156石ころ
其のものは水面にちょろりと顔を出す。
天井の階段からは次々と光の筋が降りて来て辺りをちらりちらりと照らし出す。
少し其れを眺めて居た其のものは、ぱしゃぱしゃと其れに向かって泳ぎ出す。
何かを期待しての行動だろうか。
狩りへと誘って欲しいのか、それとも遊んで欲しいのか。
唯、其の場へと刻刻と近付きつつ在る様だ。
ハンナ様は其の【強眼】を以て四方を見遣ると、ぴちゃぴちゃ近付くものを確認した。
「……異常なし、周囲を固めて警戒を維持」
「はっ!」×4
そしてマリオン先生たちも警戒しつつ降りて来た様だ。
「リルトル、ライリッテ、水中の警戒をお願いします。40~50cmの動く物体が居れば唯の魚である可能性が高いです。……西から近付く影は聖堂で飼われて居る従魔ですね。特に危険は無い筈です」
「ん、探知可能な範囲には5~8cmの物体のみです」
「ええ、此方も、同じですね」
「リーファ様、安全を確認致しました。バルパルが来て居りますが問題無いでしょう」
リーファ様を先頭に周りを近衛騎士で固めた、タリス皇帝陛下が降りて来る。
そして、此の瞬間に周りの空気が変わるのだ。
勿論、大気も変わって居るのだが、騎士たちの発する気迫や緊張感といったものとかタリス皇帝陛下の持つ何とも言わし難い雰囲気とかの事である。
其の空気に驚いたのかハンナ様と睨み合って居たバルパルが呻くのだ。
「びゃあ」
「先にも説明致しました通り水面には接触為さらぬよう、御注意を御願い致します。全員が揃い次第、例の作業場へと向かう予定と為って居ります」
「あれは?」
「ぴぃやぁあ」
「メイリア神官長殿が飼われて居る従魔のバルパルで御座います。昨日、十分に食料を提供致しましたので、狩りとは考え難いですし散歩でしょうか。捨て置いても宜しいかと存じます」
「ぴゃぁ」
其の間にも次々と後続は降りて来て居り、幾許か混み合いつつ在る。
最後のリーシャたちが降りて来た処で、リーファ様の指示が下りた。
「リーシャの小隊は作業所の入り口を……と其の前に、其処のバルパルが何か訴えて居る気がするので、リーシャかチェロルで訊いて見て呉れないか? 全員着水して休憩とします」
リーファ様は徒に気力を消費するよりは、縦令魔落の類いが来たとしても、其れと対峙する方が増しだと判断したのだろう。
何よりバルパルが既にぱしゃぱしゃと水面を叩いて居るのだし、何か来たらいの一番にバルパルが突っ込んで退治して呉れるだろう。
否、抑バルパルは普段だと殆ど水音をさせずに泳いで居た筈なのだ。皆が何処かしら違和感を持った答えが其処に在ると云う事か。
「はい、直ちに……バルパル、如何致しましたか? 噫」
「ぴゃぁあ」
「はい、二切れ目の巨大貝を食べると中から魔気を放つ石が幾つか出て来たそうです。メイリア神官長様に頼まれて届けに来たみたいですね」
飛翔板の上でしゃがみ込んで居たリーシャが、立ち上がり乍ら然う伝えて来る。
「否否、一声で其処迄伝えられないよね!」
ハンナ様の後ろで控えて居た。否、覗き込んで居たリルミールが突っ込みを入れる。
「うん、何かバルパルが石の入ってるらしき袋を抱えてて、其れに添えて在った伝言を読んだだけだよ」
「ふむ、其の石とやらを見せて貰えるかなー?」
「あ、はい! 唯今持って参ります」
「リーシャは袋を開けるだけで良い。私が取り出そう」
「判りました」
タリス皇帝陛下の御前でリーシャとリーファ様はごそごそと遣り乍ら袋から其の石とやらを取り出して来た。
「うん、石ですねー。だけど多分魔石ですよ! 特性は持ち帰って調べさせないと判らないけれどねー」
「此処で気力を注いでは駄目なのでしょうか?」
憚り無くつい訊いてしまうリーシャであるが、誰一人として咎めるものは居ない。
「リーシャは石と親和性が高いから意識せずとも気が流れ込まないように、私が石を取り出したのだぞ。魔石に依っては熱を出したり、強い反発を生じたりして危険なんだからな」
「あ、はい、今後共注意致します」
「巨大貝なのですかー?」
「はい陛下、昨日アリア殿下が御視察を為されて居た折りに、出て来た魔落で御座います」
「じゃあ体内に魔石を作る性質でも有るのかしらね! それとも普通の貝が砂を飲むみたいに魔石を飲み込んでたのかしらー。だとしたら此の水底には、其れなりに魔石が在るのかも知れないよね!」
「未だできた許りの魔窟と聴いて居ります。過度の期待はできませんが、伝承が正しければ他にも魔石が見つかるかと存じます」
「え、其れじゃあルトアニアではどうやって魔石を手に入れて居るのですか? ……あ申し訳……」
「良いよー。うん、オーエンス大森林の周辺に点在する魔気溜まり、其処を掘ったりとか、昔魔窟だった場所がルトアニアに在って其処を探したりするんだよ! 然う、此処以外は人がおいそれと簡単に踏み入れられる場所に、魔窟は存在しないんだよー」
「御配慮の上、お答え頂き恐悦至極に存じます」
「うん、構わないよ! リーシャちゃんは色々活躍して貰ってるからね!」
「では此の袋は私が持つから、リーシャの小隊は作業所を開けて来て呉れ」
「了解!」×5
「チュバ」
「ぴゃぁ」
「……然う言えば、バルパルはリーシャ様に創って貰った飛翔板を使わないのかしら?」
「ぴゃあ」
「出して貰えないみたいだよ! 神官長が一緒の時じゃないと無くし兼ねないって事かな?」
「否否、一声で其処迄は伝えられないわよ!」
「あはは、ベイミィ! リルミールみたいだよ! ひぃっ!」
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修正記録 2017-08-01 08:49
ちらちら → ちらりちらり
其れを見て → 少し其れを眺めて
「然う、此処以外は人がおいそれと簡単に踏み入れられる場所に、魔窟は存在しないんだよー」追加
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修正記録 2017-08-01 01:20
鉤括弧を変更
「え、其れじゃあルトアニアではどうやって魔石を手に入れて居るのですか? ……あ申し訳……」追加
「良いよー。うん、オーエンス大森林の周辺に点在する魔気溜まり、其処を掘ったりとか、昔魔窟だった場所がルトアニアに在って其処を探したりするんだよ!」追加
「御配慮の上、お答え頂き恐悦至極に存じます」追加
「うん、構わないよ! リーシャちゃんは色々活躍して貰ってるからね!」追加