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てふてふや  作者: 文月瑞姫
てふてふや――小原まり
22/25

 六月十日、橋枝高校文芸部の五人は電車に揺られていた。るりちゃんは早起きしすぎたらしく、桜ちゃんに寄り掛かるように眠っていた。

「あと二駅だよ」

 路線図を見ながら、るりちゃんの肩を揺する。るりちゃんは不機嫌そうに眉間に皺を寄せ、桜ちゃんにしがみ付く。

「降りる頃には起きると思いますから、このままにしましょうか」

「大丈夫? 起きなくて乗り過ごすとかは……」

「ルリを何だと思ってるですか……」

 るりちゃんは寝ぼけ眼を擦りながら、大きな欠伸をする。かく言う私も、今朝は目覚ましより三十分早く起きてしまった。締まりのない空気が都合良いのは、皆同じだろう。

「宗姫ペアは元気そうですね」

 二人は少し離れたところで談笑している。お互いに手を握り合っていて、まるで兄妹のようだ。

「相変わらずだよね」

 二人だけを見ていると、これから遠足にでも行くかのようだ。空は遠くまで澄み渡っている。

「そろそろですね」

「ええ、そろそろです」

 るりちゃんが大きく伸びをすると、車掌さんが目的地を告げた。開いた扉から、夏の日差しが強く差し込む。

「行くよ」

 桜ちゃんがるりちゃんの手を引き、宗谷くんが瑞姫ちゃんの手を取る。駅のホームはそれなりにひとが多いが、乗り込む人数の割に、降りるひとは少なかった。先頭車両の方で、制服の学生が数人降りた。

「なんか今日暑いですね」

「ですね。午後から雨も降るらしいです」

 ホームは空気が溜まりやすい構造をしていて、熱気が尋常ではない。陽射しも今年一番の強さで、電車の冷房が恋しい。

「じゃあ、早いところ行こうか。先生も待ってるし」

 見覚えのある道を、地図を確認しながら進む。遠く前を歩くさっきの学生たちは、私達を見てひそひそと話していた。

「多分あれ参加校ですね」

「向こうも同じこと考えてそうですね」

 緩やかな坂道を終えると、会場の市民ホールが見えてきた。去年と全く同じ会場だが、よく覚えていない。一階に図書館があった気がする。

 先生を探そうとしたが、入り口で立っていたのですぐに見つかった。

「おはようございます」

「ああ、おはよう。全員揃ってるな。忘れ物はないか」

 電車内で確認したが、一応もう一度確かめる。電子辞書に歳時記、飲み物に昼食。筆記用具にノートと、全てを確認して鞄にしまう。

歳時記は私と桜ちゃんが一つずつ持って来ている。片方は桜ちゃんの私物だ。

「なさそうですね」

「私達も大丈夫です」

 桜ちゃんとるりちゃん、宗谷くんに瑞姫ちゃんも確認を終え、先生の後に着いて階段を上る。

「高校名をお願いします」

「橋枝です」

 受付を済ませると、人数分の名札と、参加賞と思しき小物を受け取る。部員の元に戻り、それぞれに配る。名札に書かれた自分の名前が、重たく見える。

「こちらで開会式を行いますので、各校まとまってお座りください」

 スタッフの方に案内されつつ、やや広めの会議室に入る。

 去年と同じ場所に座った。「俳句甲子園」の文字も、紅白の机も、どれも懐かしい。

「あなた、もしかして小原まりさん?」

 前の席から、声を掛けられる。制服は政涼のものだった。

「佐伯さん、ですか」

 名札から名前を確認する。聞き覚えがあるようなないような、少なくとも知り合いではなかった。

「そそ、よろしくね。去年橋枝って全員三年生って聞いてたからさ、今年出てくれるか心配だったんだよね」

「へ、へえ……」

 どう反応したら良いのか分からず、苦笑いを浮かべる。

「四校だからどうせ当たるけど、そのときはよろしくね」

「あ、はい。よろしくお願いします」

 軽い握手をして、室内をくるりと見回す。どの高校も、緊張している様子はなかった。

「落ち着かないか」

「やっぱり、分かります?」

 緊張している訳ではないが、何とも言えない違和感が、胸の中を駆け回っているのだ。先輩たちの印象が強すぎて、自分の舞台だと分かっているのに分かりきれない。そんな心境だった。

「気負う必要はない、好きにすれば良い」

「そう、ですか」

 スタッフのひとたちが慌ただしく行き交い、予定通りの時間に開会式が始まった。あまり面白くない話が続き、手元のパンフレットを眺める。受付で小物と一緒に貰った物だ。

「それでは、対戦の順番を決めるくじ引きをしてもらいます。各校代表の方、前にお願いします」

 パンフレットから目を離して、すたすたと前に歩く。政涼からは佐伯さんが出ていた。今年の部長なのだろうか。

 四つ折の紙くじを引いて、席に戻る。くじの番号は一番だった。

「小原先輩、お疲れ様です」

「別に疲れることしてないよ」

 瑞姫ちゃんの好意を受け取り、開会式はあっという間に終わった。終わってしまったと言うべきだろうか。

「一試合目は九時五十分から、この会場で行います。橋枝高校と羽蔵高校の選手は、準備が出来次第、整列をお願いします」

 私は歳時記とノート、電子辞書とボールペンを持つ。るりちゃんは桜ちゃんの歳時記を代わりに持って、桜ちゃんは電子辞書とノートを持った。宗姫ペアは電子辞書を片手に、お互いの手を離さない。

「行けるか」

「大丈夫です」

 先生に返事をして、みんなの様子を見る。四人ともしっかりと頷いた。

「みんな、行くよ」

「選手、入場!」

 行司の方の合図で、音楽と拍手が鳴り始める。

「それでは両チーム、固い握手を交わしてください」

 相手選手の男の子に手を取られる。大きな手だ。

「よろしく」

 拍手の喧騒の中では私にしか聞こえなかっただろうが、彼はそう言った。ぺこりと頭を下げて、対戦席に座る。

「わあ……」

 息のような声を上げた。審査員の笑みも、他校の不安そうな表情も、ここが本番なのだと訴え掛けてくる。

「本試合は、先鋒・中堅・大将の三句勝負です。先に二本勝利したチームの勝利となります」

 行司の方がルールを説明している。その辺りは何度も確認した。

 試合はまず、片方のチームの句に対して三分間の質疑応答をする。その後攻守を交代し、再び三分間の質疑応答が行われる。そして、句の評価である作品点に加え、質疑のより上手いチームに加算される鑑賞点によって勝敗が決まる。

 出せる最大限の句は出したのだから、残るは鑑賞点だ。

「それでは試合を開始します。赤チーム橋枝高校、白チーム羽蔵高校です。両チームの意気込みを聞いてみましょう。まずは赤チーム代表の方、一言お願いします」

 桜ちゃんに背中を支えられながら、両手でマイクを持った。

「あの、えと……」

 マイクを通した声は、狭い室内に響いている。口からマイクを心なしか離して、もう一度近づけた。

「こんにちは、橋枝高校です。この挨拶を考えるだけで、実は三日くらい掛かりました。この初回の挨拶以外は誰も何も考えていないので、ちょっと不安です。でも、一ヶ月掛けて用意した句には、不安なんてありません。私たちの想いが詰まった句を、どうぞよろしくお願いします!」

 会場から拍手が沸き起こり、頬が緩む。

「ありがとうございます。それでは白チーム代表の方、お願いします」

 羽蔵高校からは、紅一点の女の子が立ち上がる。

「こんにちは、羽蔵高校です。実は羽蔵の文芸部は廃部寸前で、私と堀君以外は今日だけの助っ人です。初心者の寄せ集めですが、できるところまで頑張りたいです。よろしくお願いします」

 拍手に紛れて、会場にはどよめきが広がっていた。そして、彼女の言葉を一番重く感じたのは、きっと私だ。もしもこの場に莉子ちゃんがいたら、きっと同じことを思っているだろう。

「ありがとうございました。この試合の兼題は『春雨』です。それでは先鋒戦に参ります。まず、赤チーム代表の方、ご起立の上、二度俳句を読み上げてください」


 赤:春雨や夢にあなたと手を繋ぐ


 白:春雨や肩のみ触れ合う相合い傘


 両者が句を読み上げて、いよいよ試合が始まる。

「それでは赤チームの句に対して、白チームの方、質疑をお願いします。質問のある方、挙手をどうぞ」

 すぐには手が挙がらず、ひそひそと話し合った上でようやく手が挙がる。

 きっと部員集めに必死で、十分な練習もできなかったのだろう。そう思うと胸が痛む。

「白チーム、中田さん」

「あの、『夢にあなたと』ってあるんですけど、『夢であなたと』の間違いじゃないかなって思うんですけど、どうなのでしょうか」

 それに対して、桜ちゃんが手を上げる。事前に予想していた質問なので、誰が挙げても特に変わりはなかった。

「赤チーム、遠山さん」

「私は『夢で』と言ってしまうと、場所の意識が強くなると思います。都会で暮らすとか、学校で勉強するとか、『で』というのは場所への意識が強い助詞だと思います。ここでは『夢に』とすることで、相対的に『あなた』という存在が強調されると思います」

「白チーム、富田君」

「あなたって誰なんですか」

 予想はしていたが、その質問をされるといささか弱い。

「赤チーム、小原さん」

「はい。それは、句の作者である私の……想い人です」

 淡々と言って見せるが、顔はきっと真っ赤だ。先生に見られながら、何を言わされているのだろうか。

「白チーム、甲斐君」

「夢の中ならもっと大胆になって良いと思うし、ぶっちゃけ言って、本当はもっと何かしたんじゃねって思うんっすけど、どうなんすか」

 完全にセクハラなのでは、と思うと、行司も苦笑いをしている。

「赤チーム、遠山さん」

「この句の作者はとても謙虚で臆病です。手を繋ぐなんて考えただけで顔を真っ赤にするほどなので、きっと本当に手を繋いだだけだと思います」

「白チーム、堀君」

「それでは、この切れ字『や』の効果を教えてください」

 打って変わって真面目な話になる。私と桜ちゃんが手を挙げた。

「赤チーム、小原さん」

「はい。春雨というのは現実の、窓の外の景色ですよね。そこから夢の内容を思い出すという過程で『や』という切れ字が生きてくると思います」

「そこまでです」

 そこまで、という看板が挙がって、攻守が入れ替わる。次は私たちが質問する側だ。

「それでは白チームの句に対して、赤チームの方、質疑をお願いします。質問のある方、挙手をどうぞ」

 挙がった手は三本。私と、桜ちゃんと、瑞姫ちゃんだ。

「赤チーム、文月さん」

「はい。この句は恋の句ですよね。相合い傘の時点で既にそうですけど、私はむしろ『肩のみ触れ合う』という表現がすごく良いと思いました! 肩のみって、きっと手は触れてないとかそれだけじゃなくて、会話もきっとそこにはなくて、きっと心も触れ合えない。何かしらの事情で相合い傘にはなっていますが――」

「――三十秒です」

 行司の方が瑞姫ちゃんの発言を遮る。これは去年から導入されたルールで、一回の発言に三十秒の制約がなされている。

 瑞姫ちゃんは不服そうに行司を睨むが、仕方のないことだ。

 しかし、途中で発言が終わったために、肝心の質問が何もなかった。羽蔵のひとたちは、逆に慌てていた。

「白チームの方、どなたか発言をお願いします」

 その後十秒ほどして、ようやく手が挙がる。

「白チーム、中田さん」

「あの、質問の続きをお願いします……」

 それだけ言って、座ってしまった。行司の方も困っていたが、瑞姫ちゃんが手を挙げる。

「赤チーム、文月さん」

「はい。先程の続きですが、相合い傘にはなりつつも、相手は全く自分のことを意識していない。そういう句だと思ったのですが、作者の方はどう思いますか」

「白チーム、堀君」

「はい。とても良い読みだと思います」

 るりちゃんが手を挙げる。

「赤チーム、苫屋さん」

「この句、中八が気になるです。『肩の触れ合う』でも『肩のみ触れる』でも良かったと思うですが、その辺どうなのですか」

「白チーム、中田さん」

「先程そちらの女の子が読んだ通り、この句は『肩のみ』『触れ合う』の二つの要素が大切なので、この形にしました」

 そこで、宗谷くんが動いた。

「赤チーム、吉松君」

「今、その二つの要素が大切だと言いましたが、この句における『春雨』はどのような――」

「――そこまでです」

 ついに、一句目の対戦が終わる。心拍の一つ一つが大きくなったように思える。

「さあ、最初の試合から白熱した議論が繰り広げられました。判定に参ります。旗の準備をお願いします」

 審査員が旗を手に取る。唾を飲み込んだ。目を瞑ると、あの瞬間の真っ白な旗を思い出す。目を開けると、狭い室内が広く見える。

「それでは…………判定!!」

 真っ赤な旗が四本上がっていた。胸に息が下りてきて、背もたれに体を預けた。

「赤四本、白一本で、赤チームの勝利です!」

 桜ちゃんが深い息を吐きながら机に突っ伏す。るりちゃんはその背中をさすっている。

「評価の内訳です。寺山先生、赤:作品点七点、白:作品点六点。鑑賞点一点が赤チームに加わり、八対六で赤に挙げております。続きまして松隈先生……」

 五人の審査員の評価が開かれるが、私の句は三人が七点、二人が六点だった。鑑賞点は全て橋枝に入ったが、それがなければ負ける試合だった。

「選評を伺ってみましょう。赤に旗を上げられました松永先生、いかがでしょうか」

 私は審査員の素性なんて知らない。開会式で軽く説明はされていたが、同人だとか結社だとかは、よく分からないので聞き流していた。そういうこともあって、目の前のこのひとが凄いひとだとは思えなかった。

「どちらも恋を詠んでいて甲乙付けがたい試合でしたが、白の句の中八が惜しかったので、その分を一点、引かせていただきました」

「ありがとうございます。次に、白に旗を上げられました笠原先生、いかがでしょうか」

 るりちゃんが首を傾げていた。何か引っ掛かることがあったのだろう。

「えー……、まあ、どちらも恋、恋の句ですね。それで、どちらの恋がより恋らしいかというところで、白の句に多く点を入れたということに、なります」

「ありがとうございます。それでは中堅戦に移ります。赤白攻守の順番が入れ替わります。まず、白チーム代表の方、ご起立の上、二度俳句を読み上げてください」


 赤:あいうえおかきくけこさし春の雨


 白:春雨や静かに閉じる課題図書


 二句目はるりちゃんの句で、相手は中田さんの句だ。ここで勝てば羽蔵には勝ち越すことになるが、結果から言うとそれは叶わなかった。

「この句って、どういう意味ですか?」

 相手のそんな質問に、瑞姫ちゃんがあの読みをぶつけたが、審査員の理解は得られなかった。解釈は面白い、という言葉が、るりちゃんにはどういう意味に聞こえただろうか。

 中堅戦で負けたため、試合は大将戦にもつれ込んだ。しかし、助っ人であるという男の子の句は、桜ちゃんの比にはならず、私たちは一試合目を無事に勝ち抜くことができたのだった。


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