155盲信
何だ彼んだと云い乍ら、彼の張り詰めて緊迫した硬い空気は和らいだ。
結局、最も恐ろしい筈である彼の方が、掏り替わって3女傑が恐ろしいと為った最たる原因が此れである。
タリス皇帝陛下ののほほんとした柔らかい雰囲気が、其の真実を覆い隠す。
其れはハンナ様が率いる選りすぐり、と謂われる騎士たちで在っても気付けない。未だ4番手5番手を争って居るものたちなのだ。イザベラ様ですら最近、漸とタリス皇帝陛下に認めて頂いた許りなのだから。
だからこそ皆から認められ、だからこそ誰も刃向かわない。
ああ、リーファ様は親代わりみたいなものだ。
だからこそ陛下はリーファ様にも3女傑にも甘えるのだ。
「うん、ではリーファ」
若干、和らいだ空気に満足したのか、頷き乍らタリス皇帝陛下は声を掛ける。
「はっ、畏まりました。先頭はハンナ様の小隊、殿はリーシャの小隊、アリア殿下の部隊は陛下の後ろをお願い致します。ああ、其れから荷物はアリア殿下とリーシャの部隊で……」
「リーファ様、荷物は其れ程大きくなかったので、先程メアリーが全ての転送を完了したと報告が来て居ります」
イザベラ様の中言にリーファ様は頷き次の判断をする。
「相判った。ではハンナ様」
「ええ、ほらリルミール、しゃんとしなさい」
ハンナ様はリーファ様に促されて席を立ち、いの一番に来賓室を後にするのだ。
そして、廊下で後ろに続く騎士たちへ言葉をかける。
「ふっ、貴女たちも少しは地に足が着いた様ですね。全く、タリス皇帝陛下が御気を利かせに為られ3女傑を茶化して御話頂いたから、斯うして真面に動けて居るのですよ。リーシャさんたちとて御期待を匂わせあたふたと慌てさせる事で、未熟な騎士の姿から皆の庇護欲を誘って手綱を引き締めたのですよ。其れを後からでも宜しいのできちんと理解為さいませ」
「はっ!」×3
「はい」
ハンナ様は些かタリス皇帝陛下やアリア殿下に、毒され過ぎて居る嫌いはなかろうか。
純粋におちゃらけて2人やリーシャたちをからかい、楽しまれて居る気もする。
此の御話を皇太后陛下へ御伝えすると顔を綻ばし終始ご機嫌でいらせられるのが、余計に拍車を掛けて居るのだが。
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リーシャの創り出した六角多孔飛翔板の登場で、戦術が大きく変化したのは間違いない。
特にタリス皇帝陛下は此れの研究に力を入れ、様々なものを創り出した。其の最たる例が金剛石の飛翔板である。
其れは天然のものより硬く熱にも強いという特性迄有り、剣で斬り付けようものなら一度で刃毀れして仕舞うだろう。
同じく気力を通した物質なら、元の強度に準じた力関係と為るのだ。
チェロル式や六角多孔の飛翔板であれば、金剛石の飛翔板に体当たりされても完全破壊からの墜落なんて事は免れるかも知れない。
だが、其れは一瞬で墜ちるか何れ墜ちるかの違いなだけで、結局の処は体当たりもできなければ攻撃もできないと謂う、余程の実力差が無い限り逃げるのが一番と為って仕舞うのだ。
そして、其の実力差すら飛翔板有りきで組立てられた戦闘術を前にしては、覆されて仕舞のである。
「あっ、タリス皇帝陛下が御乗り為される飛翔板は、前にリルミール様が使われて居たものと同じなのかな?」
「ええ、然う、私たちは目立たない様に黒にして居りますが、陛下はきらびやかに飾り立てることも御勤めであらせられますからね。リーシャさん」
「あ、有難う御座います。ラクス様」
「チュビ」
地底湖の事を知るものを増やす訳には行かない、と云っても皇帝陛下と為れば然うも行かない筈である。
だが、元々連れて来た近衛騎士の人数は、其れ程多くも無いから仕方が無い。
勿論、急ぎ来たタリス皇帝陛下の時とは違い、確りと時間を掛けて準備を整えた別働隊が、規定の速度を守った上で夕方頃には到着するのだろう。
唯、他の皇族よりも連れて行く近衛騎士が若干多い程度という処であろうか。
リーシャたちは今、石祠の大広間に居る。
地底湖へ向かう階段を次々と降りて行く御方々を、順番待ちの間呆然と眺めて居る処なのだ。
此処へ来る迄に、元タリス皇帝陛下の近衛騎士と見受けられる方々が、礼を執る前を何度か横切って来たのである。
此の騎士たちは飛翔板を抱える一団を見て、何を感じたのだろうか。
ラクス様やリーシャが長刀を持つ姿は明らかな武装であり、此れから其の様な場所へ赴くことは有り有りと判る筈である。
ならば自分たちも御側に付いて御守り致したいと思うに違いない。
だが、彼の3人を見て顔付きが弛んだ様に見受けられたのだ。
目は死んだ魚の様だが、そんな事は関係無いくらい皆から信頼されて居るのだろう。
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修正記録 2017-07-31 09:32
未だ → 未だ
リーシャたちとて → リーシャさんたちとて
楽しまれて居る気がする。 → 楽しまれて居る気もする。
此の話を皇太后陛下に伝えると → 此の御話を皇太后陛下へ御伝えすると
力関係と為るのである。 → 力関係と為るのだ。
免れられるだろう。 → 免れるかも知れない。
句読点を変更
此処の事 → 地底湖の事
人数が、其れ程多くも無いのである。 → 人数は、其れ程多くも無いから仕方が無い。
「急ぎ来たタリス皇帝陛下の時とは違い、」追加
然う、若干他よりも人数規模が多い程度しか近衛騎士が居ないのである。
↓
唯、他の皇族よりも連れて行く近衛騎士が若干多い程度という処であろうか。
リーシャたちは石祠の大広間で、 → リーシャたちは今、石祠の大広間に居る。
順番待ちをする為、唯唯眺めて居るのだ。
↓
順番待ちの間呆然と眺めて居る処なのだ。
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