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王宮からの招待 ~次女編~

 次の日もその次の日も、シャーナはトゥを作り丘の上まで持って行った。毎回トゥの中身を替えて。

 次第にハルウェルの好みが分かってくると、それを中心に作るようになっていた。


 ハルウェルはというと、翌日本当にお金を払おうとしたのだ。しかも一万バルという大金をだ。この世界での一万バルというのは、シャーナがいた本当の世界でいう十万円に相当する。


 大金を見てシャーナは慌てた。こんな大金いらないと、冗談で言ったのに本当に出すとは思ってもみなかったのだ。

 しかしハルウェルは譲らず、「これからも作ってもらうんだ材料費だと思え」と無理矢理握らせられた。

 勿論、大金過ぎる為、使わず自宅に大切に保管してある。そもそも自分の昼食を少し多く作ると思えば、そこまで材料費も掛からない。

「これからも作ってもらう」という言葉に少なからず引っ掛かったが、もう細かいことを気にするのはやめようと。考えるのを諦めた。


 それから毎日の様に、二人は丘の上で一緒に昼食を取った。


 一週間経とうとしたある日…━━━

 アルバーンはここ最近、シャーナが昼食時に居なくなる事が気掛かりであった。


「なぁ、ミルーネ。シャーナは最近何処で昼食取っているんだ?」

「…さぁ?私も知らないわ」

「何処に行ってるんだ?」

「アルバーン…詮索するのは良くないわよ」

「そ、それは…分かっているんだが……」


 そんな会話があったことなど、シャーナは知る由もなかった。


 何処までも続く青空。心地よい風が吹く今日も丘の上に来ていた。こんな日は、寝転がってのんびり過ごしたい。ハルウェルが来る少しの時間を寝転がって待っていた。


「……つめたッ」


 目を瞑って太陽の光を浴びていると、突然頬に冷たい何かが当たる。


「…ハルウェル?」

「遅くなってすまない」

「冷たいんだけど…」

「今日は暖かいから、冷たい飲み物を持ってきたんだ」


 するといつかの筒を見せ、液体を注ぐ。仄かに甘酸っぱい匂いが漂うそれは、オレモという飲み物だった。レモネの実とコズの実を絞ったフレッシュジュースである。


「お前くらいだ。俺に物怖じせずに接し、そのうえ飲み物を持参させるなど…」

「あら? 自分で様付けするな、畏まるなって言ったじゃない。それに私が昼食を作って持ってきてるんだから、飲み物の一つや二つ準備してきてもいいんじゃないの?」


 そう言われてしまっては、言い返す言葉がない。

 昼食を頼んだのは他でもないハルウェル自身である。丘の上まで来てもらうのも自分の都合だ。であれば、飲み物くらい準備するのは当たり前かと思った。


「…あ、今日はもう帰るわ。父さまから今日は早く帰るよう言われているの」


 ハルウェルにいつものランチバックを渡す。


「そうか…ならこれを持っていけ」

「有り難く頂くわ」


 オレモが入った筒を受け取り、急いで丘を下って掛けていった。


 店に戻ったシャーナが目にしたのは、忙しく動き回る従業員達。いつもなら作業場にいて、仕立て作業をしている筈の皆が、店内に来ては作業場へ戻るという。いつもならあり得ない光景だった。

 一度だけ同じ様な光景を目にした記憶があった。それは、上流貴族の奥様が来店した時だった。その時もほぼお店が貸切り状態になり、半数の従業員が動き回るという有り様だった。


 しかし、今回はその比ではなかった。

 店は完全貸切り、従業員総出で対応しているのだ。


「…━━違うッ!……もっとこう…華やかで可愛い感じがいいのよ!」


 店内から可愛らしい声が聞こえた。


 ━━…奥様?

 というよりもっと若いわよね

 少女の様な感じだわ……


 従業員が行ったり来たりしている店内。従者の人数が多いのか、シャーナの場所からでは客の顔は愚か、人数すら分からなかった。ただ一つ分かったのは、若い女性であるという事だ。

 アルバーンとミルーネは、勿論店内で対応しているであろう。声を掛けたくも掛けられない。従業員の皆にも掛けずらい状況だった。

 そんな時、一人がシャーナに気付き駆け寄ってくる。


「……シャーナ! 良かった帰ってきてくれて…」

「ねぇ…? これはどういうじょ…」

「話してる時間はないの! 急いでッ!!」

「…ちょっ…!」


 どういう状況? ちょっと待って。と言いたかった言葉は全て、空に消えていき、背中を押されながら店内に歩みを進めるシャーナは、状況を把握出来ぬまま店内に駆り出されることとなってしまった。


「シャーナが帰ってきました!!」


 背中を押され最前線まで連れてこられ、更に大声で叫ばれると店内にいる全ての目が一斉にシャーナに向けられた。

 居たたまれなくなってきたが、背中を押されている今の状況では、逃げるに逃げられない。頬が引きつる感覚がしているが、お客様との接客の場である。笑顔にならないわけにはいかない。


「…あ、あの」


 意を決して何とか話したのだが、それは一人の少女によってかき消されてしまうのだった。


「ちょっと! 遅いじゃないのッ!」

「…え?」

「どれだけ待たせる気!」

「……ちょっ…え? わた、」

「言い訳は聞きたくないわ! さぁ早く私のドレスを選んでちょうだい!!」


 訳が分からなかった。

 全て畳み掛けるように言葉を遮られるし、待たせるも何もシャーナは何も聞かされてないのだ。

 …そう、何も。

 早く帰ってくるようにとアルバーンに言われていたが…まさかそれが今、目の前で繰り広げられている事が関係しているのだろうか。

 何でもいい。誰か教えて。という気持ちを込めてゆっくり回りを見てみたが、アルバーンもミルーネも誰も説明してくれる感じではない。むしろ、シャーナが何を言うのかひやひやした面持ちである。アルバーンは首を横に振り、何も言うな聞くなとシグナルを送っている様だった。

 だとするならば、ここは目の前の少女の話しに合わせた方が、無難だと言うことだろう。

 二人からはこの少女が帰った後、聞く時間は沢山あるのだから。


「遅くなり申し訳ありませんでした。ドレスの新調でございますね。どの様なドレスをお探しでしょうか」

「…フン、分かればいいのよ。ドレスは…そうね貴女が私に見繕って下さらない? 貴女なら私にどんなドレスを選んでくれるのかしら?」


 挑発的な言い方で、ドレスはシャーナが選べという無茶ぶりだ。洋服屋である為、こう言った注文はよく受けたりはしていたが…まさか全て任せるという様な口振りに、シャーナは戸惑いを隠せないでいた。確かにシャーナに選んでと言ってくる客はいる。だがそれはあくまでも客の要望を聞いて、それに合うドレスを選んでいたからで……少女の容姿からドレスを選ぶなど、難しい注文だった。


「……私が、決めて宜しいのですか?」

「えぇ、貴女に決めて欲しいの。それとも何? 私には選べないとでも?」

「い、いえ! そうではなく…私はまだ店に出るようになって日が浅いものですから…」

「気にする事はないわ。貴女が選ぶドレスはどれも素敵だと、街で有名なのでしょ? なら問題なくてよ」


 有名なのでしょ?

 そう言われてもそんな事初めて聞いたシャーナは、どう返答すればいいか困っていた。

 シャーナが一緒に選んだドレスや燕尾服、コートなど喜んで貰えていたが、それはあくまでも要望を聞いてそれに合う物を探したまでで、有名になるほどのものではない。

 それよりもシャーナが着ているアルバーンとミルーネ自慢のドレス達の方がよっぽど有名であった。それは、シャーナの耳にも入ってきていたし、二人の服が評判になるのはとても嬉しかったから、新作が出来る度に喜んで着た。だから、この少女はどういう経緯(けいい)かは知らないが、噂が間違って耳に入ったのではと思ったのだった。

 しかし、今その事を彼女に話したところで納得するとは思えない。


「で…では、可憐で儚げな感じのこのドレスなんかは……」


 彼女が儚げな少女かというのは、この際どうでも良かった。それよりもどうやって、彼女が気に入るドレスを見つけるか…━━重要なのはそこだった。


「…ふん。私が儚げ? まぁ可憐というのは、間違ってないけれども」

「そ、それでは…っ、」


 次のドレスを出そうとした時だった。


「もう宜しくてよ」

「━━━…え?」

「私そろそろお茶の時間なの。それに…」

「え……」


 再びの驚きに言葉が出なかった。

 彼女は何を言っているのだろうか━━━

 と、一瞬にして時が止まった感覚がしたのだ。


 彼女はシャーナの近くまで歩み寄ると、耳元に唇を寄せ周囲に聞こえない程の音量で言った。

「…ハルウェル様は……私のよ」

 それはどういう意味であろうか。シャーナには、その意味をどう捉えたらいいか分からなかった。

 口角を優艶に上げ微笑む彼女。少女というにはとても大人びて見える姿は、まるで成熟した成人女性である。勿論、それだけでそう思ったのではなく、彼女の身なり仕草そして動作がそう感じさせる要因の一つだった。


 店に戻ってすぐこの有り様だ。シャーナが彼女を観察する時間も彼女が誰なのかさえ、知らされてないのに…

 何故か“上流階級の貴族令嬢”ではない。他に違う何かを感じさせていた。


 そもそも彼女はハルウェルと知り合いなのだろうか。

「私のよ」と言われてもシャーナには関係のない事である。


 しかし━━━


 この少女は…ハルウェルとどういう関係なのかしら?

 騎士団長でもあるハルウェルの事だから、きっと街中で有名なのでしょうね。

 それであれば、騎士のハルウェルを見た事があるって事?

 …でも知り合いなら親戚? ん~違う。


 と浮かんだ疑問に考えを巡らせていると…━━


「フン、随分余裕ねッ! いいわ、貴女に教えて上げる。ブルース」

「…はい、エザベラ様。ご用意出来ております」

「いいわ━━…これ、差し上げますわ」


 彼女…エザベラは、ブルースと呼んだ一人の従者に声を掛ける。流石、従者と言えようか。主人がいう前に、準備が出来ているとは。益々、貴族令嬢ではないとなれば考えられるのは、残り一つしかないのだが、シャーナはそこへ至る考えがなかった。

 記憶がないシャーナは、この国の情勢や仕組みなど考える余裕がない。目の前で起きている出来事だけで、精一杯なのだ。


 手渡された一通の封書。

 宛名にしっかりシャーナの名前が刻まれ、封は封蝋印がきちんと押されていた。いつの間に準備したというのだろうか。


「あの…これは…━━━」

「後でじっくりと読むといいわ。もう用は済んだし、帰るわよ」


 踵を返し出入口に向かうエザベラ。ブルースにより既にドアは開け放たれ、馬車が入口脇に待機していた。


 それで、漸くシャーナは気付いたのだ。

 彼女が王宮に住む住人である事を…


 店の前では、馬車が待っているのは勿論だが、馬車の護衛であろう騎士が数人、馬車を囲むように立っていた。それは別に貴族であろうと騎士を雇い、引き連れる事はよくある事で珍しくもないが…流石に馬車に刻印されてある紋章は隠すことが出来ない。

 その紋章でシャーナは気づいたのだった。


 優雅な足取りで馬車までいくエザベラは、乗る前に再びシャーナに向き直る。


「では、楽しみにしているわ」


 何も言えないでいるシャーナを横目に、エザベラは馬車に乗り王宮へ帰って行った。

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