02私って幽霊?
何のくらい経っただろう。
涙は出ないし、お腹が空く気配も無く、寝ることも無い。
体も声も、ああ、駄目駄目。
復、同じ繰り返しを何度した事か。
泣きじゃくり離して呉れなかった妹テリシアの顔を、幾度思い出しただろうか。
『泣くことは救いでも在るのね』
此の崩落した現場周辺には多数の足跡が残されて居り、其れを辿って見ると幾つもの強い思いが残されて居た。
彼女たちの悲しみ、絶望、望み、様様な強い気持ちを、アリアが持つ御業の一つ【残留思念】から得る事ができた。
彼女たちは泣き崩れるような事はしない、何の様な時でも冷静に淡淡と職務を実行して居る姿が容易に想像できる。
『何時迄もくよくよしてては駄目よね、と自分に云い聞かせて、……先ずは現状の認識よね。然う! 御業は使えてるわよね。【残留思念】、それと……聖光出しっ放し? 此れって現実だと目に辛かったのよね。無駄にきらきらした派手な感じでさ。あら、光の届かない範囲も見えてる感じかしら。そして、此のふよふよ浮いてるのって』
アリアは、すすすっと上へ下へと移動するのを確認する。
『【浮遊】、【暗見】の後天御業を授かった……という事かしら。後は声が出せなくて』
はたはたと石塊を手で叩いて見るが、すかすかと素通りして仕舞う。
『うぬぬ、物質では無い気や精神的な存在?……って云うか、此れって幽霊? 偶に壁とか天井で手を叩く輩よね』
アリアは早速、自身の素晴らしい思い付きを試して見るべく、『むむむ』と石塊辺りに音を鳴らすよう意識を傾けるが全く鳴る気配は無い。
『ふむ、幽霊さんたちが鳴らして居りました訳では有りません様ですわ』
嫌疑を掛けた事を心の中で謝りつつ、何気に石塊を押して見る思いを傾けると、ころりと転がった。
『【岩】属性?』
アリアが先天で授かって居る言霊属性の御業は、【熱】【大気】【聖】【砂】で有って【岩】は存在して居なかった。
因みに【熱】【大気】は母親タリスから引き継いだ、希少とされる御業である。之は稀に起きる事で有るが、必ずしも引き継ぐものでは無い。
声が出せない為、言霊の強化は使えないが強い意志を込めれば石くらいは消せる筈、と念じて見るが反応は見当たらない。
押して見る。
「ころり」
『ふむ』
上げて見る。
「すうっ」
魔動車から散らばったとみられる周囲の残骸へ意識を傾けると……。
「すうっ」
浮き上がったのだ。
『【念動】の御業……って事ですわね』
其の一言を皮切りにアリアは、と云っても終始【念話】だが、何やら呟き始めるのである。
『目は暗い所迄見えて居りますのよね。体は無いし触れられない。透けてる上、微妙に光ってる。勿論服は着てますけれど、脱ぎ方は判らない。鼻は多分効かない、声は出ない、呼吸は多分してない、食事は多分要らない、睡眠は今の処は……眠く無いですわね』
ふむ、と此れ迄の呟きで何か納得したのか、一つ頷くと今度は自説を論じ、否、推察し始めた様だ。
『予想では【浮遊】【暗見】【念動】の後天御業を新たに神から授かったと謂う処でしょうか。魔に落ちた……確かニコライ先生の話では魔窟の中や気の淀んだ魔気溜まりの場所で、年月を経て死者や動物が変じる現象……』
俯く様にして首を振るのは考えを正すものか、それとも自身に再び訪れる暗い気持ちを振り払いたいのか。
『死者ですと意思の強いものや資質の高いものは生前の心を残し易いが、弱いものだと見境なく暴力を振るう悪鬼と成るのでしたっけ。でも、長い年月なんて経って無いし、何で身体が無いのよ! あっ、親衛隊が運び去って仕舞った可能性は有るのよね……。幽霊? 此の世に未練、心残りが有るものや死した時が事故などで自分が死んだと気付かない場合、死を受け入れる事ができなかった人たちは幽霊と成るんだったよね』
うんうんと頷くのは持論に陶酔して自画自賛気味なのでは無く、一つ一つの事柄に注意深く検証して其の都度判定を下して居るからである。
『後、自殺は身を犠牲にした場合は許されて、人柱の場合は囚われて、生の放棄は輪廻の剥奪だっけ、前読んだ怪しい本に書いて有りましたわ! だとしましたら私は死んだと気付けなかったから“旅立ちの園”……じゃなくて輪廻の環へ行けず幽霊に成った。輪廻から外れた……』
アリアは自身の現状に結論付き掛けたかと思われた瞬間、はたと気付き口を衝いて出る。
否、勿論【念話】なので、口からは出て無いのだけれど。
『んんっ、別の本だと解放は解脱、御業を以て行うは善悪問わず業が永遠に続く云云。然う、其れを利用して自殺は解脱だーと唱えた人たちが此間騒ぎを起こしてたよね?』
普段で在れば常に周りに人が付いて居り、誰かしら答えて呉れそうな状況だけれど、辺りはしいんと静まり帰って実に寂しいものである。
『何だか話が脇道に逸れましたわね』
つい、一息吐く動作を入れても感覚が無いものだから、様にならず虚しい許りだ。
『幽霊は身体が死んだ時に零れ落ちた心なのかな。からだ……身体は既に運ばれて居りますなら、今頃は葬礼でも遣ってるのかな。私が死を認識しても未だに心が此処に在るのは意味が有ることなのかな』
気持ちが負に傾くと、考えも直ぐ暗く鬱めいて来る。
『駄目駄目、御業も増えてるみたいだし……物語では未練を残した幽霊は願いを叶えて貰い旅立ちの園に召される。……後、聖光を浴びると……浄化される!? 本来の浄化は聖堂の隅に置いて在る樽の水を使うのよね? と謂うか、先から無駄に垂れ流してる光は聖光なのですわよね。ううん、今は此れ以上考えても無駄ですわ』
まあ、アリアの云う処の、聖堂の隅に置いて在る樽の水とやらは聖水として祀る為のものだ。
そして、御業は人人の願いや思い、詰まり強い意志を神が酌んで与えられると云うのが現状の定説である。
又、御業の言霊属性は人人の周りに実在する物質や現象、生物系が確認されて居り、ルトアニアは此れを国を挙げて研究する事で現在大きな成果を上げて居る。
アリアはふよふよと、其処らに散らばる足跡を確認して往く。
『何れも私を探す強い思い許りね……私の身体を見付けたと喜ぶ……訳は無いから、在ったとしたら強い消失感若しくは何も考えられないか……』
散らばる足跡には、左右へ向かうものが在る。
何方かへ向かったのでは有ろうが、足跡は泥が固まった所と其の汚れが残る迄で在った。
取り敢えず彼女たちは、何方かへ向かった筈である。
追うか、追って如何する。
死した事を告げて最後の別れを伝える?
否、此の状態で別れを告げるのもおかしいか、直ぐに旅立ちの園へ向かう訳でも無さそうである。
進もう。
此の場は、アリアを思う残留思念が強過ぎて何方へ向かったかは判らないのか、それとも近衛騎士の中でも精鋭で在る親衛隊が、目的地を示す残留思念を残す筈も無いのか。
ともかく、彼女たちに会って此れからの話しを相談しよう。
アリアだけでは、こんな混乱した状態なのだから真面な思考などできやしない。
アリアは、ふよふよと洞窟の奥へと進んで行った。
---
修正記録 2017-12-24 12:04
ふむ、幽霊さんたちが鳴らして居た訳では無い様だ。
↓
『ふむ、幽霊さんたちが鳴らして居りました訳では有りません様ですわ』
改行を追加
ルビの追加・修正
読点の追加・変更
「私の身体を」追加
---
修正記録 2017-12-24 00:51
一部漢字を平仮名に変更
一部平仮名を漢字に変更
改行と読点を追加
ルビを追加
説明や表現が足りない所へ追加
語尾、言葉遣いを変更
アリアの長台詞となっていた場所に説明を加えて分割
誤字の修正
---
修正記録 2017-05-28 09:25
幾つかの平仮名を漢字に変更
位経っただのろう → 位経っただろう
崩落現場の周辺 → 崩落した現場周辺
幾つかの仮名を平仮名に変更
幾つかの改行、句読点を変更
やな → 派手な
すすすっと上へ下へと移動するのを確認して → アリアはすすすっと上へ下へと移動するのを確認する。
てか、 → って言うか、
アリアの言霊属性の御業は → アリアが先天で授かっている言霊属性の御業は
幾つかのルビを追加
目は暗所まで見える → 目は暗い所迄見えている
「死者ですと」追加
となるんでしたっけ。 → となるのでしたっけ。
てかさ → と謂うか、
聖光よね。 → 聖光なのよね。
聖堂の隅に → まあ、聖堂の隅に
御業は人々 → そして、御業は人々
思い強い意志から → 思い、詰まり強い意志を
御業の言霊属性は → 又、御業の言霊属性は
園へ向かうわけでも無い → 園へ向かう訳でもなさそうである
私 → アリア
こんな状態 → こんな混乱した状態
出来ない。 → 出来そうにない。
---
修正記録 2017-03-05 05:27
一部句読点を修正
幾つかの改行追加
幾つかの語尾を変更
---
修正記録 2017-02-20 15:29
「!」「?」の後ろにスペース抜けを確認 → スペース「 」追加
後天御業が手に入った → 後天御業を授かった
石ころを押して見る → 石ころを押して見る思いを傾ける
思考が暗くなる部分で「だめだめ」を追加
ルトアニアはこれを研究して現在、 → ルトアニアはこれを国を挙げて研究し、現在
散らばる足跡に左右の向かう → 散らばる足跡に左右へ向かう
幾つかの語尾や句読点を追加・変更しました。