173ひげ4
チェロルは真剣な面持ちで首を傾けつつ遠隔義腕を操作する。
別に疑問が有る訳では無く、遠隔義腕の操作用に新設した幾つかの小窓が、全て中央下部に在るのだ。
左の操舵席に座るチェロルは、自ずと顔が右へ傾くのは仕方が無い。
此の小窓に就いては未だ改良の余地が在りそうである。
リーファ様はぐたりと狸寝入り極め込んで居たチェロルへ普通に頼んだら、任せて頂戴と言わん許りに張り切って遠隔義腕の操作をし始めたものだから、ならば任せて置こうと大手を振って何やら話し始めたのだ。
「魔石は永い年月を掛けて魔気が淀み固まったもの、或いは濃い淀みの中で晒され続けた石が変じたものと謂うのが通説だが、何故地底湖の水底に其れができあがったのだろうね」
勿論、振ってる訳ではなく実際は腕を組み乍ら、今は一切操舵に関わる積りは無いと云う態を示して居る。
其れも其の筈、チェロルは潜泳機の移動も担い精密な操作をして居るのだから、下手に触らないよう手を退いて居るのだ。
「あのう、アリア殿下が其れに就いて見解が有るそうです」
「ああ、然うなのか。では、ベイミィ伝言役を頼む」
「はい、確かに私たちが思い付くのは、空気の流れが悪い場所で魔気が淀む状態です。其の延長線上で考えれば、水底に魔石ができるとは考え難いかも知れませんわね。ですが、私たちの血肉へ気が蓄えられ流れて居る様に、水も亦魔気を溶かし入れ内包し易いのかも知れませんわ」
「そうですね、普段から魔気と云い親しんで居りますから、余計に水としては馴染み無く感じるのかも知れません。リーシャも云って居た通り窪みの在る場所に、魔気溜まりができて居る。即ち其処が偶周りの地形環境も重なって水の流れが悪く魔気? 魔水? にも滞りが発生し濃く淀んで居たと謂う事で御座いましょうか」
「……はい、ええ、そうですわね。其れと水上では全く発見されなかった事から、天井付近よりも水面付近や水中の方が魔気が濃いのかも知れませんわね。若しくは憶測でしか有りませんが、地底湖の形状から見て縦令天井付近で魔石の元と為るものができても、自重で水中に落ちて仕舞うのではありませんか?」
「ああ、其れは確かですね。水中の方が魔力は濃いかも知れません。以前に聴き及んだ魔気の循環で思い浮かべたのは、水を取り出す際に空中へ気を放出する心象でした。ですが能く能く考えて見ると水中で水を取り出す訳ですから、気の放出は水の中に決まって居りますね」
「……はい、他にも岩は顕現した後に戻される事が比較的に多いと思いますけれど、水は顕現した後に戻せる状態では無い事の方が多いのではないでしょうか。であれば気の蓄積は水中の方が自ずと多く為るのでしょうね」
「成る程、では、他にも水の流れが悪い場所に魔水? の濃い場所が在って、魔石ができて居る可能性も有るとすれば……。リーシャ、他にも魔力の濃い場所若しくは魔石が在りそうな場所は確認できるか?」
「=唯今、確認して居る処ですが、直ぐ側では魔石の気配を感じ取れません。ライリッテ様も攀じ登って来られ、手伝って頂いて居ります。それから【遠見】で確認した範囲では、少し離れた位置で幾つか気になる場所が在ります=」
「ふむ、其の離れた位置も確認したい処だが、目下の状況で云えば彼の声を増幅する魔石を回収した後、ルトアニアへ早急に送る事が優先されるから、取り敢えず当初の予定通り聖堂地下通路が在る入り江へ向かうとする」
「=了解しました。一応、引き続き認識有効範囲に対して魔石探索を実施します=」
「ああ、其れで頼む」
「ふうー! 全部の魔石回収が終わったんだよ!」
「全部?」
「ヒィッ!」
リーファ様の徒ならぬ雰囲気に、チェロルはがくがくと震える許りである。
「リーファは見てなかったから分からないでしょうけれど、ちゃんと2箇所有る収納場所に別けて入れてましたよー。可動確認するなら両方の髭を使わないと意味が有りませんから、同時に作業を行って居りましたね! チェロルちゃんは中々見どころが有るよ!」
タリス皇帝陛下がやけに大人しかったのは、どうやらチェロルの作業を真剣に見守って居たからの様である。
「えへへ」
チェロルは味方をして呉れる人物には無防備に為る様で、頭を撫でられても平気で和やかに笑顔を見せるのだ。
「其れは早とちりだったな。チェロル、ちゃんと見てなかったのに疑って悪かった」
リーファ様がチェロルに謝って居ると、ベイミィが怖ず怖ずと口を開く。
「……あっ、はい、アリア殿下が、お母様、髭では在りません。遠隔義腕と云うのです、と」
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修正記録 2017-08-21 09:00
「周りの地形環境も重なって」追加
魔水? が濃く → 魔水? にも滞りが発生し濃く
と謂う訳で → と謂う事で
今の処、 → 目下の状況で云えば
「「其れは早とちりだったな。チェロル、ちゃんと見てなかったのに疑って悪かった」」追加
「 リーファ様がチェロルに謝って居ると、ベイミィが怖ず怖ずと口を開く。」追加