180近付く
潜泳機の水晶硝子で創られた窓からは水を隔てた其の先に、巨大な図体を誇り乍らも傾き微動だにしない魚の魔落を見透せる。
脳裏に響くタリス皇帝陛下の【念話】に、リーシャとアリア殿下は其れ其れの場所で口を開く。
「はい、お任せ頂きとう御座います」
「ええ、お母様、何かしら? ですけれど此の潜泳機や水の中では、私の遣れる事は少ないですわよ」
アリア殿下の場合、鉄や水に囲まれた場所だと、空気以外周りの全ての物質に対して親和性が少ない。
だから、外部へ御業を顕現するのは、色々と難しく感じるのだろう。
「『死に掛けて居ると云う地底湖の主を助ける為に、【治癒】や【聖】の御業を使って貰いたいのですよ』」
「お母様、【聖】の光を当てるだけなら兎も角、【治癒】の御業が果たして鉄や水が隔てる彼の巨大魚迄届くかどうか」
「『ふむ、其の辺は気力の増幅効果が無いだけで、通すだけならどんな物質だろうと通しますよー。流石に気の防壁を越えるのは無理だけれど、【治癒】何かだと其の当たりも関係なく効果が有るのよね! 然うじゃないと他人の治療なんて不可能なんだから』」
「判りましたわ。何にせよ聖光は癒し程度の効果しか得られませんから、癒しだけでは彼の巨大魚は先ず助からないでしょうし」
【癒し】は【治癒】の劣化版と謂う関係性に在り、大体3百人に1人は持つものが居ると云われて居る。
因みに【治癒】は15万人に1人ぐらいは居るらしく闘技大会の時でも数名が賓客として迎えられて居た。
「リーファ様、タリス皇帝陛下は彼の巨大魚を万が一でも、助ける事を試みると御決め為されました。アリア殿下には【治癒】をリーシャ様には【聖】の光を使う事を御所望であらせられます」
ベイミィは、アリア殿下が一方的に喋ってる風に聴こえる、【念話】との会話を補足するように伝えて来る。
そして、リーファ様が返答する間も無くアリア殿下が口を開く。
「リーファ様、此処、機首をできるだけ、彼の巨大魚に近付けるよう移動して貰えますか?」
「仕方ありませんね。ですが、暴れたり攻撃や敵意を向けられるたりする様でしたら、直ちに退避致しますので御理解頂きたい」
「其れは勿論ですわ。飽く迄此方の主旨は駄目元、可能で在ればですから、徒に助ける事をこだわる必要は有りませんわ」
「判りました。では、此の儘微速前進します」
流石に目的が巨大魚を助ける事で有れば、下手に刺激して暴れられても困るので、瀕死と雖も慎重に為らざるを得ない。
刻々と近付くに連れて潜泳機は速度を緩め、後10mを残して停止した。
「リーシャ、操舵席の横に来て聖光の顕現を頼む」
「=了解しました=」
慌ててリーシャは言霊を唱える為に前方部の部屋へと駆け付ける。
勿論、ラクス様は中央上部の操舵席に埋もれて仕舞い、若干大人たる自尊心を傷付けられて不機嫌な様子である。
「[聖光よ其に在れ]」
リーシャは窓枠に嵌まる水晶硝子へ気を通して水に接続すると、其処から連鎖の増幅を繰り返し巨大魚が展開する水の掌握圏深くに分け入ってから、聖光の顕現を行ったのだ。
目に優しく無さそうな彼の光である。
リーシャとしては成る可く近くで聖光を当てて、減衰を最小限に止めたいと謂う思いが有った。
「否、機内で発光して貰えれば、指向性の光が創れて胴体部分に当てられるから、比較的に主へ刺激を与えず癒しを行えるし、それで或る程度の信頼を得られれば御の字かなと。後は様子を見て更に近付こうと考えて居たのだが……。まあ、此れでも特に反応無くて問題が無さそうだし、終わり良ければすべて良しだな。暫く様子を見て少しでも癒し効果が進んでから、前進を再開する」
正に驚愕である。
余りの事に口をぽっかり開けたものだから、リーファ様が慌てて補足を付け加えた程だ。
リーシャは可也落ち込むが、聖光の維持を続けるべく前を見据える。
そして暫くしてから前言通り、リーファ様はゆっくりと前進を開始し終には、僅か1mを残すだけに迄近付いて居た。
「エミリア、念の為、左側に水の防壁を構築して置いて呉れないか」
「分かりました」
エミリア様は此処が巨大魚の掌握圏にも拘らず、左の水晶硝子を通して潜泳機を包むように水の防壁を構築する。
若干引き気味のリーファ様は、一つ頷いて口を開く。
「……よし、ではアリア殿下、【治癒】の御業を開始頂けますか?」
「ええ、思ったより随分と近付きましたのね。焦げた鱗しか見えませんわ」
目の前は唯の壁にしか見えない、といった処だろうか。
アリア殿下はリーファ様に促されて【治癒】を開始する。と云っても言霊属性では無いから無言の儘で心象するだけなのだが。
未だ巨大魚は微動だにしない。
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修正記録 2017-08-28 09:02
幾つかの句読点を追加
幾つかの改行を追加
われて居り → う関係性に在り、大体
前方部の部屋へ駆け付け言霊を唱える。
↓
言霊を唱える為に前方部の部屋へと駆け付ける。
「 余りの事に口をぽっかり開けたものだから、リーファ様が慌てて補足を付け加えた程だ。」
「 エミリア様は此処が巨大魚の掌握圏にも拘らず、左の水晶硝子を通して潜泳機を包むように水の防壁を構築する。
若干引き気味のリーファ様は、一つ頷いて口を開く。」追加
よし、 → ……よし、
開始お願い致します → 開始頂けますか?
【治癒】開始する。 → 【治癒】を開始する。