05空間収納
此処はロクスサス渓谷で行われた彼の戦争後地、其の下に此の魔窟は在った。
通りで死した兵の成れの果てが多い筈だ。
人は其れなりに多くの気を体へと蓄えて居る。
大量に死人が出れば魔気も淀む。
希少な御業と雖も【空間収納】持ちを戦争に活用すれば、兵站の負担も少なくて済む。
アリアは色色と腑に落ちた。
そして、未だにエミリアたちの様な、【剣技】の後天御業を持つ骨兵に出会して無い事に気が付いた。
不自然である。
皆が皆、騎士級の技を持つとは云わ無いが、軍で在れば兵を指揮するものや騎馬隊、特殊部隊的なものたちも存在する筈だ。
では何処に……幾ら考えても答えは出ない。
但、【剣技】を以て斬られては、流石に幽体と雖も無事で済むとは思えなかった。
アリアは【空間収納】が込められる御業の欠片を発見した場所、貴金属の付属した上等な服を目印にして【残留思念】の御業を使った。
実は今迄も崩落現場や岐路などで【残留思念】を使って居たのだ。
読み取る方も勿論だが、今回は残す方で有った。
【残留思念】の御業は其の場に残された思念を読み取ること以外にも、残す事で其の場に訪れたものたちへ思念を伝えられる。
慣れれば特定の相手にのみ限定して思念を残す事もできるのだが、今はエミリアたちに伝わればそれで良い。
残す内容は何方へ向かうとだけ、崩落現場でも岐路でも内容は同じで在った。
アリアは自分の現状を伝える事が怖かった。
事実を知った時、エミリアたちの落胆を想像するのは嫌だった。
然う、エミリアたちに逢う事が、アリアは怖かったのかも知れない。
逢いたい、だけれど自分が既に死した事を伝えるのが怖かった。
だからこそ薄薄、此方の方へはエミリアたちが来て居ないと考え乍らも、其の進路を変える事は無かった。
確かに通常で在れば騎士たちは、御業対策として移動時に思念を残さないよう心掛ける。
其れは作戦の漏洩対策でも有るけれど、何より【残留思念】の御業が取得率7%と所持者が多い為なのである。
だが、アリアを探して居るので在れば、敢えて思念を消す必要は無いのではなかろうか。
実際は既に遺体を見付けたが故に、アリアを探して居る事実は無いのかも知れない。
全ては推測の域を出ないのだけれど、アリアの気持ちとしてはエミリアたちが此方に向かって居る可能性も否定できない事、皆に出会わないなら其の方が隠した恐怖に向き会わないで済む事、が有り此方へ進む決断を優先したのだろう。
アリアは自分なりに、此の場所や魔落と為った骨兵たちに就いて認識し整理を付けた上で、未だ本当に危険なものたちに遭遇して居ない事も理解した。
現状、最も手っ取り早く有効な自衛力を身に付ける手段が在る。
『扨お待ち兼ねの此れ、御業の欠片ですわ』
浮いて居た3つ在る御業の欠片から、1つだけを選び出して目の前へと移動させるが、はてさて、如何すれば自分の力として授かるのか分からない。
歯で齧ろうにも物質的な身体は無いし、お腹を壊すといけない。
気を通すにしても現状では既に自身から勝手に漏れ出し覆って居る気の内側に有るのだし、岩や石に対して親和性も少ないからか、気を通そうとしても弾かれる。
扨、困ったと浮かない面持ちをしつつ、御業の欠片に指で触れて見る仕種をすると、何とはなしに淡い抵抗の様なものを感じるのだ。
其れを受け入れると云うか、取り入れる心持ちで掬い取って見ると御業の欠片はすうっと消えて仕舞った。
『ふむ』
御業の欠片に宿る力を取り込めたのかは判らないけれど、取り敢えず【空間収納】の御業を意識して見ることにした。
すると頭に何だか沢山の品物や荷物が、次次と思い浮かべられて行く。
『骨兵の方が所持して居りました品品ですのかしら?』
先ずは中のものを一つ取り出して見ようと、然う思う意志を固めて往く。
アリアの想像では手を翳すと、しゅぱっと出たり任意の場所へどかっと置かれたりする感じである。
まあ、要するに侍女メアリーの持つ【瞬間転送】に若干尾鰭を付けた感じである。
そんな期待の眼差しの中、目の前には毛色が違うと云うか、切り取られた別風景と云えば良いのか不思議な入り口らしきものが現れて、其の奥には色色なものがぷかぷかと浮いて居る。
そして、其の中の一つアリアが無作為に選んだものが、ぬるっと目の前に出て来たのだ。
其れを見て最初は少し残念そうな面持ちで、しゅんとするアリアで有ったが……。
『此れは此れで面白いかも知れませんわ』
然う思い直した理由を確かめるべく、入り口を少し大きくする意志を向ければぐぐっと拡がった。
アリアは、ふよふよと其の入り口へ透明に輝く身体を入れて見たのである。
『うん、入れますわ。入り口を狭めて覗き穴だけ残せば完璧では有りませんか! 此れで聖光も目立たなくて済みますわ』
アリアは無駄に光って自身が誘蛾灯と成って居る事に対し、余り気分的に宜しく思って居なかったのだ。
『後は……、動くのかしら?』
入り口の移動を意識するとすうっと移動する。
其れに合わせてアリア自身も、ふよふよと移動が必要なのかと思ったが要らないらしい。
早速、残り2つの御業の欠片と骨兵の残した剣を予備に3振り収納して、アリアはすっかりご満悦なのである。
アリアは更に洞窟の先へと進み入る序でに、エミリアの光幻に合わせて発声気管を構築し声の練習を始める。
未だ人の声としては微妙である。
実に怪しい……と云うか、不気味な声を発し乍ら歩く姿は少し気に入らなかったらしく、アリアは発声練習を歌声練習に変更する事にした。
何方も変わらない気はする。
「ラァ”~♪」
復もや骨兵である。
一度に現れる数が大分増えて来た気がする。
決してアリアが作り出す、怪しい歌声が原因では無い……筈。
彼ら骨兵たちも多分色色な先天御業を持って居るので有ろうが、骨と為った時点で【健康】【強筋】【病気耐性】など数多くの御業が無意味と化して居る。
アリアですら2つの御業が無効化されて居るのだから、平民の兵で在れば致命的で在ろう。
そして、骨兵たちが言霊属性の御業を使っても、アリアと同じく言霊の強化が使えないから然程の脅威とは為らない処か、近付けばアリアが齎す【大気】の支配は常に周囲に充満て居る為、発現できても骨兵自身の周囲に在る僅かな空間のみで有ろう。
だから特に何かが起きる事も無く、骨兵たちは数在れど速やかに斬り捨てられて往く。
其れよりもアリアは骨兵と戦う光幻が見せる、其の華麗な足捌きや決め姿勢に合わせて必死に歌声を調整して居て其れしか頭に無い。
素晴らしい【剣舞】には其れに伴った歌が在ってこその歌劇です、と許りに無我夢中なのである。
目的との乖離が甚だしい限りだ。
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『此れよ此れ完璧よ。素晴らしいですわ』
どうやら完成したらしい。
歌に合わせて右へ左へと踊っても見せて呉れる。
否、勿論アリアが自分で操作して居るのだが、目がきらきらとして恍惚の表情である。
聖光とは別の意味で……。
『ですけれど……、此れでは言霊が使えませんわね。歌を止めさせる訳にも行きませんし』
意味不明である。
『そうですわ。もう一人追加しても行けない訳では無いですし、此の儘ですと下手にエミリアたちに見られたら攻撃して来る可能性も有りますわね』
淡い光が輪郭を形成し始める。
醸し出された姿はアリア自身で有った。
歌い乍ら歩くエミリアの後をとてとてと付いて往く姿を見つつ、アリアはうんうんと満足気に頷くので有った。
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【健康】:病気に強く、怪我が治りやすい。最も所持者が多い。 取得率10.5%
【病気耐性】:ウィルス、中毒系、多少栄養不足でもへっちゃら。 取得率7%
【強肩】:肩全体の強度、筋力が高い。一部強化な為に使い勝手が悪く、全力を出すと周囲の身体損傷に繋がる。 取得率2.8%
【強筋】:全身の筋繊維強化。これも無茶すると骨折に繋がる。 取得率0.3%
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修正記録 2018-01-13 10:54
随分と → 大分
※次話の冒頭と被っていました。
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修正記録 2018-01-13 01:44
幾つかの平仮名を漢字に変更
ロクサス渓谷 → ロクスサス渓谷
「彼の」追加
幾つかの表外漢字や読み、通常平仮名とする漢字にルビを追加
「成れの果て」追加
とはいえ → と雖も
持ちが居れば → 持ちを戦争に活用すれば
「幾ら」追加
持って → 以て
言えども → 雖も
「済む」追加
幾つかの漢字を平仮名に変更
意外 → 以外
幾つかの補足を追記
可能性もある事 → 可能性も否定できない事
此方に来て → 此方に向かって
を優先した。 → 、が有り此方へ進む決断を優先したのだろう。
気持ち → 心持ち
試みる事にした。 → 然う思う意志を固めて往く。
色が違う → 毛色が違う
これはこれで面白いかもしれない。 → 『此れは此れで面白いかも知れませんわ』
大きくする意識を持てば変化する。
↓
大きくする意志を向ければぐぐっと拡がった。
前進ついでに → 更に洞窟の先へと進み入る序でに
だいぶ → 随分
アリアの大気の支配は常に制圧状態を保っている為
↓
アリアが齎す【大気】の支配は常に周囲に充満て居る為
必死である → 無我夢中なのである。
恍惚の顔 → 恍惚の表情
使い勝手が悪いがアリアは【強骨】を持つ
↓
使い勝手が悪く、全力を出すと周囲の身体損傷に繋がる
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修正記録 2017-02-21 08:30
幾つかの改行追加
ルビ追加
『後は……、動くのかしら』 → 『後は……、動くのかしら?』
予備にと骨兵の剣を → 骨兵の剣を予備に
「どちらも変わらない気はする。」追加
「ラァ”~♪」追加
「決してアリアが作り出す怪しい歌声が原因ではない……はず。」追加
彼らもたぶん → 彼ら骨兵たちもたぶん
取得率0.03% → 取得率0.3%