49昔語り
「機体を何度か傾けますので座席の横にある安全帯を装着して頂けますか」
「ええ、アリアは教えてくれなかったんだよー。できる子は違うなー」
「お褒めに与り光栄です。彼方の飛翔機は御業だけで翔び立ちますから全体的に滑らかに動きます。安全な飛翔航行に自信が御有りだったのでしょう。僭越ながら此度の件、御業ではなく推進機関や手動操舵に依って飛翔する事を御望みかと拝察致しております。然すれば此の機体の動作も荒く為ります故の対処で御座います」
「分かりました。ですが言葉が硬い! もっと何時もの言葉を使って良いんだよー」
「は、はい。上昇許可を確認、機体先頭部から上昇します。斜めに為りますが少し背凭れに沈み込むくらいで止めます。其処から機体全体の上昇を開始します」
「はい、分かりましたよー」
緊張はするものの一度は操舵した経験が有るし、先程迄は後ろで細かく全ての作業を確認して記帳していたのだから手順は完璧である。リーシャは円滑に離陸飛翔を進めていった。勿論、傍らには護衛のメルペイクが装備されている。
「そうね、序だから少し昔話をしましょう。流し聞いて貰って構わないですよー。まあ、ルトアニアに伝わる話なんだよねー」
「はあ、拝聴致します」
「うんうん、【時】の御業についての話なのよね。【時】を持つものは非常に少なく史実にも滅多に登場しないぐらいなのよー。だから其の力も公には殆ど知られていないの。でもね、ルトアニアには史実に無い秘匿された話が伝わっているのよ。
其の力は隔てを超えて世界を見れたと云う。世界とは此処と殆ど同じもの水面に写った景色の如きもの、そう波打つ波紋しか差がない程に。
其の世界は幾つも隔てて在ったと云う。殆ど同じに少し許り進んでいたり遅れていたりと僅かばかりの波紋は在れど此処とは変わらない。
或る時、異なる歴史を辿る世界が在ったと云う。其れは人の為したる業、進みし所から遅れし所へ燈火と引き換えに渡りしものが変えた歴史。
其の世界は揺れて波紋を為したと云う。波紋は隔てを超えて周りの世界に伝播する。形は変われど、もの壊れれば罅が入り、もの作られれば発明が成される。
世界は揺れて変わりしけれど波静まれば、全ては有り様を変えどもしゅうそくする。全ては水面の如しありけり。って感じの理解し難いもの何だよねー」
「はあ、迚も難しいです。世界とか宗教系の経典とかに出て来る概念ですかね。世は前世、現世、来世とか界は区切り、境、仕切りですか」
「さあ、どうでしょうねー。此の話はリーシャちゃんの心にだけ留めておいてくれたら嬉しいなー。そうね何時かリーシャちゃんの子供にだけは伝えても良いかなー」
飛翔機を操舵するリーシャの顔は見る見る青くなって行く。先程は流し聞いて良いと宣いし筈が、秘匿の上に確りと心に刻んで記憶し子孫に伝承しろとの勅命に聴こえる。嘸かし幻聴であればと願ったであろう。
「はい、畏まりました」
「飛翔板の六角多孔も驚いたけど、此の飛翔機の技術も全部が凄いねー。飛翔艇の開発には結構苦労したんだけど、何というか目の付け所が違うよねー。原理を間近で見たら理解できるけど、此れ口頭で説明されても理解できるか怪しいよー」
「はい、私も作成を手伝いながらも実際に離陸するのを見て初めて理解できた口です。指示頂いた岬を旋回します。現在の航行速度600です」
「もう着いたかー、飛翔機の他では【瞬間転移】ぐらいしか追いつけない速さだよねー。私も此れに乗ってリーシャンハイスに帰りたい処だけど、兄にややこしい仕事全部押し付けてきたからゆっくりもしてられないのだよねー。此の飛翔機の移送はリーシャちゃんとメルペイクちゃんに任せたよー」
「謹んで拝命致します。旋回終了、トルレイスへ向かいます」
「チィバ」
リーシャは方向決定を行うため【遠見】を使い宮城を見遣るとベイミィが水晶の飛翔板を作り上げていた。実に暇そうである。だがリーシャは其のような事などはどうでもよかった。
意味不明の昔話とやらを記憶しなくては成らない。時間が経って忘れてしまわないように必死なのである。
操舵中に流し聞いてと言いながら秘匿と脅しをかけ暗号めいた話を覚えさせる。そして、深く考えさせないように心にだけ留めておくようにと。
タリス皇帝陛下をトルレイスへ送り届けると、早々にアリア殿下を連れてラギストアへ帰っていった。勿論、遥か遠く微かに見える上空へ向けての【瞬間転移】である。
リーシャは其の全容を【遠見】で見ていた。そして、此れは常人の真似できるものでは無いと悟った。遥か上空の空気が薄く途轍もなく寒いと知っている理由が分かったが、嬉しくないのは何故だろう。ただ、微妙な顔で眺めているだけだった。
飛翔機3機での帰還である。チェロルは1人で乗ってもらいリーシャとベイミィは……其れにメルペイク付き服型安全装置は皇帝陛下専用機と為った飛翔機に乗る。残りの1機はメアリーさんと新鋭の飛翔機に乗りたそうにしているティロットだ。
宮城へ挨拶をしている間に座席が上等なものに交換されていたが、内装は流石に時間が無かったらしい。他の2機はもう記録を付ける必要が無いのだが、ベイミィは間違いが在っては洒落になりませんですわと言わんばかりに筆を振るっている。上等な新品の座席に墨を零さなければ良いのだが。
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修正記録 2017-04-16 07:51
先程は流しい聞いて → 先程は流し聞いて
一部ルビと句点を追加




