最悪なアイツ
私の中で…失礼な奴だと決定した。
…何なの! 人をチラ見するし小馬鹿にした様なあの態度はッ!
いや、アイツは私を完全にバカにしてた。
恐らく新人か臨時店員と間違ったんだわ!!
確かに、お店に立って日は浅いけど…っ!
それでも私は、父さまと母さまの娘よ!
そもそも私も私だわ。何を意地になって言えずにいたと言うの。
騎士だからって…騎士だからって━━━ッ!!!
━━…あぁ、思い出しただけでイライラが……
今、シャーナは昼食を取るべく、お店から少し離れた丘の上に来ていた。
いつもは、お店が混雑するのを見越して、店舗兼住宅の自宅の食卓でミルーネと食べるのだが…今日は外の空気を吸いたくなり、ミルーネに断ってお弁当を持参し、丘の上まで来ていたのだ。
この場所は、アルバーンに助けられ暫くしてから散歩中に見つけた場所だ。城下町を一望出来るこの場所は、シャーナのお気に入りである。
「あぁ~~もうっ!…お昼ご飯が台無し!!」
と言いつつ、今朝作っておいたお弁当を頬張る。
この国では一般的とされる、パンに良く似たトゥに野菜とバングゥの肉を巻いた料理だ。トゥは、粉にミルクと砂糖、ふくらし粉を混ぜて薄く焼くと、ふっくらと一センチほど膨らんで出来上がる。そこにシャーナは野菜や肉を巻いて食べるのが好きだった。本来、トゥはシロップやバターなどを付けて食べるのがこの国では一般的だ。しかし、シャーナはこの国ではあまり馴染みのない食べ方をする。
初めは皆と同じ様に食べていたのだが…いつしかその味に飽きてしまい、何か無いかと思ったのがきっかけだった。
シャーナがトゥを野菜などを巻いて食べるのを見て、アルバーンとミルーネはやはり違う国の出身なのだと感じる程であった。
しかし、実際にはこの世界の住人ではない━━━…
シャーナの様に食べる文化など、この世界には存在しないのだから………
トゥを半分程食べ終わった時だ…━━━
「…なんだ、オマエか」
突然背後から声が聞こえ、驚いた衝撃で頬張っていたトゥが、喉に詰まってしまった。
「ぐっ……ふぅ…ッ」
慌てて胸を叩いて、持ってきていた紅茶を飲んだ。
何度も来ているこの丘に、自分の知り合いが居た事がなかった為、油断していたのだ。
「…だ…誰よ……っ!」
紅茶を飲み干し、胸を押さえながら後ろを振り向いた。
そこに立っていたのは、なんと先程お店に来ていたハルウェルではないか。その顔を見ただけで、フツフツと苛立ちが蘇ってくる。
どうしてこんな所にまで━━━!!
「まさかアルバーンさんの娘とはな」
それはどういう意味だというのを含んで、睨み返してみるシャーナだが、ハルウェルの後ろに見えるものを見て睨むのを止めた。
丘の上には、大きな木が一本立っている。それはもう二人掛かりであっても幹を掴めない程に…最低五人以上は必要ではないだろうか。
だからシャーナは、はじめ気付かなかったのだ。その木の反対側にハルウェルが居た事に。その証拠として、馬が木の枝に繋がれている。シャーナの後に来たのなら蹄の音で分かった筈だ。
と言う事は、先客はハルウェルでシャーナは後で来た事になるのだ。
「申し訳ありません。お邪魔してしまいましたね」
簡潔に言うと、広げていたランチバックを片付けはじめる。苦手意識が先行してか、ハルウェルの前から一秒でも早く消えたかった。
だが、そう易々とさせてはくれないのが、騎士団長でもあるハルウェル様だ。
「…それは…なんだ?」
「…ちょ……ッ!」
シャーナが片付けていたランチバックを見つけ、食べかけだったトゥを手に取るハルウェル。物珍しげにトゥを観察している姿に、このままではそのまま食べてしまうのではと思った。すぐにでも取り返そうと手を延ばした時だ。
「んっ?…これはトゥか?……ングッ、でも中身は━━━」
「ちょっと…ッ!何、人の昼食食べてるんですか!」
延ばした手はトゥを掴む事なく、空中で止まり。何の躊躇もなく食べた騎士様の姿がそこにはあった。
…えっ?
何この人━━━…
勝手に人の昼食食べて…信じられない。
初対面…じゃないけども!
あんまりだわっ!
それが同姓ならまだしも……異性の女性に対する態度なの!!
ますます、この騎士と言う人物を警戒し出す。と言うよりも嫌っているという方がいいだろうか。
「…ん?これは……」
「今食べてるのは差し上げます!ですが…!勝手に食べておいて文句など、私は受け付けませんからッ!!」
何かいう前に、先手とばかり言い切った。そして、素早くランチバックを持つと、立ち上がりハルウェルに一礼し後は去るだけという状況の中━━━…
「…いや、すまない。勝手に食べた非礼を詫びよう」
……ボソ…
「詫びるくらいなら食べなきゃいいのに……」
小声で言った皮肉を込めた言葉。
ほぼ独り言で言った愚痴は、どうやら騎士様の耳にばっちり聞こえていた様だ。
「悪かったと謝っているだろ」
「それが人に謝る態度?」
最早、シャーナに目上のましてや騎士に対する言葉遣いなど、気遣う余裕はなかった。
騎士を叱りつけるなど、しかもそれが団長のハルウェルとは…団員が聞いたら卒倒しそうである。押さえ付けられ土下座で謝れと言われてもおかしくないその態度に、ハルウェルは目を剥いたのだった。
自分を叱りつける奴など、ここ最近で居たであろうか…━━━
団長に就任してからというもの、肩書きを気にせず叱ってくれる存在など居なかったと、思わずにはいられない。
「…そもそも、貴方ねぇ…っ!」
「━━━…悪かった」
「え?」
「本当に…悪かった。私が悪い、急に女性の昼食を取り上げるなど…━━どうかしていた…本当にすまない」
突然の変わりように今度はシャーナが驚く番だった。
さっきまで、横暴とも言える態度だった騎士が…頭を下げて本当にすまないと感じて謝っているのだ。
だが、そんな騎士に何となく釈然とせず、可愛くない態度を取ってしまう。
「そ、そう思うなら…はじめから、しないで…下さい」
「…フッ、そうだな。以後は気を付けよう」
「わ…笑うなッ……!」
なんだか、ハルウェルに見透かされている様で急に恥ずかしくなってしまった。
顔が妙に熱くなるのを感じながら、意識を手に持っているランチバックに集中させた。
「一つ聞いていいか…?」
「どのような事ですか?」
聞く事など限られているが、シャーナが思っていた内容とは異なっていた。
「俺が食べた…トゥ? だが、あれは…」
シャーナはてっきりアルバーン達の事について聞かれるのとばかり考えていたが、どうやらこの騎士様は先程食べたトゥが気になっている様だ。
「…えぇ、あれはトゥで間違いないですよ。ただ、私なりのアレンジを加えてます」
「それは、野菜を巻いているという点か?」
「はい。父さまや母さまもトゥをそんな風にして食べるなんて、はじめは驚いてました」
その時の事を思い出したのか、シャーナは少しはにかんだ。
「でも今ではうちの定番料理なんですよ?父さまはお肉とタードを塗ったトゥが好きなんです」
酸味と辛味があるタード。お肉とトゥそしてタードが合うとアルバーンお気に入りである。
アルバーンとミルーネの話をする時のシャーナは、とてもイキイキしていた。さっきまで自分を叱っていた娘だとは、思えない程に…シャーナはそれほどあの夫婦を大好きなのだ。
「…あ、ごめんなさい。私ばかり話してしまって」
「気にするな。聞いたのは俺だ。それよりも…」
「……?」
一度、一拍置くとハルウェルは言った。
「そのトゥ…俺にも作ってくれ」
「………はい?」
突然「俺にも作ってくれ」と言われ混乱する。誰だってそうであろう。何かの冗談かと思ったが、ハルウェルの顔は至って真面目であった。
え…え?
どうすればいいの?
私が作る料理?なんてたかが知れてる。
家族に食べさせるなら未だしも…貴族階級であろう騎士様の口に入れるなど、恐れ多いし不味いなんて言われて、家族共々打ち首!? なんて事も……!
何やら良からぬ想像をし出すシャーナに、ハルウェルは続けた。
「安心しろ。不味くても殺すなんて事はしない」
「━━━…ハァ」
安心するも、ハルウェルの意図が見えず困惑は変わらない。
「兎に角、明日また同じ時刻にこの場所で待ってる」
「…は? え、いや…待って!」
「じゃあ明日、忘れるなよ」
伝える事は伝えたとばかりに、踵を返し待たせていた自身の馬まで戻ると、振り返ることなく去っていく。
捨て台詞かの様に「忘れるな」と言うだけ言って、行ってしまったハルウェルの後ろ姿を呆然と見送るしかないシャーナであった。
ハッ!と気付いたときには、既にハルウェルの姿はもうなかった。
「きちんと説明しなさあぁぁぁーーい!!!!」
丘の上にシャーナの叫び声が響いた。