一
五月も一週目を終えようとした頃、ついに全員の句が揃った。ここまで長かったが、他校はもう二週間早く取り掛かっていただろうから、短かったとも言えるのかもしれない。
そして、ここにきて新たな問題が出てきてしまった。
「誰の句を使うかですよね」
「え? 使わない句があるんですか?」
「宗くん、ちゃんと調べないから……」
俳句甲子園は五人一チームだが、試合は一つの兼題に対し、先鋒戦、中堅戦、大将戦の三本勝負で行われる。つまり三人分の句しか使わないのだ。それなら三人一チームで良いようにも思えるが、全国大会の途中からは五本勝負になるらしい。
「どうやって決めようか。句の順番と、あと席順もあるんだって」
先生に決めてもらえば早いのだろうが、それではダメだと思う。
「やっぱり、多数決じゃないですか」
「この人数ですし、話し合いで決めた方が良いと思います」
すぐに考えを出したのは宗谷くんと桜ちゃん。全てを話し合うほどの時間はないが、多数決で決めてしまうのも勿体ないと思う。
そんなところに、るりちゃんが案を出した。
「多数決で暫定的に決めて、それで良いのか話し合いで吟味したら良いと思うです」
その案に異論はなく、多数決の結果はこうなった。
春雨:まり、瑠璃、桜
蝶 :まり、宗谷、桜
桜餅:瑠璃、まり、桜
「瑞姫ちゃんの句も使うべきだと思う」
私は最初にそう言った。私と桜ちゃんが三句とも使い、瑞姫ちゃんが一句も使わない形になっていたからだ。
「どうしてそう思いますか?」
「だって、これは五人で戦うものなんだから、一人だけ仲間外れみたいで良くないと思うの」
「あの」
瑞姫ちゃんが恐る恐る声を上げる。
「私の句、使わなくて良いと思います。だって下手だし、それに、仲間外れなんかじゃないと思うんです」
瑞姫ちゃんは少し残念そうに、それでいて明るく、にまっと笑った。
「だって俳句甲子園は三句しか使わないんですよね。でもディベートは五人でするんですよね。だったら、ディベート担当がいても良いと思います。私はまだ句を詠むのは苦手ですけど、句を読むのは負ける気がしません」
言い切って、瑞姫ちゃんは宗谷くんと頷き合う。
「姫ちゃんがそう言うならルリはそれで良いと思うです」
「そう……だね。ごめんね、ちょっと勘違いしてた」
俳句甲子園に出す句は、五人で作った句だ。そもそも誰の句を出しても、五人で戦うことには変わりなかったのだ。自分の浅慮を自嘲しつつ、向き直る。
「他に何か意見はありますか」
桜ちゃんが手を挙げる。
「句の順番ですけど、挑戦的な句は最後に置いた方が良いんじゃないかと思います」
「…………? どういうこと?」
「いえ、他意はないのですが……」
さくらちゃんが言い淀む。
「秘密兵器ですか、俺もそういうの好きですよ」
「宗くん少年漫画ばっかり読んでるから……あ、私も良いと思います」
私も賛同し、句の順番も入れ替えることになった。桜ちゃんはそっと胸を撫で下ろしていた。
「他に意見はある?」
特に手は挙がらず、互いの顔を見合わせるばかりだった。
「じゃあこれで決定。あとは席順だね。試合の時の並びなんだけど、伝わってるかな」
言ってから、そういえば先生が試合の映像を見せたことがあると思い出す。全員こくこくと頷いたため、ホワイトボードを借りる。
「まず、宗姫ペアは隣同士でしょ」
当然の権利として、まず二人を隣に配置する。
「姫ちゃんを二番目、宗谷くんを端っこにするです。姫ちゃんの発言は多くなりそうですし、宗谷くんは考えがまとまったときの一言が期待できそうです」
発言には一個のマイクを回して使うので、発言の多いひとが真ん中に近い方が良いということだろう。その理屈だと、真ん中は桜ちゃんだろうか。それともるりちゃんだろうか。
「真ん中は小原先輩ですね」
「まりちゃん先輩以外ないですね」
「え? 私?」
口を揃えられてまたも困惑する。
「やっぱり小原先輩が中心ですよ」
「みんなのリーダー、部長ですからね」
「宗姫ペアまで……ありがとう」
頬を緩ませながら、私の名前を真ん中に書く。残った二つは、るりちゃんを外側にした。彼女は喋るときは喋るが、喋らない時はとことん黙るだろうから。その選択には桜ちゃんも納得していた。
そして、私達五人は無事に投句を終えた。全員で達成感に包まれながら、再びお茶会を開くのだった。残すは本番の、ただその舞台だけだった。
あれから一ヶ月、私達はディベートの練習に明け暮れた。他校の過去の句を見て、どんな質問をするか考え、それについてどんな返答をされるか予測する。時には二対三に分かれて模擬試合をしてみたり、自分たちの句についてどんな質問が来るか話し合ったりした。
そんな毎日の中で、帰り道に偶然彼、誠二くんに出会うことも多々あった。公園に立ち寄って長話をして、毎回のように日が完全に暮れては、誠二くんに家まで送ってもらっていた。
ただ、今日この日は、いつもと違う心境で、彼を待っていた。部活が早めに終わったため、駅のベンチに座り込んでいた。いつ来るか分からない彼を待っていた。
「まだかなあ……」
いつもより二時間早い電車に乗ったのだから、単純に考えても二時間待つ必要があった。最初の十分はそれなりに胸を躍らせていたが、すぐに冷めてしまい、足をぶらぶらと揺らして、退屈を紛らわせることしかしなくなった。こんなことなら、一旦帰ってしまっても良かったのだが、それはダメだった、他の日ならまだしも、今日は特別だったから。
明日は、俳句甲子園の当日だった。
正直に言うと、誠二くんに勇気を貰いたかった。緊張しないはずがなかった。俳句のことを考えるだけで緊張が蘇って、試合前から疲れ果ててしまいそうだったのだ。
そのまま、待ちくたびれて眠ってしまうのだが。
目が覚めたのは、誠二くんが私の肩を揺さぶった時だった。二人分のベンチを使って丸く寝ていた私は、きっと駅員さんから変な目で見られていたことだろう。
「小原、おはよう。待たせてごめんな」
「うー……せいじくん? どうして? あー……いや、そっか。ちょっと寝ぼけてるみたい」
頬をぺちぺちと叩いて、大きく伸びをして目を覚ます。日は暮れかかって、湿った風が通り抜けた。今来たところ、だなんて嘘を吐こうとして、それは無理そうだと悟った。制服の皺を直しながら立ち上がる。
「明日か」
誠二くんは一言、そう発した。
「早いよね」
くすり、と笑う。ゆっくりと歩き出し、改札をくぐる。
「誠二くんと会ってから、もうちょっとで半年だね」
「そうだな……早いな」
うん、と返して、通りを避けるように歩く。
「あのね」
どこからか甘い香りがして、また大きく伸びをする。
「私、東京に行きたい」
「唐突だな、どうした?」
「ううん。何でもない」
本当に、何でもない。何か言いたくて、何か言わないといけない衝動に駆られて、咄嗟に出てきた言葉。
昨日の雨でできた水溜まりは、まだ乾ききっていない。
「やっぱり怖いか」
「かも、しれないね」
誠二くんに見透かされて、苦笑する。明日が本番なのだ。あの日から一年が経ったのだ。心の準備が整うには、まだ、早すぎた。
公園のブランコは湿っていて、座れそうにない。
「小原」
「大丈夫だよ」
誠二くんの言葉を遮るように、目を合わせる。
「誠二くんが待ってるから、頑張るよ」
「小原……ああ、頑張れ。待ってる」
こういうとき、私の背が低すぎなくて、誠二くんの背が高すぎなくて、本当に良かったと思う。誠二くんの肩を掴んで、背伸びをするように口を重ねた。制汗剤の匂いは、そんなに嫌ではなかった。
「絶対、勝つからね」
「ああ、約束だ」
私は恥ずかしさが込み上げて来て、火照った顔を見せないように浅い呼吸をした。
「ではまた明日あの駅で」
いつもと違う場所で別れたのは、きっと私の意地だ。いつもと違う振る舞いでなければ、いつも通りの私は呑み込まれてしまいそうで、ただただ逃げるように歩き去って、前を向いた。焼けるように赤い空は、私の闘志そのものだった。
「絶対、勝つよ」
手のひらを空に伸ばして、その手を胸に押し当てて、頷く。五人で戦うのだ。また明日、あの駅で、誠二くんに会うために。




