143聖光
目の前は全てが真っ白だった。
否、細部には模様めいた凹凸が見受けられる。
此れは知らない天井だ。
其処には目を大きく見開き時偶ぱちくりと瞬くリルミールが横たわる。
「頭が重い様な……。うっ、起きると痛む。あっ、此の寝具は前に運んだ覚えが有るよ。うーん、喉が渇いた」
よたよたと覚束無い足取りで、窓の傍へと歩み寄る。
「あっ、彼派出所の屋上だよ! あたたたっ」
其処からは2階建て屋上付きの派出所が見えて居り、屋上にはでんとチェロルの飛翔機がのさばってる。
地上には所狭しと飛翔機が並べられて居り、彼らはアリア殿下配下の近衛騎士団に所属するものだ。
其の周りは要所要所に近衛騎士が配備され、厳戒な警備態勢を敷く物々しさが見て取れる。というか派出所の屋上に迄確り配置して、近衛騎士が睨みを利かせてるのだ。此れは派出所の中も近衛騎士団の休憩所と化して居るのだろう。
本来であれば此処の派出所は仮の司令部が設置され、有り余る空き地は当初の目的通りに集められた騎士たちの一時待機所と為る筈だった場所である。
言わずもがな近衛騎士団に延いてはアリア殿下に物申す奇特なものは居らず、寧ろ反帝国主義集団を誘き出す囮に為って呉れたと、感謝しても良いくらいであろう。
勿論、リルミールには関係なく与り知る処でもない為、其処には興味を示さず、取り敢えず場所が判ったと納得したらしく、ぷいと翻し部屋を出て往くのだ。
「あたたた……」
そんなリルミールが頭を押さえつつも、再び覚束無い足取りでよたよたと廊下を進み行くと、隣室の扉から話し声が漏れ聴こえて来るのである。
入ろうか否かと逡巡して居ると勝手に扉が開くのだからリルミールもびっくりだ。
「あら、リルミールさん起きたのですわね」
「わわっ、あたたた……」
「あらあら、大丈夫ですか? 此れが話に聞く二日酔いと言うものでしょうか」
ひょいと出て来たラクス様は心配する素振りは見せるものの、暢気にリルミールの症状を珍しがって見入るのである。
「ラクス様、私が診ます。リルミール様お加減の悪い所は何処ですか?」
「え、あっ、リーシャ様、はい、起きてから頭がずきずきと痛み声とか自分の動作にも障る感じです」
「はい、頭ですね。[聖光よ此処に在れ]」
「えっ!」×2
聖光と言えど他人の気力防壁を越えての直接干渉は行えないし、空気などに因る物質の減衰も起きる。何しろ顕現する前はどんな御業で在っても気の塊でしか無く、顕現しても性質は光なのだから遮るものがあれば届かないのである。
其れ故、自分を起点とし障害物を掻い潜って、目的の場所で顕現して光らせさえすれば、勝手に放射して其処彼処を照らし尽くして呉れるのだ。
リーシャは手を伸ばして直接リルミールの気力防壁を越えて近付き、頭を押さえる様に翳してから手に聖光を顕現したのである。
そして色取り取りに輝く聖光はきらきらしくて目に優しくない。
「噫、すうっと頭の痛みが抜けて行く。って否否リーシャ様も希少御業をお持ちでしたのですね。私初めて見ましたよ。凄い! 此れって【聖】の御業なんですよね」
折角、良い感じで封じられて居た暴走娘の調子は抑えらて居た分を取り戻すように乗りに乗って絶好調だ。
「ええ、私も滅多に見られないものを拝見できて感激ですわ。【聖】の属性は僅か乍らも治癒の効果が有ると云うのは本当でしたのね」
「ええ、【聖】の御業です。いやあ、此れと言って使い道も能く解ら無いので、其れ程のものでも無いですよ。リルミール様のお加減が良く為られたのなら幸いです。ふふ、さあ、戻りましょ今からお茶にするそうですよ」
「わあ、然う然う、喉が乾いて居てお茶が飲みたかったのです。直ぐに然う致しましょう」
「もうすっかり顔色も良くなって仕舞いましたわね。元気も普段より有るのではなくて? ところで此の聖光を酩酊状態のリルミールさんに使ったら、如何為って居たのでしょう」
リーシャの動きがぴたりと止まり、ぎぎぎとぎこちなく振り返ると、しどろもどろに話し出す。
「う、うん確かにね。使う価値は有ると思うよ。うん、でもね。仲間に実験めいた御業を試すなんてね。如何なのかなって……」
声が少しずつ小さく為って行き最後には口を噤んで仕舞う。
「……ええ、然う、確かにお酒は体を活性化して居るだけかも知れないですし、聖光が変に作用したら危ないわね。御免なさいね。変なことを訊いて仕舞って」
ラクス様は黙り込んで仕舞ったリーシャを執り成そうと必死に宥めるのである。
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修正記録 2017-07-19 10:11
「障害物を掻い潜って」追加
聖光を手に → 手に聖光を
平仮名推奨文字を漢字に変更
ルビを追加
取り留めようと → 執り成そうと