開けると、再び髪を結う。

「選手、入場!」

 行司の声と共に拍手が起こる。一歩一歩、確かめるように歩く。佐伯さんと目が合って、笑い掛けられる。

「それでは、両チーム固い握手を交わしてください」

 佐伯さんと握手をすると、その手首のミサンガに目を引かれる。

「負けないよ」

「私も」

 そのまま対戦席に座ると、大きく息を吐いた。

「赤チーム政涼高校、白チーム橋枝高校です。現在両チーム二勝しています。よって、この試合を制したチームが全国大会への切符を手にします!」

 全国大会、という言葉に心臓が締め付けられる。緊張が加速して、鼓動が耳まで聞こえそうだった。

「それでは両チーム意気込みを聞いてみましょう。赤チーム代表の方、お願いします」

 佐伯さんがマイクを受け取る。

「去年もこうして橋枝高校さんと戦ったことを、つい昨日のことのように覚えています。橋枝高校さんは去年も今年も、相手の句に寄り添うような戦い方で、私、それがとても好きです! でも、今年も私たちが勝ちます。よろしくお願いします!」

 拍手に包まれる会場の中で、すっと腑に落ちたことがあった。佐伯さんがどうして私を知っていたのか、考えれば単純なことだった。佐伯さんは去年この場にいたのだ。それはつまり、彼女は先輩たちを負かした相手なのだ。

「白チーム代表の方、お願いします」

 マイクを受け取って、真っ直ぐに佐伯さんを見据えた。

「絶対に、勝ちます」

 ただ一言だけ放ってマイクを置いた。絶対に勝つ、と心の中で復唱して、顔を上げた。これは雪辱戦だ。

「ありがとうございました。この試合の兼題は『蝶』です。それでは先鋒戦に参ります。まず、赤チーム代表の方、ご起立の上、二度俳句を読み上げてください」


 赤:てふてふの群像劇の如くあり


 白:頬寂し地図になき村から蝶々


「それでは赤チームの句に対して、白チームの方、質疑をお願いします。

質問のある方、挙手をどうぞ」

 まず、瑞姫ちゃんが手を上げる。そう決めていた訳ではないが、最初はきまって瑞姫ちゃんの質問から始まっていた。句を読むことに長けた彼女が、私たちの道を切り開くのだ。

「白チーム、文月さん」

「はい。群像劇は私も書いたことがあります。……それで、気になるのは、この句で詠まれている群像劇の主題がどのようなものか、ということです。蝶がたくさん集まっている様子から、個々の蝶の視点に立とうとする発想や、てふてふという表記もまた、群像らしくて好きです。だからこそ、作者のイメージした群像劇の内容が気になるのですが、そこはどうなのでしょうか」

 三十秒の看板が上がった瞬間に発言が終わる。瑞姫ちゃんは短くまとめるよう意識したのだろうが、それでもギリギリだった。

 作者への質問というのは、五人で戦う俳句甲子園においては無粋かもしれないが、重要なことだと思っている。

「赤チーム、竹内君」

「はい。群像劇の内容についてということですが、そこは読者の想像に任せたいので、敢えて触れないこととします」

 るりちゃんが手を挙げた。

「白チーム、苫屋さん」

「読者の想像に任せるっていうのは、当たり前のことだと思うです。姫ちゃんが聞いてるのは、作者も一読者としてこの句を読んで、その想像を聞かせてほしいってことです。分かったら早く聞かせてください」

 若干怒っているのだろうか、るりちゃんは指先で机を叩きながら言う。

 作者のひとは目配せをしていた。恐らく予定外の質問だったのだろう。結局、手を挙げたのは佐伯さんだった。

「赤チーム、佐伯さん」

「はい。私は作者ではありませんが、この句の群像劇はミステリーかなって思います。ほら、例えばてふてふの集団の中心には、蝶の死骸があるのかもしれません。被害者と仲が良かった蝶とか、最期に見た姿がどうだったとか、そんな事件の様相があっても面白いかなって思います。いかがでしょうか」

 会場からちらほらと拍手が起こる。私も拍手をしたくなって、こらえた。それは勝った後で良いのだ。

「白チーム、遠山さん」

「句末の表現が気になるのですが、『あり』ではなく『をり』の方が、生き物に対する表現としては適切だと思うのですが、『あり』とした理由を教えてください」

 にっ、と相手が歯を見せて笑った。

「赤チーム、山中君」

「それは、この句が世界を客観的に認識しているからです。『居る』というのは生物を認識しているからこその表現ですが、そうではなく、蝶はそこに『ある』だけなのです。それにより、この句はより時間や色を感じない景に仕上がっており、作者が物語の外にいることを強く訴えています」

 再び桜ちゃんが手を挙げる。

「白チーム、遠山さん」

「作者は物語の外にいるとのことですが――」

「――そこまでです」

 行司に阻まれて、桜ちゃんはしぶしぶ座る。そして、私の目を見て微笑んだ。

「小原先輩、気負いすぎないでください。私たちは五人です」

「う、うん……?」

 意図を汲み取れず、気が抜ける。すると、やけに速い鼓動に気づくのであった。

自分でも気づかないほどに緊張していたのだろうか。きっとそうだろう。だって、やっと先輩たちと同じ場所に立ったのだから。

「ありがとう」

 そう返し直して、次に望む。

「それでは攻守が入れ替わります。白チームの句に対して、赤チームの方、質疑をお願いします。質問のある方、挙手をどうぞ」

 桜ちゃんの句に対して、四本の手が上がる。政涼はここからが真髄なのだ。そして、私たちの本当の戦いはここにある。批判と戦うのだ。

「赤チーム、坂井君」

「地図になき村というのは、廃村ですよね。きっと長らく人が住んでいないことでしょうが、そういったところで『寂しい』という感情は、少々近すぎるのではないでしょうか」

 こちらから挙がった手は五本。行司はそれに驚きつつ、桜ちゃんを指名する。

「白チーム、遠山さん」

「政涼の方々はむしろ知っているかもしれませんが、この村というのは、北山のダム底にある、旧北山村のことです」

 この県の地理上、政涼高校は北山の麓に位置する。この句を政涼に向かって出せたという意味は大きかった。

「私は定期的に北山に行きますが、以前は毎回涙を流していました。しかし、この句を詠んだときは、不思議と涙が流れませんでした。そのときの感情が『頬寂し』なので、指摘された問題はないと思います」

「赤チーム、降旗君」

「涙が出ないから寂しい、と言いましたね。しかし、この句においてそれが伝わるかと言われたら、伝わらないと思います。ここはやはり、涙などの単語を用いて明確にすべきだったのではないでしょうか」

 またも五本、橋枝の五人体制は揺るがない。

「白チーム、吉松君」

「逆に考えると、頬が寂しい理由というものはこの句では重要ではないのではないでしょうか。その理由は作者が一人で抱えたい感情なのだと思います」

「赤チーム、山中君」

「そこは伝えるべきでしょう! 俳句というのは短い文章の中でいかに正確に景を伝えるかという文学です。あるいはこの句は、俳句の本質を見失っています」

 桜ちゃんが怯えたように、背もたれに身を預けた。その気持ちはよく分かる。桜ちゃんはずっと、これが怖かったのだから。だが、私たちはそれと戦うと決めたのだ。

 桜ちゃんの左手を私が、右手をるりちゃんが取る。

「大丈夫だよ」

 そう言って、手を挙げた。

「白チーム、小原さん」

「はい。それは違うと思います。だって、伝えちゃったら壊れる想いだってあるんです。本当に大切なことは、伝えるだけが全てじゃない。伝わらないように仄めかす言葉があるってこと、忘れちゃいけないと思います」

 伝えるのが怖くて、でも伝えたくてどうしようもない、そんな感情を確かに覚えている。

 誠二くん。彼は今どうしているのかな。冗談めかして、応援に来てくれないかと言ったこともあるが、当然来ていない。もし来ていたら、余計に緊張して喋れなかっただろうから、来てくれなくてよかった。

 この戦いが終わったら、私、彼に全部伝えるんだ。

「――そこまでです!」

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