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アリアは知らない  作者: taru
四章 リーシャ編
28/345

09掌握圏


第二部

「そこの貴女(あなた)、リーシャ様でしたわね。その(わざ)、誰に習いましたのかしら? いえ、今ここでする話でもありませんわね、後にしましょう。この会が終われば使いを出しますから下がって(よろ)しいですわよ」


 リーシャを呼び止めたアリア殿下は、そう即座に考えを改め取り()えずの解放を伝えた。

 先導を務めるリーシャは黙して礼を()り、それに呼応してレイティア様たち文官派閥の一行はその場を辞した。ただ、その移動中に先ほどの件がやはり気になるものは居るようで、話を興味津津に()こうとするのだが。


「ねぇねぇリーシャ様、アリア殿下がお(たず)ねになられた業ってどんなものなのでしょうか?」


「エリザ様、アリア殿下が他に()かせないようお計らいいただかれたのです。それを私たちが(そむ)くような真似(まね)あってはなりません」


 まあ、レイティア様が正しいのだろう。エリザ様が確かに不味(まず)いと気づき顔を青くして口を(つぐ)む。

 普段でも皇族の御方方に示しいただいた意を(そむ)くこと(まか)()ってはならないのに、今日この場にいらせられる皇族方は皇帝代理人としての振る舞いをなされておられる。


 そう、先ほど実演として、アリア殿下がそつなく執政者としての権威を示されたばかりだし、その前の惨状を(かんが)みれば恐ろしすぎる。

 ただ、リーシャはエリザ様から(たず)ねられたことすら気づかず、ぽやぽやとのぼせ上がってなにやら小声でぶつぶつと(つぶや)くばかりであった。


「――アリア殿下がお声を掛けてくださった。うっ、嬉しすぎる! ああ、正直なにも考えることができず、ここまでどうやって移動してきたのやら全く覚えていません! まあ、それは些細(ささい)なことですね。あら、そう()えばなにか()かれておりましたような。確か……、《その業、誰に習いましたのかしら?》 はい、マリオン先生ですね。タリス皇女殿下が元ルトアニア王国へ嫁ぐまで近衛(このえ)騎士をされていたとか。あっ、タリス大公殿下が関係する業なのかもしれませんね――」


 その後、模擬社交の立食会は流石(さすが)に誰もが慎重を期した行動に徹した所為(せい)か、誰も一切の問題も起こすことは無く閉会となった。


---


「チュビチチチ」


 四人は興奮冷めやらぬまま、その足でリーシャの応接室兼執務室へと雪崩(なだ)れ込むように集まり、礼服を着替えもせず次から次へと会場での話が尽きやしない。リーシャだけは礼服のままでいる必要があるのだけれど。


「えっ! アリア殿下がリーシャの周りで展開維持してる粒系因子の業を、誰に習ったかって(たず)ねたの!?」


 チェロルはいつに無く積極的に突っ込んでくる。まあ、自分にも関わり()りそうな【水】の御業(みわざ)を使った制御の業である。気にはなるだろう。

 勿論(もちろん)、【水】以外にもティロットの【海水】やベイミィの【石灰】の御業を使った粒系因子は可能だけれど、多くのものたちに気づかれず迷惑も掛けず常に展開するとなれば、水などの無味無臭で透明、特に空気成分とされる系統の御業持ちたちが使う業、そういう意識が高かった。


 ついでに()っておけば通常の攻撃などに御業を使う場合は、多量の気を虚空へと集めるために目に見えなくとも、その存在感から容易に看破できる。

 ところが()く制御されて極細へと整えられた気では、その稀薄さゆえに操る本人か、同じく粒系因子を展開したものが接触することで障害などを感知してでしか、それらの存在を認識することは難しい。

 だからチェロルも普段から限界ぎりぎりまで【水】の粒系因子を展開し、細やかな制御を維持する訓練と危険回避を両立させ使っている。

 ああ、そうそう正確には粒系因子では無く支配圏、または掌握圏なのだけれどね。粒系因子だと構成する一部の名称だから。


「はい、マリオン先生に教わったことは話そうと思っています。特に問題は無いですよね?」


「羨ましいですわ、アリア殿下とお話しできるなんて。まあ、今日の挨拶だけで私は舞い上がってしまい、帰りは足が地に着いていませんでしたわ」


 ベイミィはリーシャが(たず)ねた答えを返す積もりは無いのだろう。


「そう! そうなんです。私も嬉しくて嬉しくてもう舞い上がっちゃって、あの場を辞した後なんてどうやって戻ってきたかも覚えてないのです」


 当然、リーシャもその時の興奮は語りたくてしょうがない。このまま脱線していくのだろう、とそう思われた矢先に扉が叩かれた。

 マギーが来訪者を知らせに来たのだ。


「リーシャ様、アリア殿下からのお迎役を任ぜられた方がいらっしゃいました」


「マギーありがとう、じゃあ後は(よろ)しくね」


 リーシャがそそくさ応接室兼執務室を出て玄関広間へ向かうと、そこで待っていたのはすらりとした長身、といってもリーシャから見れば(ほとん)どの大人たちは皆そうなのだが、女性にしてはという意味で。まあ、話を戻して姿勢の良い(たたず)まいで待ち構えていたそのお方は、伝統あるルトアニア領近衛(このえ)騎士の正装を着こなした女性であった。


「初めまして、リーシャ様ですね。私はアリア殿下直下の近衛(このえ)騎士団所属、親衛隊隊長エミリア・ラズベランです」


 ややこしいので説明しておくと一つの近衛(このえ)騎士団には二百名以上の構成団員がおり、その中でも抜きん出た五十名に選抜された者たちを親衛隊と()う。まあ、他の近衛(このえ)騎士たちはともかくエミリア様の場合は、ただ団長と名告(なの)るだけでも構わないのだけれどもね。

 というかアリア殿下の護衛が、いや団長様自らが迎えに来ちゃ駄目でしょ。なんのために侍女が二人も居るのやら……。

 後ろではこっそり(のぞ)き見していたティロットが、とろけた眼差しでうっとりとした表情を浮かべている。


「は、初めまして、エミリア隊長殿。私はグラダード男爵家が第一女子、リーシャ・グラダードと申します」


「ははは、そのように(かしこ)まらないでくれ、殿は要らない。隊長もだな、エミリアとだけ呼んでくれ」


「ハイ、エミリア様」

「ううん。まあ良いか、では参ろう」


 リーシャはエミリア様の先導に従って後を付いてゆく。

 リーシャの身体(からだ)中を満たすものそれは緊張、それとも興奮なのだろうか、ともかくそれは今、目の前に憧れの騎士を極め一つの頂点に達した人物が居ると()う状況の発露。

 エミリア様の背中を眺めながら歩む道のりは、なんと幸せなことだろうか。そうにへらと締まりがない顔で感極まりつつ寮棟の玄関広間まできた所で、立食会に続きまたもや自分の周りに展開している【水】の御業、粒系因子を展開している空域が急速に縮まっていくことを知覚した。

 当然、熟練した制御に裏付けされる掌握力からの(せめ)ぎ合い、いや大差ある浸食をリーシャが知覚するのであれば、僅かとはいえ抵抗の揺らぎを感じ取ったエミリア様にも気づかれる。


「ん、ああ悪いな、流石(さすが)に外へ出る前には用心で【水】の掌握圏を展開している」


 そしてリーシャは動揺する。その大差ある粒系因子の力強い制御力では無く。


『ええっ、エミリア様の持つ御業は私と同じ【水】だったのですか! これは帰ったらティロットに自慢しなくては。悔しがる顔が目に浮かぶよっ!』


 リーシャは今、制御が三対七の割合で抑えられているのだけれど、それはどうでも良いのか?


「いえ、私も同じ【水】の御業を展開していたのですけれども、ここまで圧倒的に抑えられるなんて、流石は騎士様です。私、今、(とて)(とて)も感動しているのです!」


 リーシャは僅かに(ゆる)んだ面持ちだが、その興奮に嘘偽(うそいつわ)りは無いだろう。


「騎士だと近距離での制御は余り気にしないものなのだがな。どちらかと()うと遠隔制御に重きを置く方が良い」


「えっ! 私、()だ余り広くは制御できないのです」


 リーシャは、ただ漠然とマリオン先生からいずれ役に立つと言われ、特に説明もされずに続けてきた業である。まあ、その当時に詳しく説明されても理解できたかは微妙だが。

 ともかく、突然と理解できていない粒系因子の核心に触れる内容を話されて、少し取り乱しても仕方が無い。いや元から取り乱してはいるのだけれども。


「徐徐に(ひろ)げていけば良い。まだ若い、焦ることは無い」


 エミリア様は優しく微笑みながら、そう(おっしゃ)る。

 だからリーシャはそんな優しさに(ほだ)されてつい()いてしまう。


「あの……何故(なぜ)、遠隔制御の方が大事なのですか?」


「騎士の近距離なんて剣の一振りで終わるのだからな。()して間近で気を集結する変化が起これば、掌握圏を維持してなくてもなんらかの御業が行使されようとしているのだと()ぐに気づける。それよりも物陰に隠れた間諜(かんちょう)の発見や人混みに紛れた不審者の不埒(ふらち)な御業の行使を防ぐ、そういった意味で広範囲に掌握圏を維持できれば護衛任務になるだろう? まあ、姫様が居ると余り意味は無いのだが……」


 まあ、エミリア様がここで近距離と言うのは、剣一m前後の長さと合わせて瞬時に動ける間合いである。

 こう()えば恵まれた騎士の体格からの一歩踏み込んだ【剣技】を(もっ)ての斬撃ゆえに、その間合いは二m以上に及ぶと容易に想像が付くだろう。

 だが、更に()えばなにを隠そうエミリア様は御業に【瞬躍】と希少な【強体】を持っているがため、部分強化の御業より劣ると()われる全体強化であっても、【瞬躍】を常人の限界を超えて行使することができるのだ。つまり瞬間的な間合いは常人の倍以上と考えても良いだろう。


「あっ、ああ、()しかしてあの恐ろしい制圧はアリア殿下でしたのですね」


「ふっ、ははは、リーシャ様も姫様の洗礼を浴びたか。まあ、あれには皆一様に驚く」


「はい、本当に驚きました。今思えばあれは異常でしたもの。本来、自分の周りは制御云云(うんぬん)関係なく支配下に()るはずなのに、いえ、そう、ちょうどその境目で綺麗に切り取られた感じでした」


 生きとし生けるもの、魔落も含めて絶対に侵食されない気の防壁圏を身体(からだ)の周囲に持つ。

 勿論(もちろん)、他のものの身体や【剣技】に()り気を(まと)った剣の接触はその限りでは無いけれども。


「ああ、姫様に取って周囲二、三mぐらいならば、気の防壁に近い支配力を持った掌握圏だからな。さて着いたよ、こっちを向いて」


 エミリア様に手ずから身嗜(みだしな)みを整えられて、嬉しいやら恥ずかしいやら。

 リーシャはエミリア様と普通に話せるのが余程嬉しかったのか、気が付くとそこはアリア殿下がいらせられる御部屋の前だった。

 エミリア様がなにやら恐ろしい事をさらっと話していたわけだが、その後、子どものように……いや子どもだけれども、ともかく世話を焼かれ話の内容はどこかへ飛んでいったようである。



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修正記録 2018-06-03 21:45


別ページで修正していたものを持ってきました。


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修正記録 2017-03-06 02:53


騎士隊隊長 → 親衛隊隊長


近衛騎士隊 → 親衛隊


と言うか → というか


目に浮かぶよ → 目に浮かぶよ!


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