最悪なアイツ 2
意味も分からず勝手に約束させられた昨日。
シャーナはトゥを作るかどうか迷っていた。
昨夜、考えすぎて寝れない程、シャーナは悩んでいるのだ。
「シャーナ…?何をそんなに昨日から考えているの?」
「…母さま」
「私に話せないこと?」
「ううん……そう、じゃないの。ただ…分からなくて」
朝方に眠りに就いたシャーナだが、それから二刻と寝ずに起きてしまった。
朝焼けが出始める頃、ミルーネが起床し食卓の椅子に座りミルク入りのチャナを飲むシャーナに声を掛けたのだ。
寝巻きだけのシャーナにブランケットを肩に掛けてあげると、自身もチャナをマグカップに注いだ。
昨日の昼食戻ってから様子がおかしかったのには気付いていた。気付いていたが、悩みの一つや二つあって当然と聞かずにいたのだが…流石にここまで悩んでいる姿を見ては、母として娘の悩みを聞かずにはいられなかった。
「…あのね、母さま」
「なぁに?」
「私、昨日の昼食を丘の上で取ったの」
「えぇ」
「そこに…その……お、お店に来るお客様が居て…私が食べてたトゥをい、いたく…気に入って下さって……その、それで、つ…つ…」
「…つ?」
『俺にも作ってくれ』その言葉が何故か頭の中に響いた。
ただ単に、興味があって言った言葉であっても、シャーナを悩ませるには十分な言葉であった。
「━━━…作って…くれと」
「…は? シャーナどういう事だい?」
はじめミルーネは良く分かっていなかった。しかし、よくよく考えてみると、昨日からシャーナが悩んでいたのだ。その事を踏まえて考えると… 一つの答えが浮かび上がった。
「もしかして…男性に言われたのかい?」
女性に頼まれたのであれば、ここまで思い詰めるような事はしなかったのではと思ったのだ。それに女性ならシャーナが作ったトゥの美味しさで、作り方やその他の食べ方を聞いてもおかしくはない。であれば、シャーナは喜んで作っていくだろう。
しかし、寝れない程悩むのであれば、男性から頼まれたと考えれば納得だった。
「…そう、なの。だから私…どうしたらいいのか」
「うちの客って誰だい? ロバートさん? それともジョバンニ?」
何人かの名前をあげるが、どれも首を降って違うと言う。
…じゃあ、誰だ? と思考を巡らせるミルーネは、一人最近シャーナが対応した客を思い出した。
「まさか、ハルウェル様…って事は」
そうハルウェルの名前を出した途端、シャーナの態度が変わった。
ビクッと体を震わせ、背筋がピンと伸びる。サーと血の気が引いたような蒼白い顔を見せたのだ。
「その…まさかの様だね……」
「か、母さま…私どうしたら」
「ハルウェル様はなんて?」
「父さまが好きなトゥの話をしたら…自分にも作ってくれって……」
話を聞いてミルーネには何となく分かった様な気がした。
年頃の男女の関係である。親があれこれ言うのもおかしなものであるし、むしろミルーネはシャーナに色んな体験をして欲しいと思っていたのだ。それが今回こういう形であれ、いつもと違った日常を送ろうとしている娘に、母親が口出すこととすれば…━━━
「何も取って食ったりしないんだ。トゥの一つや二つ作ってやりな? ハルウェル様も食べたら気が済むだろ?」
ミルーネが何気なく言った「食べたら気が済む」と言う言葉に、「あ…それもそうね」と納得したのだ。一晩中悩みに悩んだ自分がそれはもう馬鹿らしい程に…━━━
それからは気が軽くなり、トゥを作るのも苦ではなかった。
鳥の囀りが聞こえ、アルバーンが起床し三人で朝食を取っていつもの開店準備を始める。
お昼前になり、客足が落ち着いてきた頃ミルーネが作業場から顔を出した。
「シャーナ」
「…? 母さまどうしたの?」
「どうしたのって…そろそろ出ないと遅れるよ」
「えっ?」
そう言われ時間を確かめると、丁度正午を知らせる鐘の音が城下町に鳴り響いた。
「あれ? いつの間にかもうこんな時間だったの?」
「あまり待たせるもんじゃないよ」
「別に少しくらい遅れたって平気よ。私あの人嫌いだもの。そもそも勝手に約束させられただけ! 作ってこいと言ったのはあっちよ? 私が待つなんておかしいわ」
吹っ切れたシャーナは、「そうよ、何故私があの人に作らなきゃいけないの」と腰に手を置きミルーネに愚痴を溢したのだ。それを聞いたミルーネは、眉を下げて困った子と思ったのだった。
ハルウェルがどういう経緯でシャーナに頼んだかまでは分からないが、《嫌い》とまで言われてしまっては、ハルウェルを知る者として可哀想だった。
北へ行く前までは、よく店に来て仕立てやら直しやらで顔を見せてくれていた。アルバーンの親友の息子という事もあり、夫婦は本当の息子の様に可愛がっていたのだ。
それが今回、どういう形であれハルウェルがシャーナに近付き、トゥを作ってくれと頼んだという。浮いた話が一つもなく、見合い話も断り続ける“あの”ハルウェルがだ。これを母として喜ばずにいられただろうか。
だが、ハルウェルはシャーナに何かしたのだろう。あそこまで嫌いと名言されてしまっては…
それでも二人がいい方向へ向かってくれればと願うのだった。
「それじゃあ母さま、行ってきます! 昼食は作っておいたわ、父さまと食べてね!」
「ありがとう。ハルウェル様によろしくね」
二つのランチバックを持ち、シャーナは昨日と同じ場所を目指した。
丘の上まではそう時間は掛からない。緩やかな登り坂を歩くと大きなあの木が見えてきた。昨日は、反対側に隠れて見えなかった。
念の為、一周してみたのだが…
「…━━まだ、来てないって…どういう事ッ!」
昨日あれ程命令していたくせに…!
来てないってどういう事ッ!
私、騙された━━?
夜中あんなに考えてしまったのに…っ
「私の睡眠…返せぇぇぇ!!!」
「もっと上品に振る舞えよ」
「…へ?……━━━ぎゃああ~~」
なんで! なんで!? なんで???
さっきまで居なかった筈なのに…
なんで!
シャーナの頭はパニックに陥っていた。昨日と同じ様に突然現れたハルウェル。だが、今日は一周して確認済みである。それにも関わらず、時間をあまり置かずに現れるとは、シャーナも思っていなかった。
「お、これか…?」
パニックになり、呆然としているシャーナからランチバックを取ると、呑気に中身を確かめ始めるハルウェルは嬉しそうである。
漸く落ち着き始めたシャーナは、ハルウェルがランチバックの中身を確認しているのを見つけ、直ぐ様奪い返したのだ。
「おい…それは俺の飯だろ」
「あら騎士様。お言葉が悪いですよ」
「…チッ」
悔しがる姿が見れたと、シャーナは少し気分が良くなった。
「それより早く食わせろ」
「それが人に頼む言い方ですか?」
「…申し訳ないです。作ってきてくれたトゥを食べさせてください」
なんとも棒読みである。
しかし、きちんと言った事に変わりないし、騎士と二人で会っているなど、何処で誰に見られるか分かったもんじゃない。
シャーナは、納得がいかずとも一つのランチバックをハルウェルの前に突き出した。
「━━…味の保証は…しません」
「いっただきまーす!」
「って! 人の話し聞いてます?!」
「…んぐ? ぎんでぃる」
「加えながら話すな!!」
ハルウェルの騎士あるまじき姿に呆れた。
大人びた感じのハルウェルしか知らないシャーナは、青年の様に無邪気にトゥを頬張る姿がとても新鮮だった。
そのせいか、本人すら気付かないうちに、シャーナも同じ年頃の子達と話すような口振りになっていたのだ。
加えていたトゥを飲み込むと、続けざまに残りのトゥに手を伸ばし、ものの数分でランチバックに入っていたトゥを平らげてしまったのだった。
「…フゥ。ご馳走さま」
「凄い…」
その食べっぷりに、早さに圧倒された。
アルバーンやミルーネは、流石にここまでガツガツしない。アルバーンは男性であっても、家族とその日の出来事を話しながら食べたいという家庭的な男性である為か、ガツガツ食べるような事はしない。
家族としか食事をしないシャーナにとって、ハルウェルは別次元の人に見えたのだ。
「も、もっと…味わって食べたらどうですか」
「ん…あぁ~うまかった」
「それはどうも…お世辞でも有り難く受け取っておきます」
「━━…いや、お世辞じゃなく本当にうまかった」
真面目に言うもんだから面食らってしまった。
「…そ、それなら…よかった……です」
つい、どもる。
ほんの少しだけ本当に少しだけ、そんなに言うなら自分のトゥも分けてあげようかと思った。
家族以外に自分が作った料理を食べてもらうなど初めての事で、緊張していた。
「もしまだ足りなかったら…」
シャーナは自分のランチバックをハルウェルに見せる。
中身は同じくトゥではあるが、シャーナの方は果物とクリームが包まれたデザート感覚のトゥだった。
「これは、スベーラとツツネの実か? クリームは…」
「モモウのミルクを煮詰めて作ったクリームですよ。よくスベーラとツツネって分かりましたね」
クリームで殆どなんの実なのか分からなくなっている筈なのに、ハルウェルはものの見事に言い当ててしまった。
「色と匂いでな。それに俺が好きな果物だから」
「へぇ~」
「いや、もっと関心もてよ」
「…はい? 関心持てと言われましても」
「…はぁ。まぁいい、で? 食っていいのか?」
どうぞ。とランチバックをハルウェルに渡す。
先程と違い、トゥをまず見てそれから匂いを嗅いだ。ゆっくりとした動きで口に持っていくと一口食べ、味わうように口を動かす。
作った本人シャーナは、又もや変な緊張を強いられていた。開口一言目に何て言われるのだろうと…ドキドキしているのだ。
「……んまい」
「ほん、とう?」
「あぁ…スベーラの酸味とツツネの甘味が絶妙。それを上手くクリームがまとめている」
と、まぁ美食家の様な発言である。
実際、騎士という職業の前に、それなりの貴族階級であるハルウェルは、幼き頃からいい食材の物を食べて育った。そのお陰か味覚には多少の自信はあるのだ。
「よかった……」
うまいと一言聞けただけで、満足である。ろくに昼食を食べてないが、ハルウェルの食べっぷりと評価にそれだけで、シャーナは満腹であった。
「…あ、私そろそろお店に戻らないと」
「そうか…と、忘れるところだった」
「…それは?」
ハルウェルは長い筒状の物をシャーナに渡した。
首を傾げてまじまじと見るが、それが何なのか分からない。すると、ハルウェルが「こうするんだ」とやって見せたのだ。
筒の上部部分を回すと一部が外れた。窪んだ方はカップに見えなくもない。もう片方は入れ物の様だった。
それを斜めに傾けると中から茶色い液体が出てくる。カップに注ぐとシャーナに手渡した。
「…チャナ?」
「あぁ、これを準備して少し遅れた。入れ物は上流階級で流行っているんだ。温かい飲み物を持ち歩くのに便利だってね」
どおりで見たことないわけである。
チャナが入ったカップを渡す。飲めと言うことだろうか。シャーナはカップに口をつけてチャナを飲んだ。
「━━━…っ、おい…しい」
自分が入れるチャナと何が違うと言うのだろうか。
全くの別物に思えてくる程、ハルウェルが持ってきたチャナは美味しかった。
「そうか」
「…流石、貴族の方が飲む物だけありますね」
今の今まで楽しくお昼を食べていたのに、何故だか急に冷めてしまった。庶民が作った物を美味しそうに食べるものだから、騎士だとか貴族だとかそんな事感じてなかったのに━━━
ハルウェルが持ってきたチャナを飲んだ瞬間に、やはり自分とは次元が違うのだと思わずのはいられなかった。
「それじゃあ、もう行きますね」
そそくさと立ち上がり、その場を後にしようとするシャーナの腕を掴んだ。
「明日も…作ってきてくれないか」
「━━━それはまた…騎士様はお暇なんですか?」
「フン…そうだな。国が平和で何よりだ」
「……お金、頂きますよ」
「美味しいトゥが食べれるなら」
「高いですよ…」
そんなやり取りが続き、結局はまた昨日と同じで強引に約束させられるのだった。
お店に戻るとミルーネが心配そうに掛けてきたが、大丈夫だったと一言言うだけだった。