161検証
ベイミィは目下の処潜泳機の上に座して居る。
其処は背鰭の手前であり、普通なら足下の両側には胸鰭が見えるだろう。
対岸に座る高貴な御方々の威厳に満ちた雰囲気と比べれば、実に慎ましいものである。
少し顔色が優れない気もするけれど、屹度不安定な高所に椅子で座るのが心許ないのかも知れない。
椅子の両側には足下の覚束無いティロットとリルミールが、魔気道管の束を支えて立って居る。
ティロットは涼しい顔をして支えて居るものの、此れは有り得ない事であって、現に肩にメルペイクを乗せたリルミールは、3回程足を滑らしたり後ろへふらついたりとし落ちかけて居る。
ならメルペイクを下ろせば良いと思うかも知れないが、落ち掛けた3回は全てメルペイクに由って助けられて居るのだ。
今やリルミールはメルペイクに対して絶対の信頼を置いて居り、退くように言えば断固たる反対を示すであろう。
扨、魔気道管の束は2人の足下で四方八方に広がって居り、仮置きで立て掛けられた集音装置へと繋がった後に折り返して戻って来ると、椅子の下に在る開けっ放しの潜泳機入出用扉へと入り込む形である。
「貴女たち最低ですわ……」
「――其れじゃあ、魔気流すよ!――」
ベイミィの苦言は一切無視して段取り良く事を進めるチェロルは、誰の視線も感じない潜泳機の中に潜めてご満悦なのである。
そしてベイミィは色々と微妙で不安定な位置に置かれた椅子に座らされ、目は布で覆われた上に頭の両側から、丼鉢の様な形で魔気道管の束が刺さった聴音器具を向けられて居る状態なのだ。
「了解! じゃあベイミィ、悪いけれど暫く我慢しててね。よっと」
リーシャは岩で創った真ん丸の玉を片手で勢い良く転がすと、其の先に在る細めの筍みたいな円錐形状の岩へと向かって往くのである。
筍形状の岩は徒に六角多孔で創られて居り、手前から1、2、3、4、5本と合わせて10本の筍岩が少し感覚を開け並べてある。
岩玉は少し回転が掛かって居たのか、それとも小石にでも当たったのか分からない。
唯、筍岩群へと真っ直ぐ向かって居た筈が、微妙に逸れて打ち当たるのだ。
「ガガココドココーン」
「くっ……よっ」
リーシャは転がった岩玉を御業で引き戻し乍ら、稍悔しそうな面持ちでベイミィへと顔を向ける。
「東中央に3、5、6、8、9、10番の目標が倒れ、7番は辺りはしたものの西へ移動しただけですわ。ですから1、2、4、7番が倒れずに残って居りますわね。後、少し外れた原因は何かの切り屑が残って居りましたのですわね」
筍岩の並んだ群は潜泳機の左右に3箇所づつ在るのだ。
「あっ本当だ。彼は魔気道管を調整した時に出た削り滓っぽいね。と云うか倒した目標が、並べてある中の何れか迄も聴き取れるの?」
「ええ、岩玉が転がり始めた音の反響で大体の配置と数は、朧げ乍らも把握できますし、ぶつかる寸前には精査も終わり、殆ど悉に把握できて頭で心象を描けて居りますから、後はぶつかった瞬間の動向を其の心象へ反映するだけですわね」
「はあ、克くそんな数の発音器具から、略同時に出される音を聴いて精査、解析できるよね」
「実際に聴き分けてるのは3箇所ぐらいですわ。他は計算しないでも距離が把握できるよう捕捉で使うくらいでしょうか」
うん、どうやらベイミィは頭の構造がおかしい様である。
リーシャは【気隠】の真似事をして潜泳機の西側へと回り込む。其れは間近に居ても足音すら聴き取れない程に洗練されて居る。
「リーシャ様、何がされたいのでしょうか? 此の聴音器具は魔気の供給出力を上げると息や心音すら聴こえるのですよ」
「えっ……そうなの?」
其の時である。水路の向こうから拍手が聴こえて来るのだ。
ベイミィは理解して居ると云うより最初から会話すらも聴かれて居るので、常に意識をして居た御方である。
リーシャが潜泳機を避けて見遣れば、アリア殿下が拍手為されて居られる姿が見て取れる。
「素晴らしいですわ。想像して居りました以上ですわ」
然う言いつつ水路をひらりと飛び越えて、此方へと遣って来る様だ。
「ベイミィ様、此の最新の水中音声蒐集機が潜泳機に備われば、殆どの突発的な問題を事前に防げますのではありませんか?」
「御意に御座りまする」
「ところで、リーシャ様、其の玉を使った検証ですが私も手伝わせて貰いますわ。ええ、此れ程のものを創り上げて貰えたのですから、私も座しては居られませんわ。丁度私の近衛騎士たちも居りますから、適度に散らばって雑音に為って貰いましょう」
然うアリア殿下は宣ふと、さっさとリーシャから岩玉を奪い取り、ご機嫌な面持ちで筍群に狙いを定めて息を吐く。
「えっ! 私は未だ此の儘の状態なんですか?」
若干、焦りつつ不安定な場所で目隠しをした儘のベイミィが声を掛けるが、誰一人として取り合う気配を見せるものは居ない。
多分、殿下の検証は後5回程は続くだろうが、重要なお役目なのである。
両側の2人に至っては……。
「ぬ! リルミール様が斜めに安定性を見出した!」
「チュィ!」
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修正記録 2017-08-06 12:06
ふらついたりとして → ふらついたりとし
3回全てを → 3回は全て
居たのだ → 居るのだ
幾つかのルビを追加
創って居り、 → 創られて居り、手前から
5と → 5本と
だが → 唯、
右 → 東
左 → 西
7が → 7番が
後、外れた → 後、少し外れた
寸前には殆ど → 寸前には精査も終わり殆ど
幾つかの句読点を追加
頭に心象 → 頭で心象
描いて → 描けて
玉の検証を私も → 玉を使った検証ですが私も




