175拠り所
ベイミィは潜泳機を中心として集まる膨大な音の奔流を、淡淡と受け止め精査する。
「先行するハンナ様が進路周辺に問題無しと発言されました。本機は現状南を向いて居りますので右舷へ向けて出発して下さいませ。全方位の周辺からは私たちが発する反響音しか聴こえませんわ」
勿論、潜泳機の中で交わされる会話は悉に聴こえて来るのだから、中央の部屋でリルトル様が語った話は全て聴こえて居た。
だからと云って、其の内容に就いて動揺する事は無いだろう。
【長寿】の御業を持つものは、どう為って何の様な境遇を受けるかぐらいは、物心が付く時分に聞き及んで居た。
身体の部分強化に類する御業を生まれ持つものへは、真っ先に力加減を留意させ自分や周りのものを傷付け無いよう教え込まれるのと同じ様に、【長寿】の御業も亦、前以ての心構えを教え込まれるのだから。
何時しか共に育ったものたちと、隔たりを覚えるかも知れないと。
哀れむものも居れば羨み妬むものも居ると。
多くの場合は愛するもの大切な仲間たちに先立たれるだろう。
だからこそ使命が有る。
愛するもの大切なものたちの忘れ形見を、見守らなくては為らないのだと。
其れを心の拠り所にし為さいと。
リルトル様が最後に語った都市伝説の類は、リーシャたちに向けて語ったと云うよりは、自分やベイミィに向けて語ったのだろう。
と云っても未だ現実味は無いだろう。何しろ未だ成長期の真っ盛りで日々を感じ取れる程、変化して居るのだから。
残酷な程に【器用繊細】が、其の時を知らせて呉れるだろうけれど。
「了解、潜航開始、潜舵仰角5度にて横舵を調整、面舵一杯」
リーファ様の掛け声と共に潜泳機は動き出す。
聖堂地下通路が在る入り江に着いて用事を果たしたら、次はアリア殿下が潜泳機へ御乗りに為る番だ。
嘸かしお楽しみ召されて居ることでしょう。
何せ順当ならば、アリア殿下が御乗り遊ばすご予定だったのだから。
リーファ様も能くぞ説得できたと内心胸を撫で下ろしたに違いない。
彼はリーシャが聴音用耳当てを2つ持ち込んだ事が、何より功を奏したのだ。
潜泳機での作業が完了したとの報告と合わせて持ち込まれた其の器具で、アリア殿下の眼の色に変化が生じたのは間違いない。
透かさずリーファ様は納得できそうな話を言い繕って、持ち込まれた聴音用耳当を早速試したいと好奇心に駆られるアリア殿下を、まんまと説き伏せたのである。
と云っても話た内容に嘘偽りは無いのだけれど、何より大事なのは皇族を一箇所に固めない事なのだから。
流石に此の様な切っ掛けでも無ければ、頑なと御承諾を頂けない挙げ句の果てに、タリス皇帝陛下に加えてアリア殿下と其の近衛たちが、潜泳機に詰め込まれて居たかも知れない。
動き出したら早いもので、潜泳機はそろそろ入り江の近くへと来つつ在った。
「聖堂地下通路の入り江に巨大な氷塊が2つ詰まって、入り口を塞ぐ形と為って居りますと。ハンナ様曰く、此れは酷い、だそうですわ」
ベイミィの言葉を聴いて、リーファ様は唯唯眉尻を下げる許りである。
3人の性格を知って居るだけに、悪気が無いのは解って居る。
多分親切心からの封鎖だろう。
意味を理解するのは無理そうだが。
「ハンナ様は上へ飛んで越えた様ですわね。氷塊は下部の方が大きいのですが、入り江の周りも他の壁と同じ様に垂直に切り立って居りますので、下から潜っても問題ありませんわ。……ええ、中も潜泳機が入るだけの広さは十分有るそうです」
「了解、推進機関停止、序で御業に因る制御を開始する」
潜泳機がゆっくりと浮上すると正面には聖堂地下の通路へ向かう横穴が現れ、其の傍らには膝を抱えて座るメイリア神官長の姿が在り、其の反対側ではバルパルが貝の氷漬け4分の1を美味しそうに齧ってる最中で在った。
何やらハンナ様が話し掛けて居ると、メイリア神官長は慌てて立ち上がり礼を執る。
話されて居た内容に反応した訳ではなく、潜泳機の浮上を確認したアリア殿下の御一行が、氷塊の壁を越えて遣って来たのに気付いた様である。
「陛下、上部の扉を開けて確認致しますので、暫く御待ち頂けますでしょうか?」
リーファ様は扉を開けてすうっと周りの水を流し取り除いて居ると、其処へマリオンたちが集まって来て警備を固め始める。どうやら後部の扉を使って出て来た様である。
此の少しぴりっとした緊張を孕む雰囲気にメイリア神官長も察するものが有ったのだろか、若干顔が引き攣って見える。
「陛下、整い致しました」
「うん、よっ、メイリア神官長ー、膝を抱えて居た様だけれど、悩みが有るなら訊くよー」
掛け声と共に宙を舞うタリス皇帝陛下を目にしたメイリア神官長は、僅かに涙目なのは気のせいだろう。
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修正記録 2017-08-23 09:16
如何 → どう
心構えとして → 心構えを
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修正記録 2017-08-23 08:39
「私たちが発する」追加
持つものが、真っ先に → 持つものへは、真っ先に
前以て心構え → 前以ての心構え
句読点を追加変更
本来ならば → 順当ならば
リーファも能くぞ → リーファ様も能くぞ
潜泳機の作業が終わったとの → 潜泳機での作業が完了したとの
眼に宿る心の色が変化した → 目の色が変わった → 眼の色に変化が生じた
適当な → 納得できそうな
無いのだが、 → 無いのだけれど、
整 → 整い