176可哀想
タリス皇帝陛下は宙に浮かび、静かにメイリア神官長の横へと移動する。
陛下は【飛翔】の御業を使った移動であるが、他のものたちでも本の少し飛ぶくらいであれば、適性素材を身に纏って居るだけで可能なのである。
但し、気力の燃費が頗る悪いのだが。
ティアトア様やライリッテ様たち近衛とマリオン先生は、慌てて飛び立ちハンナ様たちと立ち位置を入れ替わる。
否、リルトル様だけ飛翔板を【瞬間転送】の御業で取り寄せてから、水上を滑り往くのだ。
メイリア神官長としては、ハンナ様たちに紛れて後ろへ下がりたい様だが、陛下の視線にがっちり捉えられて居て身動きも儘ならない。
勿論、此の場で気兼ねなく自由に動けるのは、タリス皇帝陛下とバルパルぐらいだろう。
「此れはタリス皇帝陛下に於かれましては御……」
「聖堂での挨拶じゃ在るまいし、堅苦しい常套句は要らないよー」
タリス皇帝陛下はメイリア神官長の言葉に対して、被せ気味に断りを入れて来るのだ。
常套句を持ち出すのは詰まり、答えをはぐらかし陛下の質問に対して無言を避ける手段だったのだが、其れは許して呉れない様子である。
「はあ、膝を抱えて居りました事は、御忘れ頂けると大変助かります故、切に願いまする」
タリス皇帝陛下は満面の笑みを湛え乍ら首を振る。鬼である。
若干涙目なのは気の所為であろう、そんなメイリア神官長は観念したのか、ぽつぽつと語りだす。
「バルパルの事なので御座いますが、以前は此れ程の大食獺では御座いませんでした。ま、まあ、其れ事態は如何でも良いので御座います。」
実に煮え切らない物言いである。
気になるが仕方無しと、自分で見切りを付けたと云う事だろうか。
「但、些か気になるのが、此れ以上大きく為ると此処から出られなく為りはしないかとか、提供頂いた食料を切り分けるにしても何処へ仕舞い置くのかとかを、考えて居りましたので御座います」
リーファ様は横穴周りの足場が窮屈に為りそうだった為、潜泳機の甲板で止まり見守って居た処である。
其処へ同じく様子を窺って居たリーシャたちの一団から、マギーが進み出てごにょごにょと口添えするのだ。
リーファ様は一つ頷きすうっと宙を舞う。勿論、全身の服装には砂鉄やら六角多孔の岩板を組み込んだものを纏っての飛躍である。
少し狭いがティアトア様の傍らに着地すると前へ進み出て具申する。
「陛下、少し宜しいでしょうか?」
「ふむ、構わないよー」
「リーシャたちの意見や私の私見を総合しますとバルパルは迚も食いしん坊でして、目の前にご飯が在れば色々と気苦労に絶えない様で御座います。以前にご飯の量を確認せずに食べても良いと許可を出した処、目の前に在ったご飯を全て平らげて仕舞い、お腹を膨らませて身動きが取れないやら苦しいやらで暫し寝込んで仕舞った事が御座います」
「あらあら、其れは大変だったのねー」
自分の失敗談を皇帝陛下に簡単に話せるものでは無かろうて。
リーファ様は余り気にせず話して居るのだが。
「それからというものメイリア神官長殿は、バルパルが食べ過ぎない様注意を払って居られる訳で御座いますが、多分、彼の様なご飯の山が2つも聳え立って居りますれば、バルパルも齧りたくて居ても立っても居られないのではと存じます」
「今は食事中だから問題無いのねー」
お腹をぷっくり膨らませて尚食べ続けるバルパルは、既に食べ過ぎと止めるべきではなかろうか。
「付け加えるなら此の様な魔落を氷山の如く凍らせしめる人外めいた気力量で、慄き呆気にとられて居る隙に、何時の間にか届けに来た3人が帰って仕舞ったのでしょう。後から其れに気付きはしたものの、氷塊の分割や何処かに仕舞う空間作りが頼めなくて落ち込み膝を抱えて居られたのではありませんか?」
リーファ様は話しの締め括りで、メイリア神官長へ顔を向けて尋ねる形を執るのである。
「相違御座いません……」
メイリア神官長は膝を突き俯く顔は、若干涙ぐんで居る。
なんだろうか、舞台劇で犯行を解き明かされた下手人の様である。
唯、タリス皇帝陛下の前で少し許り恥ずかしい失態を、悉く詳らかにされただけなのに。
そそくさと遣って来たリーシャとマリオン先生が、メイリア神官長を立たせて一緒に収納庫を創りましょうと連れて往く。
氷塊では丁度エミリア様とマギーが解体を始めようとして居る処で、慌ててライリッテとリルトルが手伝いをしに駆け付ける。
「私は田螺に火を通して置きましょうね!」
若干、問い詰めた事が後ろめたいのか、タリス皇帝陛下もそそくさと其の場を後にする。
「ぴぃゃゃぁぁ……」
バルパルはすっかり巨大貝4分の1を食べ尽し、大きくお腹を膨らませて身動きが全く取れない様である。
苦しそうな表情から見受けられる感じだと、8分の1でも良い気がするのだが。
そんなバルパルの許に影が射す。
「おお! おっきい!」
「チェロル、お腹を押さえたら可哀想ですわよ」
「びぃゃゃぁぁ……」
ベイミィには口だけでは無く行動で示して欲しいものである。
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修正記録 2017-08-24 08:22
ルビを追加
御忘れて → 御忘れ
所為であろうメイリア神官長は → 所為であろう、そんなメイリア神官長は
出れなく → 出られなく
装備 → 服装
で作られた服装を使って → を組み込んだものを纏って