表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
てふてふや  作者: 文月瑞姫
てふてふや――小原まり
21/25

 五月も一週目を終えようとした頃、ついに全員の句が揃った。ここまで長かったが、他校はもう二週間早く取り掛かっていただろうから、短かったとも言えるのかもしれない。

 そして、ここにきて新たな問題が出てきてしまった。

「誰の句を使うかですよね」

「え? 使わない句があるんですか?」

「宗くん、ちゃんと調べないから……」

 俳句甲子園は五人一チームだが、試合は一つの兼題に対し、先鋒戦、中堅戦、大将戦の三本勝負で行われる。つまり三人分の句しか使わないのだ。それなら三人一チームで良いようにも思えるが、全国大会の途中からは五本勝負になるらしい。

「どうやって決めようか。句の順番と、あと席順もあるんだって」

 先生に決めてもらえば早いのだろうが、それではダメだと思う。

「やっぱり、多数決じゃないですか」

「この人数ですし、話し合いで決めた方が良いと思います」

 すぐに考えを出したのは宗谷くんと桜ちゃん。全てを話し合うほどの時間はないが、多数決で決めてしまうのも勿体ないと思う。

 そんなところに、るりちゃんが案を出した。

「多数決で暫定的に決めて、それで良いのか話し合いで吟味したら良いと思うです」

 その案に異論はなく、多数決の結果はこうなった。


 春雨:まり、瑠璃、桜

 蝶 :まり、宗谷、桜

 桜餅:瑠璃、まり、桜


「瑞姫ちゃんの句も使うべきだと思う」

 私は最初にそう言った。私と桜ちゃんが三句とも使い、瑞姫ちゃんが一句も使わない形になっていたからだ。

「どうしてそう思いますか?」

「だって、これは五人で戦うものなんだから、一人だけ仲間外れみたいで良くないと思うの」

「あの」

 瑞姫ちゃんが恐る恐る声を上げる。

「私の句、使わなくて良いと思います。だって下手だし、それに、仲間外れなんかじゃないと思うんです」

 瑞姫ちゃんは少し残念そうに、それでいて明るく、にまっと笑った。

「だって俳句甲子園は三句しか使わないんですよね。でもディベートは五人でするんですよね。だったら、ディベート担当がいても良いと思います。私はまだ句を詠むのは苦手ですけど、句を読むのは負ける気がしません」

 言い切って、瑞姫ちゃんは宗谷くんと頷き合う。

「姫ちゃんがそう言うならルリはそれで良いと思うです」

「そう……だね。ごめんね、ちょっと勘違いしてた」

 俳句甲子園に出す句は、五人で作った句だ。そもそも誰の句を出しても、五人で戦うことには変わりなかったのだ。自分の浅慮を自嘲しつつ、向き直る。

「他に何か意見はありますか」

 桜ちゃんが手を挙げる。

「句の順番ですけど、挑戦的な句は最後に置いた方が良いんじゃないかと思います」

「…………? どういうこと?」

「いえ、他意はないのですが……」

 さくらちゃんが言い淀む。

「秘密兵器ですか、俺もそういうの好きですよ」

「宗くん少年漫画ばっかり読んでるから……あ、私も良いと思います」

 私も賛同し、句の順番も入れ替えることになった。桜ちゃんはそっと胸を撫で下ろしていた。

「他に意見はある?」

 特に手は挙がらず、互いの顔を見合わせるばかりだった。

「じゃあこれで決定。あとは席順だね。試合の時の並びなんだけど、伝わってるかな」

 言ってから、そういえば先生が試合の映像を見せたことがあると思い出す。全員こくこくと頷いたため、ホワイトボードを借りる。

「まず、宗姫ペアは隣同士でしょ」

 当然の権利として、まず二人を隣に配置する。

「姫ちゃんを二番目、宗谷くんを端っこにするです。姫ちゃんの発言は多くなりそうですし、宗谷くんは考えがまとまったときの一言が期待できそうです」

 発言には一個のマイクを回して使うので、発言の多いひとが真ん中に近い方が良いということだろう。その理屈だと、真ん中は桜ちゃんだろうか。それともるりちゃんだろうか。

「真ん中は小原先輩ですね」

「まりちゃん先輩以外ないですね」

「え? 私?」

 口を揃えられてまたも困惑する。

「やっぱり小原先輩が中心ですよ」

「みんなのリーダー、部長ですからね」

「宗姫ペアまで……ありがとう」

 頬を緩ませながら、私の名前を真ん中に書く。残った二つは、るりちゃんを外側にした。彼女は喋るときは喋るが、喋らない時はとことん黙るだろうから。その選択には桜ちゃんも納得していた。

 そして、私達五人は無事に投句を終えた。全員で達成感に包まれながら、再びお茶会を開くのだった。残すは本番の、ただその舞台だけだった。




 あれから一ヶ月、私達はディベートの練習に明け暮れた。他校の過去の句を見て、どんな質問をするか考え、それについてどんな返答をされるか予測する。時には二対三に分かれて模擬試合をしてみたり、自分たちの句についてどんな質問が来るか話し合ったりした。

 そんな毎日の中で、帰り道に偶然彼、誠二くんに出会うことも多々あった。公園に立ち寄って長話をして、毎回のように日が完全に暮れては、誠二くんに家まで送ってもらっていた。

 ただ、今日この日は、いつもと違う心境で、彼を待っていた。部活が早めに終わったため、駅のベンチに座り込んでいた。いつ来るか分からない彼を待っていた。

「まだかなあ……」

 いつもより二時間早い電車に乗ったのだから、単純に考えても二時間待つ必要があった。最初の十分はそれなりに胸を躍らせていたが、すぐに冷めてしまい、足をぶらぶらと揺らして、退屈を紛らわせることしかしなくなった。こんなことなら、一旦帰ってしまっても良かったのだが、それはダメだった、他の日ならまだしも、今日は特別だったから。

 明日は、俳句甲子園の当日だった。

 正直に言うと、誠二くんに勇気を貰いたかった。緊張しないはずがなかった。俳句のことを考えるだけで緊張が蘇って、試合前から疲れ果ててしまいそうだったのだ。

 そのまま、待ちくたびれて眠ってしまうのだが。


 目が覚めたのは、誠二くんが私の肩を揺さぶった時だった。二人分のベンチを使って丸く寝ていた私は、きっと駅員さんから変な目で見られていたことだろう。

「小原、おはよう。待たせてごめんな」

「うー……せいじくん? どうして? あー……いや、そっか。ちょっと寝ぼけてるみたい」

 頬をぺちぺちと叩いて、大きく伸びをして目を覚ます。日は暮れかかって、湿った風が通り抜けた。今来たところ、だなんて嘘を吐こうとして、それは無理そうだと悟った。制服の皺を直しながら立ち上がる。

「明日か」

 誠二くんは一言、そう発した。

「早いよね」

 くすり、と笑う。ゆっくりと歩き出し、改札をくぐる。

「誠二くんと会ってから、もうちょっとで半年だね」

「そうだな……早いな」

 うん、と返して、通りを避けるように歩く。

「あのね」

 どこからか甘い香りがして、また大きく伸びをする。

「私、東京に行きたい」

「唐突だな、どうした?」

「ううん。何でもない」

 本当に、何でもない。何か言いたくて、何か言わないといけない衝動に駆られて、咄嗟に出てきた言葉。

 昨日の雨でできた水溜まりは、まだ乾ききっていない。

「やっぱり怖いか」

「かも、しれないね」

 誠二くんに見透かされて、苦笑する。明日が本番なのだ。あの日から一年が経ったのだ。心の準備が整うには、まだ、早すぎた。

 公園のブランコは湿っていて、座れそうにない。

「小原」

「大丈夫だよ」

 誠二くんの言葉を遮るように、目を合わせる。

「誠二くんが待ってるから、頑張るよ」

「小原……ああ、頑張れ。待ってる」

 こういうとき、私の背が低すぎなくて、誠二くんの背が高すぎなくて、本当に良かったと思う。誠二くんの肩を掴んで、背伸びをするように口を重ねた。制汗剤の匂いは、そんなに嫌ではなかった。

「絶対、勝つからね」

「ああ、約束だ」

 私は恥ずかしさが込み上げて来て、火照った顔を見せないように浅い呼吸をした。

「ではまた明日あの駅で」

 いつもと違う場所で別れたのは、きっと私の意地だ。いつもと違う振る舞いでなければ、いつも通りの私は呑み込まれてしまいそうで、ただただ逃げるように歩き去って、前を向いた。焼けるように赤い空は、私の闘志そのものだった。

「絶対、勝つよ」

 手のひらを空に伸ばして、その手を胸に押し当てて、頷く。五人で戦うのだ。また明日、あの駅で、誠二くんに会うために。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ