60ふがっ!
遠くから徐々に近付く水音がする。其れは遂には10、15mぐらい先を横切って行くと、「シャー」と大きく水をかき分ける巨大な背鰭が見える。
全体は見えないが背鰭と共に此方に遣って来た、大波だけでも大凡の大きさは推測できる。
先程迄飛翔板が立ている波紋くらいしか無かった水面は、大きく波打ちリーファ調査隊の一行を上下に激しく揺さぶった。
リーファ様は未だに腕を抑える形を保った儘である。彼の巨大な生物を静観する構えだ。
「此方を認識していた様だが敵意は感じなかった。生物の魔落は元の状態よりも知性が発達している傾向にあるんだが、其の場合、利益に為らない事は余り遣りたがらない。まあ人間と似て性格に依るかも知れながな」
「大きいー! 20mは在りそーだよ! 彼の周りだけ水に気力が通らないから【水】の御業を授かってるのじゃないかな!」
「ふがっ!」
「まあ、好戦的なものなら兎も角大人しいものを見付ける度に一々倒していたら、生態系が崩れて後々には反って良からぬ事態になり兼ねないからな。下手に手出しは為るなよ」
巨大な魚の類らしきものの魔落が去って行っても未だリーファ様は手を下げない。リーシャたちが訝しげに静観していると、何とかベイミィに塞がれた口許の手を除けたティロットが声を張り上げる。
「其処にチェロルみたいな事している奴がいる!」
「ヒッ!」
リーシャたちは其の声に従いティロットやリーファ様、マリオンが警戒して見詰める方向を目を凝らして見てみると水面からにゅるりと顔を出して、此方を見ている動物の顔が見える。
其の円な瞳に正面から見ると間抜けな顔が愛らしい。チェロルの顔がニヘラと緩む。
「……従魔を示す首輪だな。元は鼬……獺の類だろう。顔の大きさからして2m、尻尾が在るなら3mぐらい。飼い主と逸れたと見るか、それとも近くに飼い主が居ると見るべきか。此奴からも敵意は感じないが油断は為るな」
「ぴぃやー」
獺? の従魔は一声発すると付いて来いと言わんばかりに首をクイッと振り動かし、反転して西に向かい進みだした。
「付いて行こう。何方にしても放っておけないからな。マリオン先頭を頼む」
「了解」×5
首だけ出して泳いでいるだけだが可也速い。泳ぐことに特化した体からして獺なのだろう。
先程迄の一列並びを変え先頭マリオンの後にリーシャとティロットが横に並び続いて後ろにチェロル、ベイミィと横に並ぶ、そして殿をリーファ様が務めている。
「彼の従魔は水系御業は使っていませんね。先程の大きい奴と違い水への働きかけは一切感じません」
「何かぷっくりしてて可愛いよ!」
「チェロル、貴女メルペイクに過剰な餌与えてないでしょうね!」
「彼は太ってる訳じゃなくて羽がふっくらしているだけなんだけど……かわいいし」
「……リーシャ様も怪しいですわね」
「パシャッ」
「潜った?」
「南西より強い敵意……殺気です!」
「ふがっ!」
「マリオン私が……」
「ドッボーーーォォン」
4m程の魔落の魚が大きく飛び跳ねた。先程潜って姿を消していた獺が、牙を立てて胸鰭に噛み付いているのだ。暴れる魚に「バギリバギリ」と噛み付き胸鰭は千切れ水は赤く染まり遂には動かなくなった。
牙を剥き赤い液体を垂らす其の顔は先程と打って変り何とも恐ろしげだ。チェロルはガクガクと震えベイミィと場所を入れ替わる。いや勝手に配置変えちゃ駄目でしょ。
獺は何事も無かった様に魚をパクリと咥え、澄まし顔でついと方向を変えて先程迄向かっていた方へと進みだす。
「リーファ様、彼の獺擬きは【強頭】持ちですね。頭突きで吹き飛ばした後に強化された牙や顎、筋力で容易く噛み千切ってましたよ」
「ああ……【強頭】の正しい使い方を初めて見た気がする」
獺擬き? と遭遇した場所から400mは西に移動しただろうか。リーファ調査隊の目前に又もや壁がそそり立つ。だが進行方向の壁は窪みとなっており獺擬きも其処へ向かっている様である。
「ザザザ」と咥えていた魚が底を擦り音を立てる。窪みの先には横穴がぽっかりと口を空けており、獺擬きは其の横に魚を引っ張り上げてご満悦だ。どうやら取り置いて後で食べるらしい。
すくっと立ち上がると、いや何で立ち上がる4本足の方が行動しやすいだろ! 尻尾で魚を「パシパシ」叩き盗るなよと言いたいらしい。其の儘ちょこまかと器用に歩き横穴へと入っていく。
「此の辺りは恐らく皇太后の区画を過ぎて聖堂や儀式用の大広間が在る場所付近では無いでしょうか?」
「うん、出発地と距離感、方向を鑑みると其の辺りが妥当だな」
「ちょこちょこ歩いて可愛いよ!」
「いや、さっき迄怖がって後ろに隠れてたでしょうが!」
「ふがっ!」
「否、ベイミィ其れよりティロットを離して上げようよ」




