04御業の欠片
アリアの旅の友、……元い、エミリアに似た光の影は、アリア自身の御業で有るらしい。
一応、アリアの意志に従って半自動で操作できるし、状況に応じて勝手に剣技も揮って呉れる。
徒に華麗な回転や腰の振りを見せるが、背中に飾りを背負って無いだけ増しだろう。
取り敢えず、エミリアに似た何かと云う表現は如何ともし難い処だが、御業としては新種に当たるらしく、其れを云い表す的確な名前も存在しない。
だからかは知らないが、アリアは御業の名前を光幻と命名したのである。
扨、其の光幻ことエミリア似の光影は、洞窟の奥からわらわらと出て来る骨兵に対して敵無しだった。
剣術とかは関係無く剣を振ると鎧や剣ごとすっぱり、骨兵たちを斬り落として仕舞うのだ。
其の為なのだろう、アリアは骨兵の弱点らしきものがさっぱり判らなかった。
念には念をと云う意味でも、骨兵の弱点はアリアの安全を確保する上で欠かせない情報なのだけれど、エミリアが余りにも強過ぎるのだから仕方が無い。
次に強敵が……強過ぎても困るのだけれど、ともかく粘り強い骨兵が現れた時に検証するしか無いのだろう。
アリアは道中、次次と斬り捨てられる骨兵たちの遺留品を、ふよふよと漂い乍ら確認して行く。
若しかしたら、御業の欠片とやらが見付かるかも知れないからだ。
そして、何のくらい経ったのだろうか、倒した骨兵たちは十数体目でもう数える事すら止めて居た。
アリアがふと漂うのを止め見詰める視線の先には、黄色い硝子玉或いは黄玉の様にも見える。そんな一見宝石とも見て取れるものが落ちて居たのである。
『此れが御業の欠片なのかしら?』
然う【念話】で呟きつつ、最初は不審げなものとして遠巻きに覗き込んで居たのだが、アリアは思い切って其の欠片と思しき硝子玉をゆっくり宙へと掲げた。
『むうう』
何かへ集中する様な唸り声……を出す気分で【念話】発し乍ら、下から覗き込む。
其れは天井に光源が有る訳では無いけれど、何処ぞで鑑定士が遣る仕種の如く振る舞って居るらしい。
多分、形や気分が大事なのだろう。
だが、実際の処其れが御業の欠片なのか、何かが秘められたものなのか、現状だと使い方も実物の姿形も何一つ解って居ないのだ。
アリアが幾ら鑑定士に成り切って居ても、そんなもの判る筈は無いのだから仕方が無い。
但、怪しいもので在るのも確かなので、置いて行く訳にもいかず浮かした儘其れを維持して先へ進む事にした。
アリアは光幻と命名したエミリアに似た光の影を、当初の目的より遥かに頼もしい御業の力として手に入れる事ができた。
だからと云って、更なる力を模索しない訳がない。
骨兵を倒し洞窟を進み往く間も、アリアは思考する。
最早、光幻は半自動すら越えて勝手に動き回って居るのだから、徒の退屈凌ぎではなどと勘繰ってはいけないのである。
御業は前提として、人の体に直接作用しない。
【治癒】等の例外は在るものの、大抵は此れに該当する。
そして、御業を行使しようとした場合、其の目的の場所へと気が集まり始めるのだ。
目に見えなくても人人は日常的に気を感じる事はできる為、気の動きを以て発現する事の予測をし御業の対処が可能と為る。
アリアが持つ言霊属性の御業は、【熱】【大気】【聖】【砂】の4つ。
此の中で一番戦闘向きなのは【大気】で有った。
言霊属性の御業は支配力が距離に比例し、遠過ぎると御業は発現すらしないのが一般的だ。
気の消費は質量系の御業が隔絶に高い。
逆に云えば軽い気体の操作や生ずる【大気】の御業は、常に支配を維持して繋ぎ留めるくらい大した消費にも為らない。
母タリスに教えられた【大気】の使い方は、木目細かく万遍なく自分の周辺に在る大気の掌握を行うことで自身の気を周りへ満たし尽くし、他人の御業を発現する為に必要な気の入り込む隙間を無くすものである。
剰え、其の支配域へ入り込んだ御業の遠隔制御をも断ち切る技で有った。
まあ、詰まり此れが原因で、側付きの護衛は【剣技】の後天御業を最も極めたものが優先された訳だ。
其れはともかく、【大気】は敵周辺の空気を希薄にして行くだけで言霊が無くても確実に勝てた。
だが、骨には【熱】も【大気】も、序でに【砂】も効き難そうで有った。
【聖】が無ければ負けない迄も、実に骨が折れそうである。
『矢張り一番口惜しいのは、言霊の強力な補助が使えない事ですわね』
身体が有れば、大きく息を吐く様にして出た言葉だろう。
『声……音、確か歌劇団の音響を担当していらっしゃった方が、希少な【音】の御業持ちだという事でしたのよね。其れをアルトニアの御業研究所が聞き付けて実験に協力して貰ったとか何とか。確か、其の折に所員の数十名が病院送りと為る事故が発生しましたのですわ。ええ』
声からの連想で、稍思考が脇道へ逸れ始めて居るのだけれど、今アリアの中では思い出すことに高い優先度を置いて居るらしい。
『其れ以来、今迄攻撃には向かないとされて居た【音】が、防御し辛い広範囲拡散型攻撃に使えると発覚したのですけれど、お母様は【大気】で在れば薄い無の層を形成するだけで遮断できますよー、と仰られて居りましたわ』
と、こんな感じで思いを巡らしては横へ逸れ勝ちなアリアで有ったが、ふと何かを思い付いたのか真剣で寡黙に……否、表面上は口数も何も無いのだが……ともかく神妙な面持ちで何かへ集中する様子を見せるのだ。
「ぼぉー、びゅー、ぶぅっふ」
暫し静寂に包まれた洞窟へ、突然と変梃な音が聴こえ出す。
どうやら【念動】の御業で管の形に念壁を思い描き、其の中へ大気を吹き込めば音が出せると考え付いたらしい。
今は其れを試すべく、色色と調整をし始めて居た。
序でに云えば、【念動】の御業は対象物を直接動かす訳では無くて、物理的な何かを作り出し接触させるものなのだと解る。
其れは手の延長だったり突くだけの棒だったり、将又皿や器の類いという感じで、用途に合わせ無意識で形を変えて居たのだと。
音は出せた。
次は何度か吹き試し乍らの調整で管の形状を変化させ、望む音声へと形作って往く。
そんな、アリアは【治癒】の御業を持つが故に、それなりの治療術を習い始めて居た。
何しろ御業の特性上、自ら進んで治療が必要な場へ駆け付ける事も有るだろうし、状況に依っては応急処置を御業以外に頼って手分けした方が良い場合も多い。
【治癒】でも死者は生き返らせられないし、傷が汚れて居れば洗うべきだし、骨が折れて居れば伸ばすべき、時には喉へ何かを詰まらせて居るかも知れない。
呼吸というか気管の確保や心臓の発動補助等、【治癒】の御業では及ばない事は意外と多いのだ。
指導を受けた時に見知った気管や口の状態図を思い浮かべ乍ら、【念動】や【大気】の御業を使い幾度となく調整する。
「あーーーーー」
声っぽいのが出た。
気を良くしたアリアが彼此と勘に任せて人の声へ近付けるよう調整を続けて居れば、音に惹かれたのか骨兵がからからと遣って来る。
復、光幻の御業を使い対処しようと意識を傾ける。
剣を紙の如く容易く斬り同じ様に鎧へと食い込んだ時、ぴたりと骨で止まった。
直ぐ様、左腕の骨拳が光幻へ迫るが軽やかに且つ手を無駄に恰好好く上げ乍ら、すうっと避ける。
否、当たっても幻なのでは……。
『あら、【強骨】の御業ですわね。骨兵に【強骨】、此れ程有意義な使い方は始めて見ましたわ』
アリアが感嘆して居るのは、彼女の持つ御業の残りが【強肩】、【強骨】で有ったからだ。
取得率2.8%程の【強骨】だが、何故か兄カルロスや妹テリシアも先天御業として持って居る。
だからこそ馴染み深く、そして普段からの無駄さを日々身に沁みて感じずには居られない。況して今は……。
--
長き戦いだった。
とは云っても、アリアが近付けば直ぐに終わるのだが、其れは同じ【強骨】持ちとしての矜持が許さなかったのだろう……多分。
戦いの間に数体の骨兵が遣って来たが、其れはアリア自身が始末した。
そして、骨兵の鎧は殆ど切り刻まれて仕舞い、骨が丸見えで有った。
恐らく、倫理規制の類いには引っかからないだろうと思いたい。
そんなあられもない姿をした骨兵の胸、其の中心辺りに黒い石の様なものが浮いて居た。
アリアは其れを狙うよう意識を傾ければ、エミリアの姿をした光幻は肋骨の三番目に有る隙間へ剣を合わせると、水平にして右斜めから黒い石を貫いたのだ。
がくんと骨兵は項垂れる様にして崩れ、漸く動かなく為ったのである。
弱点を見付けた。
此の戦いに意味は有ったんだ。
そんな面持ちで、アリアはうんうん満足気に頷き乍ら、骨兵の側迄近寄ると黄色の硝子玉……じゃ無くて、御業の欠片が落ちて居た。
注意を払いつつ【念動】でゆっくりと浮き上げ自身を覆う気の防御圏の中迄入れて、じっくり見ようと近付いた瞬間、何かに気付いたらしく眉根を寄せた。
『うん、此れは【強骨】を有した御業の欠片だよね。成る程、素養が有ると中身が判る訳ですわね』
然う云えばと先程倒した3体の骨兵、其の残骸が在る場所を見遣る。
すると、1体だけ少し上等な衣服を身に着けて居たらしく、辺りに散らばったものには貴金属の飾りも有る様だ。
『下賤な事だけれど、金品目的じゃないのですわよ』
そんな事を口走り……【念話】で無意識に断りを入れ乍ら、ふよふよと近付き【念動】で其れらを物色してずるりと持ち上げて見ると、先程と同じ黄色の硝子玉が如き御業の欠片がころりと転がったのである。
『おっ』
アリアは稍御機嫌な面持ちで其れを宙に浮かせ確かめて見ると、突然険しい顔付きに豹変したのだ。
『何でこんな所に【空間収納】の希少御業を持つものが居たのよ!』
【空間収納】は此の大陸全体でも十数人程しか居らず、其れ其れ国を挙げて積極的に囲って居る御業持ちなのである。
本来こんな所で見付かるものでは無い。
アリアは道中の地理や予想できる経路を思い浮かべてか、ぶつぶつと呟く……様にして【念話】を洩らすのだ。
『ロクスサス渓谷……確か、7年前にバグルス王国軍が敗れた場所だったわよね』
---
資料では、バグルス王国に【空間収納】の御業持ちが5人居たと記されている。この内、ラギストア帝国との国境紛争へ3人が従軍し、戦争へと発展した事で2人が戦死したと後に作られた資料を以て推量できる。
また、普通の生活に於て人が死んでも御業の欠片を落とすことはない。魔窟の中で魔落が稀に落とすと、記録や口伝を以てその存在が確認できるだけである。
---
---
修正記録 2018-01-12 00:39
其れらを云い表す → 其れを云い表す
アリア思考する。 → アリアは思考する。
---
修正記録 2018-01-11 22:30
幾つかの平仮名を漢字に変更
幾つかの漢字を平仮名に変更
表外漢字や平仮名で書くべき漢字はルビを追加
全体の表現を詳しく書き足し、場合によっては補足説明を追加
なるべく句点や台詞の括弧で改行するように変更
長い台詞を補足で分断
なんちゃら → 何か
(関西弁なので修正)
感だより → 勘に任せて
幾つかの外来語を日本語に置き換え若しくは削除
---
修正記録 2017-02-20 22:21
一部ルビ追加
数体倒した → 十数体倒した
「骨兵を倒し洞窟を進み行く間もアリア思考する。」追加
その場に気が固まり → 目的の場に気が集まり
「声……音、」の下りの文を改稿
取得率0.28%の【強骨】 → 取得率2.8%の【強骨】
宙に浮かせてみると【空間収納】である事がわかった。
↓
『おっ』と少しご機嫌気味で宙に浮かせてみると【空間収納】である事が判明した。
他、微妙に幾つか語尾を修正