140日課
「ティロット、浮かない顔だがリルミールの事なら気にするな。判断としては間違って無いし、抑リーシャが小隊長として責任を以て指示したものだ。お前が気に病むのは御門違いってものだぞ」
先程からリルミールの髪をくしゃくしゃと弄い以て支えるリーファ様の方を、ちらりちらりと落ち着かない様子でティロットは確認してるのだから、復何ぞ溜め込まれても敵わないと謂うものだ。
若干逡巡して見せて居たティロットだが、漸く意を決して口を開く気に為って呉れた様である。
「あ、彼の! 日課の朝稽古を未だして居なくて、居ても立っても居られないのです!」
皆、腑に落ちると言うものだ。ティロットは何より稽古をしたいのだが、リルミールが此の状態である為に、何かしでかさないよう室内に閉じ籠もって居るのだし、外は未だ今朝からの騒動で落ち着かない儘である。
此の状況ではリーファ様に願い出るのを憚るのも致し方無い。そして此の言葉に反応するのがリルミールたるものだ。
「然う然う、私、ハンナ様に云われたのです。本来であれば今日は近頃とんと疎かであった近衛騎士たる訓練を、一日中して貰う積もりでしたと、そんな感じで。はい、それで、リーシャ様の小隊とも連携不足との事ですので、此の機会に御座なりたい所存で御座います」
お酒で意識が混濁して居る様に見えるリルミールであるが、リーファ様の連携不足と云う言葉は確り聴き取り手痛い処だったらしい。
「――くっ、難しいお題が来ましたわ! 御座なりは好い加減、適当に済ますですか?――」
「――前後から考えたら”補いたい”では無いかな?――」
「――もう此れは頓智の類いですわね。其れでしたら私も発言させて頂きますわ。”御座なり”と見せかけて”御座す”、詰まりは”居ます”から”戒めたい”で如何かしら? 其れ共、単純に”おざる”で”行きたい”になるのかしら……――」
「まあ、お前たちを此処に留めても無駄なのは確かだが、直ぐに連絡が取れそうで其れなり広い場所が正直思い当たらん。ああ、何方にせよ外は飛翔機が降りる場所に為って居るから使用禁止だぞ」
「リーファ様、石祠の入口周りはどうでしょうか? 荷物を置けるぐらいには広めに造って有るみたいですし壁や天井も頑丈そうですから、何か有れば直接、若しくは【念話】で連絡致しますよ」
「其れは有難い。済まないが然うして呉れると助かるよ」
「畏まりました」
矢張りイザベラ様である。準備や手筈を木目細かく気配りを以て仕切り通すのである。
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矢張りリーシャは岩を創るのである。
だが、其の数は何時もより多めである様だ。
そして、造形も人形や魚形といった唯の岩では無い、実感が伴える趣向を凝らしたものと為って居た。
勿論、ティロットはご機嫌さんである。
今日は中々斬り甲斐の有りそうな獲物と言った処だろうか。
「ティロット、全部を斬っちゃ駄目だよ。今日は私も鍛錬するのだから」
和やかだったティロットの表情が一瞬でぴたりと固まった。というか自分の事が絡むと手が込む辺りは些か……否、屹度今日思い付いた許りの新案なのだろう。
そして、リーシャは3m程の大きさである岩魚を前に、僅か許り自分の間合いの外へと位置して対峙するのである。
「はっ!」
心象を整え長刀を勢い良く振るものの、岩魚は傷一つ付く気配が無い。
3度目を振り終わると1つ息を吐き、ティロットの方を見遣るのである。
心の中では戦闘中なのだろうか。
動かない巨大蜘蛛を模った岩の前で、陽動を織り交ぜ乍ら近付き斬り付けて往く。
以前より若干斬撃が伸びたらしく、25cm程間合いより深く斬り付けた様に見受けられるのだ。
「ティロット、此れ以外全部斬っても良いよ!」
リーシャが目の前に在る岩魚を指差し乍ら叫ぶと、再び笑顔を取り戻し和やかに【剣技】を揮うのである。
若しかしたらリーシャは、先程ティロットが見せた表情の変化を気にして居たのかも知れない。
僅か許りの自分への蟠りが、此れで解消したのだろうか。
4度目の剣閃は岩魚を5cm程斬り付けたのである。
リーシャは喜びで今迄狭まって居た視界が急に開け、見えて無かった周りが見え始める。
遠くにはラクス様が此方を真似たのか水晶の造形物を其処彼処に創って居る最中である。
そして、其の一つをリーファ様監視の許リルミールが対峙するのだ。
「はっ!」
ふらりと揺れるように流れるように波を思わせる斬撃を放つのだから驚きである。
「わっ! 私初めて間合いより遠くに剣戟を振るえました」
見れば10cm以上は間合いより深く斬撃が入った事を窺える。若干リーシャが涙目なのは気の所為だろう。
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修正記録 2017-07-16 09:32
ルビを追加
幾つかの句読点を追加
事が窺える。 → 事を窺える。