王宮からの招待 ~次女編 3~
それからエザベラの後を歩き連れて来られたのは、綺麗な薔薇が咲くティールームだった。
既にテーブルの上にはティーセットが並べられ、主役達を待っている状態だ。城下町では到底食べられそうにない、豪華すぎるお菓子達…━━━
場間違いしか感じない部屋は、シャーナには戦場に戦く様なものだった。
「さぁ、座って頂戴」
「…は、はい」
王族達が使用するテーブルにイスは、どれもが一級品である。
それらを使用するなど、恐れ多く座ってはいけない気がしてならない。
シャーナは至って普通の平民と同じ様に、アルバーンとミルーネに育てられた。貴族達への接し方は接客で必要だったから、覚えなければならなかったが…王宮の中で、王族の第二王女様と一緒にお茶をする。という設定の教育は教わっていないのだ。
お菓子一つを取ってもどれもが一級品。
何もかもが一級品過ぎる為か、体が強張ってしまう。
そのシャーナの様子を見て、エザベラは優越感に浸っていた。
何故? この様な何も教育を受けていない小娘に、私が劣るというの?
そうよ。ハルウェル様も今のシャーナを見てしまえば、自分の選択の過ちに気付く筈だわっ!
と、内心シャーナを見下すことで一杯なのだ。
「どうぞ召し上がれ。貴女と楽しむ為に、特別に作らせたお菓子達よ」
目の前に置かれたお皿には、一口サイズの可愛らしい焼き菓子があった。
隣では、侍女がお茶をカップに注いでいる。
「フフッ…作法とか気になさらないで? 今日は私がお呼びしたんだもの。気軽に食べてくださいな」
「…はい。頂きます」
エザベラの思惑など何も分かっていないシャーナは、用意されたカップに手を伸ばした。
そして一口、お茶を口に含む。
「━━━━…おいしい」
素直な感想だった。
そう…美味しいのだ。
芳醇な香りと少し渋味がありながら、それでいてとても円やかな舌触り。これが王族の方達が口にするお茶なのだと、自分達とは住む環境が違いすぎると感じずには居られなかった。
…そう、そこがエザベラの狙いなのだ。
自分とは住む環境が違うと認識させることで、シャーナがハルウェルを諦めるのではと思ったのだ。
しかし、そもそもシャーナは、ハルウェルを何とも想っていない事をエザベラは知らない。
「良かったわ! 貴女の為に特別に調合させたのよ」
「そう、なのですか」
「所でシャーナ、貴女ハルウェル様とはどういった仲なのかしら?」
「どういった仲…と言われましても…━━━」
お茶の話から一変、ハルウェルの話を切り出してきた。
【洋服屋ミュゲ】に来た時も「…ハルウェル様は……私のよ」と耳元で囁いてきた事といい…エザベラがハルウェルを好きだと言うことは、言うまでもない。
「…私、調べましたの」
「何を…━━━」
「決まってますわッ! 貴女とハルウェル様の事よ!!」
調べられるような関係ではない筈だ。
言えることとしたら「店員と客」という事くらいだろう。
「ハルウェルは…」
「……ハルウェル? ですって?」
「…ッ! ハ、ハルウェル様はただのお客様ですっ」
つい、いつもの調子で呼び捨てで呼んでしまう。それをエザベラが聞き逃す筈もなく、追求してくるが、ただのという部分を強め、お客様だとシャーナは答えた。
「本当にただのお客だと…言うのね?」
「…は、はい」
「ふ~ん」
目をつり上げ、こちらを見るエザベラは納得していない感じだ。
エザベラ様は、私とハルウェルの何を知りたいのかしら…
本当にただのお客様だという事以外、あるとしたらお昼ご飯を作っている事ぐらいで…
━━━…っえ? まさか…
「じゃあシャーナ…聞くけど、どうしてハルウェル様に手作りの昼食を渡しておりますのッ!」
や、やっぱり…!!
どうしてそんな事、エザベラ様が知ってるのぉぉぉ!!!
叫びたい衝動を押さえ、何故そんな事まで知っているのか不思議で仕方なかった。
「ふんッ…王族たる者、国民の事知ってなくてどうするの!」
…え、王族の方達って国民の事何でも知ってるの?
それって凄いことだわっ……
変に感心してしまったシャーナだが、エザベラが言っている事は本当の様で嘘である。
王族だからと国民一人一人について知れるわけがない。
そんな考えればすぐ分かりそうな事も、今のシャーナには思いつかないのであった。
「さぁ! どうなの!」
「…え、はい。エザベラ様が言うように…確かにハルウェル様に昼食を作っておりますが…」
「作ってるが…?」
ジリジリと顔を近寄らせてくるエザベラ。返答次第で飛びつきそうな感じである。
「そ、それだけです…」
「本当に?」
納得がいかないエザベラ。
それもそうだ隠密の偵察隊の話では、『二人は親しげに毎日丘の上で昼食を共にしている』と報告されたのだ。
昼食を作っているとだけ言われて信じれる筈がなかった。
「じゃあこの際、聞きますけど!」
テーブルをバンと両手で叩いて立ち上がる。
「はいっ!!」
その勢いに思わずシャーナも立ち上がると…
「“毎日丘の上で昼食を共にしている”にも関わらず、何でもないというのですの?!」
「…ひぃ~ッ」
「さぁ! どうなのっ!」
今にも襲いかかりそうな、鼻息がフンッと今にも聞こえてきそうなエザベラの必死さに、シャーナも「珍しいトゥを私が作っていたので、興味本意で食べてくれてるだけです! なんでもないです…っ」と言ってしまったのだ。
これは、嘘でも何でもない真実だし、別に隠す必要はない。
…だが━━━
後に、この発言がシャーナを苦しめる事になろうとは…
「そう…貴女がそこまで言うのだから、本当の事よね。じゃあそれはもういいわ。次は、その珍しいハルウェル様も気に入ったトゥを私も食べたいの。作って下さらない?」
トゥを…王女様に……私が作った…トゥを…?
って、そんな━━━…む、ムリにも程があるわっ…
一気に血の気が引きそうである。
「一平民である私が作った物を、エザベラ様のお口にお入れするなど…」
「えぇ、普通じゃまずあり得ないわね。でも私は、どうしてもハルウェル様も食べている“貴女のトゥ”が食べたいの! この意味分かって? ハルウェル様と同じものを私も共有したいの!! 好きな方の好物を知るのは、当たり前でしょ?」
そこからは、エザベラの一人演説が始まったのだ━━━━
「いい? 貴女好きな人が居たことはある? 恋をするとその人の何もかも知りたいと思うのは、当たり前でしょ! 好きな食べ物、趣味、服装、女性の好みから嫌いな物まで…そう、全て知りたいの! 愛するハルウェル様…何度、私が文を送っても『時間がない申し訳ない』で終わらせるのよっ! あんまりじゃなくて? あぁ…それでも私は、騎士の稽古姿や乗馬の姿を目に焼き付けるだけで、今は満足なの…」
と、頬を染め高揚していくエザベラは、恋する乙女であった。
「勿論、私達にはとてつもなく大きな障害がございますの…私、第二王女と言え…王女でしょ? 結婚は近隣諸国の王子と結婚するのが、習わしなの。それはシャーナ分かるわよね?」
(ブンブンブンッ…)
首が取れてしまうのではと思うほど、シャーナは首を縦に振り同調を示した。
記憶がないシャーナは本当のところ「えっ、そうなの」と一人驚いていたのだが…自分の世界にすっかり入ってしまったエザベラには、関係のない事だった。
「だから今のうちに、ハルウェル様との恋を実らせたいのッ…! その為には、まずハルウェル様をもっと知らなくてはなりませんわ!! そこでシャーナ! 貴女の出番よ!」
「…ひぃ」
「私の為に、ハルウェル様に作っているトゥを作りなさい! 貴女のトゥを私も食べて、そのトゥを今度は私がハルウェル様に持っていくわっ! あぁなんて素晴らしいの!!」
「エ、エザベラ様…一つ質問しても」
「宜しくてよ」
エザベラの熱弁を聞き、疑問に思ったことを口にするが、即座に一喝される事に━━━
「それでは…私がエザベラ様にトゥの作り方を教えて……エザベラ様がお作りに…━━━」
「何を言っているのシャーナ! そんな事したらハルウェル様に触って頂く私の手が荒れてしまうじゃないのッ! 勿論、トゥを作るのはシャーナ…貴女よ! 貴女のトゥじゃないとハルウェル様は、口にしてくれないじゃないの!! まぁでも結局、私が作ったと言って渡すのだけれど。明日も今まで通りトゥを作りなさい! 昼刻の一刻前に従者を毎日寄越すわ。その者に、トゥを渡してくれるだけで構わない。勿論、食材費、手間賃などのお金はきちんと払うわ」
エザベラの話を聞き、シャーナは一瞬言葉を無くした。
別にお金の問題ではないのだが…
トゥを作る事は、別に嫌ではない。ただ、胸の奥底で何かが引っ掛かっていた。
その時、シャーナの中で言い表せられない“何か”が、胸の中に出来始めていた。まだ小さいそれは、確実にシャーナの中でゆっくり大きくなっていくだろう。あまりにも小さい“何か”は、靄となり消えてしまう。
考えても考えても何が引っ掛かっているのか、さっぱり分からないシャーナは結局エザベラに丸め込まれる様な形で、引き受けてしまうのだった。