150龍の嘶き
本来ならば、順当に考えれば、普通は、何の言葉も現状に於ては憚りを覚える不思議な事態である。
リーファ様の口添えから早期に開示される情報へ制限を設けれたのは、僥倖と云えよう。
ええ、勿論、リルミールの聞こえが悪い話を上層部迄で抑えるのが目的、と謂う訳では無い筈? である。
そして、ハンナ様は額に親指と人差指を当て支えるように唯唯、俯いて居るのだ。
「ええ、続け為さい」
現状報告を伝えに来た若い近衛騎士は皇太后陛下から促され、畏まって報告を続けるのである。
「御意に、ですので先程申しました酩酊した間諜の方は大体イザベラ様の憶測通りでしたと、それから引続き隊長格と云われる間諜の尋問を彼の場に居りました矛盾点から問い糾し、同時進行で別途彼の土地周辺で何か留まる理由は無いかと、土地主たちに問い質し調書を執りました。総合して得られた有力な結論は二重密偵であり、本来使者を通じて連絡を取り合う処を、此の間諜に使者を尾行されて邸宅に迄忍び込まれた様で御座います。元々内偵に依り忠誠も志も無い不逞の輩を選んで金を持たし、得た情報を話半分くらいの積もりで取り扱って居りました模様ですが、使者の密偵を尾行し剰え其の屋敷に忍び込んだ事から、三重密偵の可能性も視野に入れるべきかと存じます」
「帝国の密偵が仕事の後に尾行され尚且つ其れ気付かずに居り、更には直接纏め役の屋敷へ報告する愚を犯したと?」
「いえ、ハンナ様、どうやら貴族街で偶見掛けた為に、尾行に及んだとの事です。間諜の御業である【強聴】からして、彼の屋敷で機密を得て居る可能性も有りますので、此処数日の内に報告された情報を、唯今機密蒐集文官たちに問い質して調書を執って居ります」
ハンナ様は若干、溜め息気味の息を吐き乍ら次の質問へ移る事にした様だ。
「分かりました。それから、もう起こら無いでしょうけれどと念の為に付けた、巡回中のリルミールたちを監視する班からは何か報告が在りましたか?」
「はい、私たちも未だ未熟なリルミールに何か有っては大変だと、城壁には飛翔板の中隊を待機させ上空には飛翔板の小隊を飛ばし、何時でも救援に駆け付けられるよう体制を整えて監視に当たったとの事で御座います。何でも巡回部隊の中に感の鋭いものが居りますらしく此方の監視に気付かれたとも報告が上がって居ります。リルミールは此方に手を振って呉れたとか、実に微笑ましい事で御座います」
「ふふふ、彼の子らしいですこと。戻りましたら今朝のことも誉めて遣らねば為りませんね」
「ミグネア皇太后陛下や皆が其の様にリルミールを甘やかすと駄目に為って仕舞います」
「孫が私の近衛を誉めるのであれば同じく誉めて遣らねば恰好が付きません。そうでしょうアリア殿下」
「はい、ミグネア皇太后陛下、功績を立てたものを確りと誉めるのも、私たちの大切な努めですから。ところで、リルミール様は手を振って居られたのですわね」
「はい、御意に御座います」
「手を振られたからには私も誠意を以て応えなくては為りませんわ。ええ、午前中の催しを見逃したのですから、午後はちゃんと参加して確りと堪能しなくては為りませんわ。リルミールなら必ず何か為出かして貰えると、信頼して居りますのよ」
ハンナ様は片手で報告に来た近衛に下がるよう指示し乍ら、アリア殿下に物申すのである。
「……アリア殿下、報告を御聴きに為られてうずうず為されるのは拝察致しますが、先程エミリア様からの報告を聴く限りでは、今日はもう地底湖へ降りる事はありませんと予測致しますよ」
若干ぷるぷる震えるアリア殿下がエミリア様の方を見遣ると、エミリア様はこくりと頷いてから口を開く。
「はい、丁度、先食後の御歓談を為されていらせられる折にイザベラから連絡が入りまして、勝手乍ら潜泳機の新装備に必要な部材をルトアニアへ発注致しました、との事で御座います。後は殿下の御承認を頂ければ一部は夕刻ぐらいには、残りは数日後に届く予定と為るそうで御座います」
「直ぐに承認として必要な部材は総力を上げて用意して貰い為さい。そして音を越えて此処迄運ぶ事を許可しますと、上皇陛下には龍の嘶きが聴けますと御説明して置きますわ」
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修正記録 2017-07-26 10:15
幾つかのルビを追加
唯今問い質して
↓
、唯今機密蒐集文官たちに問い質して