168聳え立つ
そして巨大田螺を包み込んだ氷塊は、再び水を掻き分けゆっくり北西へと進み始めた。
幾許かの緊張感が有ったものの、結局は何も起こりそうも無いと判断したのか、ライリッテは口も弛み喋りだす。
「――此れだけ大きな氷塊が動き出しても彼の亀島は一切、反応がありませんのね。気の防壁が無ければ只の浮島としか思えないくらいですの。其方は如何ですの?――」
「ん、水中の探れる範囲には小さな生物以外、何も感じぬぞ」
「此の先を200m程進めば巨大貝と遭遇した地点と為るから、一応は注意して置いてね」
一寸前の探索進行ではライリッテと共にのほほんと、氷塊の上で警戒に当たって居たリルトルだが、今は水上でマリオンと氷塊の中間を執りつつ水中の警戒に当たって居る。
此れは先程迄とは違うのだ。マリオンたちが今行って居るのが撤退で在るのだから。
ライリッテが殿を努め、マリオンが先鋒を執って隊を牽引する。
だが、後方支援が得意なリルトルを氷塊から降ろすのは、唯単に最初から上に居て貰っても意味が無かったからだ。
氷塊の上に居たのはマリオンが斥候をするなら安心だと手を抜いて居た訳で、決して前衛を降ろされた為に拗ねて昇った訳では無い筈である。
バルパルに至っては頭の中が蝦で満たされて居る様で、先程からぐいぐいと前へ往こうとするのをマリオンが必死に抑えて居るぐらいだ。
「バルパル、そんなに急いだら田螺を運べないよ。田螺を置いて行っても良いのかな?」
「びゃぁ」
「ん、バルパル殿は蝦が好物であるのか?」
「ぴゃぁあ」
「足を齧ってたみたいだから、好みの味だったのかも知れないね」
「――然う言えば彼のでか蝦が落とした足は如何致しましたの?――」
「ああ、拾って氷塊の天辺に挿して置いたよ」
「――……――」
「ん、お主も粋よのう。其の傾き我も認めようぞ」
「何だか急に恥ずかしい事をして仕舞ったと云う、後悔の念に苛まれて来たのだけれど……」
「――其れは其れとして、此の地底湖の主は20m以上は有りそうな巨大な魚と聴いて居りましたのよ。何方が倒しては駄目なのかを判って居りませんと、いざという時に躊躇する原因と為り兼ねませんの――」
「否、両方共知性が高そうだし今の処は攻撃的でもないから、逃げる避けるを基本として念頭に置いて呉れれば良いよ。それでもいざと為れば両方反撃して呉れても構わないと考えて居る。抑此の辺りは巨大魚の縄張りと云うか、以前に現れた事が有る場所なのだよ。彼の様に巨大なもの同士で在れば気付かない筈も無いから……」
「ん、マリオン、腹でも痛くなったか?」
「……リーファ様が皇帝陛下に此処の魔窟ができた許りと仰って居たが、考えて見れば私は其の様な話をとんと聞いた覚えが無いのだよ」
「――亀島の上を見た感じで云えば、数十年以上は確実に年代を重ねて来た様に見受けられますの――」
「ん、必ずしも此処で発生したとは考えぬ方が良いぞ。此処はスイタル湖と繋がって居るのだろう」
「……リルトルは偶に真面な意見を云うから、全てを聞き流す訳にも行かないのが困りものなのだよね」
「ぬぬ、失敬な! 我は何時でも真面であるぞ」
リルトルは「たむたむ」と飛翔板の上で地団駄を踏むのだが、直ぐに切り替えて。
「ん、其れより一向に何も襲って来ないぞ」
既に巨大貝との遭遇場所を過ぎ、進路を北にして作業場方面へと向かいつつ在った。
「ああ、其れは後ろで彼だけ大きな氷塊が、水を掻き乱して移動して居るのだから、飛翔板の水音に誘われるどころか逃げ出して近付かないよ」
「ふぬっ、何たる事ぞ! 我の活躍が一度も示せなかったではないか」
「水面に巨大な落とし穴創ってたし、水弾を飛ばしたり火を付けて爆発させてたりしてたのではなかったかな?」
「ん、最初は兎も角、水弾は同系統で水浴びに変えせしめられたし爆発はマリオンの業を補助したに過ぎぬぞ。然も耐性持ちらしく平然として居たではないか」
「あー、ええ、そうだね」
「ん、然う、彼の田螺に火を通すにしても聖堂地下の出入り口近くで行うのは、些か不味いのではないか?」
「噫、本当に偶に真面な意見を云うから、困ったものだな。克く考えて見れば地底湖の様な密閉空間で焼くのは拙過ぎる」
「ぬぬ、失敬な! ……ぞ!」
勿論、リルトルは飛翔板の上で「たむたむ」と地団駄を踏みつつ憤慨して居るのだが、全て聞き流されるのだ。
「――陛下に熱を通して頂くのは如何でしょう?――」
「ん、我の活躍したる場は何処ぞ」
「否、陛下に遣って欲しいと頼むのは不敬極まりない。取り敢えず聖堂地下の通路が在る入り江迄運んで置いて、後でリーファ様にでも相談しよう」
「ん、主らは我を無視して居らぬか?」
「――ええ、其れが一番無難そうですの――」
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メイリア神官長は、目の前に聳え立つ氷塊を見上げた儘で動かない。
其れは入り江を塞ぐように氷塊が2つ押し込められ、中には前衛芸術的な岩刺し田螺と一寸大き過ぎる蝦が凍り付いて居る。
勿論、蝦の氷塊は天辺の所に意味無く足が突き刺さって居る。
何度かマリオンはメイリア神官長に声を掛けるが、反応は無く唯唯口を少し許り開いた儘である。
否、少し反応し始めた様だ。
「……ええ、バルパルのご飯の蓄えですね。うん、未だ昨日の貝が残ってますけれど」
「はい、其れで田螺の方は寄生虫が心配なので、此方でも火を通す方法を考えて置きますから、食べさせるのは待って欲しいのです」
なけなしの嫌味を平然と無視するマリオンも良い性格である。
「ん、気力防壁が無いのだから水蒸気爆……ふが」
どうやら、ライリッテに口を塞がれた様だ。
「其れでは、後で復寄せさせて頂くかも知れませんが、何だか混乱されて居るご様子なので、取り敢えずお暇させて頂きます」
「ぴぃやぁ」
マリオンたちは然う伝えるとそそくさと其の場を辞するのである。
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修正記録 2017-08-16 08:23
そして再び巨大 → そして巨大
、水を掻き → 、再び水を掻き
幾つかのルビを追加、修正
句読点の変更、追加
維持して → 執りつつ
「拾って」追加
水音に誘わる → 水音に誘われる
聞き流される。 → 聞き流されるのだ。
「なけなしの嫌味を平然と無視するマリオンも良い性格である。」追加
様である。 → 様だ。
云うと → 伝えると