06縦穴
骨兵の数が随分と多く為って来た。
だから其れが余計に際立つのかも知れない。
「[熱よ其に在れ]」
模造エミリアの光幻が数体を一閃で薙ぎ払い、模造アリアの光幻が言霊を発しアリアの【砂】と【熱】の御業を強化して地獄へと変える。
まあ、端的に云えば模造発声器官で言霊を使う事に成功した処なので有ろうか。
実は、【熱】の御業が他と組み合わされることに因って、一番恐ろしい事と成る。
勿論、世界に数在る御業の中には【火】や【氷】、【光】だって在るし、火や氷に在れと願えば出現もする。
一般的な温度のと付け加える必要が有るのだけれど。
アリアが握って居る大気の制圧圏。
其処へと侵入した骨兵の上空に砂を出現させて、其の砂に対して熱よ在れと言霊と共に願えば高熱と化する。
言霊は共通する語句が有る程、効果が高く為ると云う。
詰まり世界からの共通という増幅効果も相俟って、徹底した加減が必要に迫られる程、砂は高温と為った様である。
地面には赤と黄色の入り交じった溶岩が薄く拡がり、其れを被ったらしき骨兵はめらめらと勢い良く火を吹いて崩れて行った。
『うん、此れ駄目な奴だよ! 過保護なメアリー辺りに見られでもしたら終わりの見えない話が待って居りますわ』
何となく洞窟内では危険だと感じ取ったアリアは、当面此の物騒な技の使用を禁止する事にした。
扨、困った事に此れでは模造アリアの光幻が、置物と為って仕舞うではないか。
アリアの思案は続く、悩み多き年頃なのだ。
くるくると踊り歌う光の騎士と、其れにとてとてと付いて往く光の少女。
其の後ろには、きらきらと隙間から漏れ出る目に若干刺激の有る光。
何とも云えぬ怪しさを醸し出し乍ら、アリアの一行は突き進むので有った。
進むに連れ一度に遭遇する骨兵の数が増えだしてから、数百体は倒しただろうか。
其の間アリアは地面を凍らせて骨兵を転かしたり、骨兵の鎧から直接熱を奪おうとしたり色色と試して見た。
流石に鎧程の至近距離では、骨兵でも確りと周囲に気の纏を持つらしく全く効果は無かった。
アリアの間接攻撃に使える御業は【大気】と【砂】である。
何れも熱を加えると、洞窟内では可也危険に為ると予想できる。
幽体に其れ程影響は無いかも知れないが、大気などは熱の加減次第で千度を超えて膨張する為に、閉鎖空間では流石に怖過ぎる。
砂が融解する迄熱を加えることは膨張こそしないけれども、洞窟では瓦斯や何かしらの粉塵が発生し易く、此処が閉鎖空間で有る為に其れらへ引火すると、逃げ場も無く爆発に巻き込まれ岩崩れに埋まる危険を孕んで居るのだ。
序でに云えば、砂は融解すると結合して別の物質へと成る為に制御が不能と為り、後始末が厄介な事と為り兼ねない。アリアとしても、其のもの通りし後は赤く染まりし大地の惨状を残す、とか何とか語られる行動は避けたい処である。
ともかく何れも洞窟内で生きた仲間と行動する時は、大人しく何もしないで居て呉れと懇願される事、請け合いだろう。
アリアは他の騎士たちが如何して居たかと思い返す。
エミリアは【水】【氷】【水晶】、全てを飛ばしぶつけて来るか落として来るかの何方かで有った。
アリアの干渉領域に入った時点で失速するか出現不可能で在るし、遥か上空から複数の飛礫を落として来たとしても、人一人分の安全地帯を空けるよう落下物を逸らすくらい何の造作もない。
勿論、大質量のものを創るので有れば顕現に至る迄に妨害するし、妨害されて失敗しようものなら気の消費が半端ない。
況して多少広い所が有っても所詮は洞窟、アリアの掌握圏は天井に迄十分届いて居るのだから御業の顕現は不可能に近い。其処へ介入する形で干渉戦を仕掛けても分は悪いし、【分裂思考】や【思考加速】でもなければ他の意識が疎かだと態態知らせて居る様なものだから。
『ん! 抑、私やお母様相手に戦うことを想定しちゃ駄目なのよ! 本来は【砂】で在れ威力はともかく飛ばせば十分攻撃になる筈ですわ。序でに【念動】を加えて差し上げますわ』
暢気に少し試しては思考の渦に入り込んで居たアリアで在ったが、此の時も絶えず骨兵らはわらわらと襲い掛かって来て居た。
「[砂よ在れ、其を射抜け]」×5
アリアの覗き穴を取り囲む空中の5箇所から、同時に言霊が紡がれ響き渡る。
『能く能く考えて見れば、人間の声帯じゃ無いのですわ』
複重奏をしてはいけないと誰が言った。
と云うか【念動】は加えないのか。
強力な補助の言霊が重複し、砂の大きな道程を作り出して骨兵を過ぎ去った。
胸部の大半がぽっかり無く為って居る。
御業の欠片迄吹っ飛ばしてはいないだろうかと、変な心配迄して仕舞う。
彼からアリアは更に奥へと歩みを……光幻たちが更に歩みを進めると、本当に骨兵らの数が増えて来た。
そして、魔気の増し様が知覚できる程に濃く為って来て居る。
取り残しはいけないと変に生真面目さを発揮して、アリアは万遍なくゆっくりと洞窟の蹂躙を進めて来たが、既に5つもの御業の欠片が手に入って居た。
【残留思念】が2つ、【念話】が1つで残り2つは判らなかった。
取り敢えず全てを【空間収納】に仕舞う。
因みに【念話】なら連絡が取れるのでは、と思われ勝ちなのだが有効範囲50m以下である。
洞窟内なら其れ以下かも知れない。
上位の御業に【遠話】が在り此れなら遠距離も可能だが、気も其れなりに使うし洞窟内で何処迄有効かは不明なのである。
抑、アリアの親衛隊に【念話】の御業所持者が居るので、近くに居るならもっと早い段階で連絡が取れて居る筈だ。
ともかく此の骨兵らの数は異常な事態である。
魔落に為った死者の数が多過ぎるのだ。
おかしな点も幾つか在った。
先ず骨兵らは余程綺麗な状態で死んだのではないか。
特に傷の無い鎧が非常に多い事が気になる。
次に魔気が多いことから死体が元から蓄え持つ気以外にも、大量の気を以て御業が行使されたのではないか。
大規模な人数を以て大量の御業が行使された時にも、往往にして魔気が濃く為ることが観測されて居る。
勿論、元から此の地が数十年数千年掛けて、魔気を溜め込んで来た可能性も有る。
そして、一番の疑問が何故魔落と成る可能性が有るのに、此れ程大量の死体を放置したのか。
アリアは此の事に気付かないし疑問にも持たないのであるが。
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其処は大きく開けた空洞の洞窟と為って居り、中央には大きな穴が地の底へと向かって延びて居た。
其の穴は異様だった。
気が淀むという意味が此れ程解るとは思わなかった。
肌でも感じ取れる程の途轍もなく濃い魔気が、穴の中で渦巻いて居る様だった。
此の広大な大空洞に辿り着きひょっこりと出て来たアリアの光幻たちへ、骨兵らが剣を掲げうじゃうじゃと隙間なく群がる様に集い始めたのだ。
此れ丈犇めいて居れば、流石に聖光で一気に殲滅した方が良かろう。
然うは思うアリアなのだが怖いのである。
いくら全方位に大気の層を展開して居ても、万が一に減衰せず槍や苦無が襲って来たらと、……否、そんな事よりも此の規模で骨兵が押し寄せたが為に、足音や衣摺れすらも合わさり大音響と為って迫り来る迫力は、未だ嘗て経験した事が無い。
其れ程迄に骨兵の数は多かった。
『いえいえ、確かに今現在も無駄に垂れ流して居る聖光ですけれど、私が出て往かない迄も、其処のアリア(模)をぴかりと光らせれば良いんじゃないのかな』
本当に臆病である。
気丈に平気な振りを演じつつ、左右に首を振り【念話】の口振りは戯けた感じすら繕って。
若しアリアが身体を有して居た為らば、ぷるぷると小型犬の如く震えて居たに違いない。
だが、変に度胸が有って、無謀な行動を繰り返すものよりは増しなのかも知れない。
何気に“模造アリアの光幻”が略されて居るけれど、気にしたら負けだろう。
未だ通路側に居たアリア(模)が、とてとてと歩み往き広大な地下空洞へ躍り出た。
も、勿論、踊って居るのはエミリア(模)だけである。
「[聖光よ其に在れ]」×5
光と云う骨兵らに取っては過剰な攻撃が、一瞬にして其の存在を其の尊厳……は無いかも知れないけれど、全てを抵抗すら許さず塵芥に変え蹂躙する。
群がりつつ有った骨兵らは次次と崩れ伏して行く。
『仕舞ったー!』
正に心の叫びである。
集まりつつ有った骨兵らを、其の途中で一掃して仕舞ったのだ。
何たることや。
此の大量に散らばった鎧やら何やらの装備品の中から、埋もれて居る御業の欠片を探さなくてはならないのだ。
軽率なこと此の上ない。
暫く手で顔を覆い魂が抜けて仕舞った様に、徒ぼんやりと何も考えずに佇んで居たのだが、脳裏に違和感を感じたアリアは何事かと気合を振り絞って確かめる事にした。
『エミリアの輪郭を模った光の影が、優雅に【剣舞】を踊って居りますわね……』
意識の端に何かがちらちらと……2つの映像が有って一つは目紛るしく動き回って居り、一つはそんなエミリア(模)を眺めて居るらしい。
どうやら、模造エミリアと模造アリアの両光幻が今見て居る視界、其れが脳裏へと映し出されて居る感じで有った。
光幻へ意識を合わせるよう心掛けて見ると、手や足の感覚も何とは無しに判る様な気がする。
で在れば3人掛かりも悪くない。
アリアは、そんな降って湧いた様な人手? を得て漸く重い腰を上げる決心を付けたので有った。
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アリアはふよふよと骨兵の遺品を漁って居た。
『此れで何箇所目で有りましょうか。流石に100箇所を数えた辺りから、数えるのを止めましたわ。大公令嬢の此の私がと云い自尊をひけらかす積もりは毛頭有りませんが、ラエル辺りが見たら泣き出すかも知れませんわね。但、収穫は有りましたのよ。【音感】【器用繊細】と不明が1つ、合わせて3つも御業の欠片が見付かりましたのですから』
胸を張り顎を突き上げて鼻高高に自慢気なアリアである。
扨、【音感】は音の感覚を高める。
小さな音を聴き分けたり数人が同時に喋っても聴き取れたりと、中中便利かも知れない。
【器用繊細】は、まあ、読んで字の如く細かく繊細な作業を大きく補佐する。
普段から彼や此れやを同時に木目細かく操作して見せる、アリアに取っては非常に有用かも知れない。
やっとこさ全ての鎧周りを確認し終わったアリアは、【音感】【器用繊細】の順で御業の欠片を掬う様にして取り込んで行く。
そして、ああ、此れも序でという感じで【念話】が宿る御業の欠片を【空間収納】から取り出し、先程と同じ様に其の透けつつも光を帯びた指先を差し入れた。
『あれ?』
反応が全く無いのだ。
暫く思案顔を見せてから、ゆっくりと首を傾げる。
『若しかしまして、既に取得済みでしたのかしら』
何とは無しに喋って居た言葉は、誰にも聴こえて無い積もりで発して居たが、【念話】として赤裸裸に垂れ流しと為っては居なかったのか? とアリアは少し不安を覚える。
だが、直ぐ様特に誰彼宛へと指定した訳でも無いし、付近には骨兵しか居なかったので大丈夫だと高を括るアリアで在った。
アリアは、広大な縦穴の前まで近付き覗き込む。
其の地下奥深くは何故か見通すことができ無い。
其れが濃い魔気に因る淀みの所為なのかは分からない。
確実にとんでもないのが居そうである。
だけれど、何故か此の下には行かなければ為らない気がした。
今思えば其れは最初から、微かに本の僅かに懐いて居た。
そして、今、其れは未だ微かだけれど、アリアの胸をちりちりと締め付ける様に焦がして居る。
アリアは暫く考えて居たが漸く決心した面持ちで、此の巨大な空洞の入り口で有る通路の前迄戻り立ち止まる。
『エミリア、他の皆も……、私はね、死んで仕舞ったみたいなの。幽霊なのかな。体が透き通って居てね、ものが触れなく為っちゃったの』
アリアは歯を食いしばり下唇を上へ押し上げる様に力を入れる。
身体が無くても感覚が無くても、身に付いた仕種が残って居て表情に出て仕舞う。
『……若し未だ私の体を探して居るなら止めなさい。そして、ルトアニアへ帰るのです。此れは私の最後の命令です』
アリアは【残留思念】の御業で伝言を残したのだ。
そして、御業を止めて、
『皆ともう一度だけでも……逢いたかったの……』
と呟いた。
ふぅ、これで一章は終わりです。次から二章に入ります。
昨日まで二章の方向性というか三章以降も一部ネタしか決まってなかったので、てんやわんやでネタを書きまくっていました。
明日は新話を更新できたら良いのですが。
2017/02/08
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修正記録 2018-01-18 00:27
避けたい処だろう。 → 避けたい処である。
他の騎士たちは → アリアは他の騎士たちが
事は請け合いだろう。 → 事、請け合いだろう。
居ただろうか。 → 居たかと思い返す。
骨兵たち → 骨兵ら
「彼からアリアは更に奥へと歩みを……光幻たちが更に歩みを進めると」追加
”” → “”
魂が抜けたが如く、 → 魂が抜けて仕舞った様に、
直ぐに特に誰彼宛に指定した → 直ぐ様特に誰彼宛へと指定した
読点を追加
ルビを追加
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修正記録 2018-01-17 22:19
幾つかの改行を追加
幾つかの平仮名を漢字に変更
補足の文や語尾などを変更
骨兵の周り → 骨兵の上空
共通する言霊ほど → 言霊は共通する語句が有る程
混じった → 入り交じった
「『うん、此れ駄目な奴だよ! 過保護なメアリー辺りに見られでもしたら終わりの見えない話が待って居りますわ』」追加
鎧の熱を奪ったり → 骨兵の鎧から直接熱を奪おうとしたり
気を纏抵抗する知恵は残っているらしく余り効果は出なかった。
↓
骨兵でも確りと周囲に気の纏を持つらしく全く効果は無かった。
危険ということがある。
↓
其れらへ引火すると逃げ場も無く爆発に巻き込まれ岩崩れに埋まる危険を孕んで居るのだ。
また → 序でに云えば
地底へと向かって空いて → 地底へと向かって延びて
洞窟の開けた場所に辿り着いた → 此の広大な大空洞に辿り着きひょっこりと出て来た
いやいや → いえいえ
通路の奥にいる → 未だ通路側に居た
卒爾極まりない。 → 軽率なこと此の上ない。
喪心の如く → 魂が抜けたが如く
字の如く → 読んで字の如く
かぎ括弧内の改行を削除
かぎ括弧前後に改行を追加
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修正記録 2017-02-21 13:07
【砂】と【熱】の御業を強化 → アリアの【砂】と【熱】の御業を強化
言霊を使う事が出来た → 言霊を使う事に成功した
幾つかの改行追加
一部語尾、接続詞を変更
ルビ追加
「なんとも言えぬ」追加
「地面を凍らせて骨兵を転かしたり」追加
魔気を纏抵抗する → 気を纏抵抗する
「アリアの間接攻撃に使える御業は【大気】【砂】」の下りの文を改稿
「本当に臆病である。」追加
「何気に”模造アリアの光幻”が略されているし。」追加
模造アリアの光幻 → アリア(模)
言霊の詠唱を「[]」の括りに変更
よく考えてみれば人間の声帯じゃないの
↓
『よくよく考えてみれば人間の声帯ではないのですわ』
「というか【念動】は加えないのか。」追加
「ちなみに【念話】なら連絡が取れるのではと」の下りの文を改稿
「本当に臆病である。」追加
一部アリアの思考部分を『』で括る
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修正ってすごい時間が掛かりますね。プレビューが良い仕事しすぎだ。