151届けもの
澄み渡る遥か遥か上空に、一筋の白い線が現れて瞬く間に消えて往く。
昼餉も終わった昼下がり大人たちは休憩を挟んで、畑仕事や大工に左官に屋根仕事、放牧した動物たちの世話といった外仕事に就いて間も無い頃。
子供たちは休憩も挟まず飛び出して、遊び駆け回り興に乗って来た時分である。
誰が言っただろう。誰が指し示しただろう。
其れは亭亭たる木々や其の遥か上を飛び交う鳥たちが、何と近くに見ゆる事であろうと慄く程に高く高く在りにけり。
其れは空に見ゆる小さな小さな点が頭上を過ぎ往きて、皆が背を逸しぐぐぐと撓らせ、もう僅かで重心が崩れ足を後ろに蹈鞴を踏む手前の事である。
「ドッゴッオォォォォォォォォォ……」
爆音と其の後に伝わり来る衝撃波、況んや戦き転がりて尻餅着きたるをや。
子供たちは余りの驚きに泣くことも忘れ、大人たちは何かを察したのか黙して立ち上がると、泣き喚く動物たちの背をぺたぺた叩いて宥めたり、撓んだ塗り立ての壁を鏝でぺたぺたと撫で戻したりと、何たる克く訓練された民たちであろう。
皆口々に「どうせ彼のタリス殿下様やわ」「否否、今は陛下様やん」「せやせや」と呟くのである。
何たる流言、当たらずと雖も遠からずだが娘の方だと謂うのに。
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広い区画を隅々迄巡回するのには、2800m程を歩き回らねば為らない。
そして今日は今朝の騒ぎと未だに続く戒厳態勢である。顔馴染みの貴婦人や侍女さんたちが、挨拶がてらに何事かを訊いて来るのだから大変だ。
少し許り時間は掛かったものの何とか全てを回り切り、派出所前の威武を必死に擦り抜けて、ほっこりし乍ら施設に入ろうと足を向けた其の折りである。
「ドッゴッオォォォォォォォォォ……」
「ヒッ!」×6
びりびりと遅れて伝わる衝撃波の中、マリオン先生とマギーは臨戦態勢を整えつつ、落ち着いて周囲を確認するのは流石と云うべきか。
すると西門の遥か上空から、此方に向かって降りて来る飛翔機の姿が目に映るのだ。
「若しかしたら彼の飛翔機が、音を追い越した際に発すると聞き及ぶ爆音を出して来たのかも知れませんわ。未だ実験でしか試されて無いと聞き及んで居りましたが、何時の間にか解禁と為ったのでしょうか」
ラクス様の言にベイミィが反応する。
「えっ、私たちも何度か実験に立ち会いましたけれど爆音と衝撃波の発生で、おいそれと使うものでは無いと謂う結論に至って居りました筈ですわよ」
「……リーシャ、其の様なものに迄関わって居たのですか?」
「否、マリオン先生、仕方が無いのですよ。此の音を超える現象を発見した当時は、飛翔機の数も少なくて……と云うかチェロルの飛翔機以外は皇族専用機で、然も其の機体には遠隔気力通話器迄積んで有って、何かと試験飛翔に都合が宜しかった様なのです……って、ええ!」
驚く許りのリーシャに代わって、マギーが【遠見】で確認した事を伝えて呉れる。
「タリス皇帝陛下の専用機にのみ印される御璽が確認できました」
うん、民たちは全然間違って無かった。
周りの近衛騎士たちにも【念話】が飛び交って居るのか、慌ただしく動き始めるが皆一様に若干の余裕を見て取れる。
何しろ飛翔機が此処へ来る筈がない。場所も警備も皇帝陛下を迎えられる程では無いのだから。
そんな時である。イザベラ様が慌てて施設から飛び出て来るのだ。
「『誘導飛翔板隊は離陸せよ! タリス皇帝陛下の専用機は此処へ着陸為される。此れよりリーファ様の部下以外は一切此処への立ち入りを禁じる!』」
肉声と【念話】の同時発声を以ての伝達である。皆が走り慌てて配置に着き誘導以外にも次々と飛翔機やら飛翔板が飛び立って往く。
リーシャたちが唯唯其れを眺めて居ると、何時の間にかリーファ様が後ろに立って居た。
「ヒッ!」
「リーファ様、皆に連絡を?」
「ああ、運良く殆どのものが未だ留まって居て呉れて、残りも数名が少し許り遅れるだけで此方に向かって呉れて居る。どうやら、余り近衛を連れて来て居ない様だから、マリオンも警護に付いて呉れ」
「心得ました」
「ああ、お前さんたちも此処の代表だから迎えに並びなさい。姿を晦まさないように」
最近チェロルを真似て【気隠】の片鱗を見せつつある3人だが、ラクス様もリルミールも其の気が無い為ばればれである。
仕方無しにリーファ様に随ってイザベラ様が立つ広場へと歩み寄る。そして支持された位置に並び始めた処で、視界の端に複数の飛翔板が向かって来るのが目に留まる。
アリア殿下がいらせられたのである。確かに此の距離では、飛翔板で飛ぶのが手っ取り早い。
態態、離宮に在る飛翔機に向かうよりは、色々な手順を短縮できると謂うものなのだろう。
そしてタリス皇帝陛下が御機乗為される飛翔機が、ゆっくりと地上に降り立つのである。此れも亦誉れを頂くに値する、素晴らしい操舵の技術である。
簡易ではなく確りとした階段が素早く設置されると同時に扉が開き、近衛騎士たちが安全を確認しつつ出て来てから、頷き合って声を掛けると愈タリス皇帝陛下の登場である。
「皆さん! 我慢できずに来ちゃったよ!」
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修正記録 2017-07-27 18:35
見受けられるのだ。 → 目に映るのだ。
音の速度を越えた際に発すると云われる爆音かも知れませんわ。
↓
音を追い越した際に発すると聞き及ぶ爆音を出して来たのかも知れませんわ。
見える。 → 目に留まる。
飛翔板が手っ取り早い。 → 飛翔板で飛ぶのが手っ取り早い。
操縦 → 操舵の
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修正記録 2017-07-27 10:11
ルビを追加
此方に向かって、飛翔機が降りて来るのが見受けられる。
↓
、此方に向かって降りて来る飛翔機の姿が見受けられるのだ。
句読点を追加
若しかしたら → 若しかしたら彼の
余裕がある様だ。 → 余裕を見て取れる。
見ゆ。 → 見える。