135警邏2
其れは唯、朝昼晩に行う街の警邏であって、何かが起こる事は殆ど無いだろう。
壁の中の街であり通りで会うのは専ら同じ派閥の貴族か其の従者であるし、商人や荷物運びのものたちも偶には見掛けるが、皆其れ其れの目的地乃至関係先から許可証を発行された身分の確かなものたちなのだ。
其れは日課として定められた巡回という仕事だが、リーシャたちには騎士として騎士らしく騎士たらん姿を誇れる今の処唯一の任されたお役目である。
縦令安全と言われて居ても、リーシャたちが見廻る事で更に安心感が増すだろう。
颯爽と背筋を正し長刀や剣を携えて、未だ新品に近い騎士服に身を包み小隊と1羽と1人を率いて練り歩く。
ティロットがちらりとリルミールの方を見遣ると、其処には縦令見習いと雖も近衛たる騎士服に身を包んだ選ばれし騎士、皇族を守る精鋭として在るのだのだから、中身は彼でも凛凛しく見える。
早朝と雖も子供は居る様でリーシャたち一団からリルミールを見付け出すと「あっ! 近衛騎士様!」と燥ぎ出し憧憬の眼差しを向けて来る。
勿論、リルミールは目尻を下げだらしなく顔を弛めて仕舞うのだが、其れを見て居たティロットは珍しく悔しげな様子である。
其れも其の筈、リルミールの子供たちに憧れとして見られる其の姿は、正しくティロットが抱く自分の理想の姿なのだから。彼の弛んだ顔、少し前のティロットそっくりであるから多分間違いない。
「ティロット様、どうか致しましたか?」
口を真っ直ぐ一文字に結び顔を顰める様子に気付いたマギーは率直に訊くのである。
ベイミィなどは額に手を当て「其れは訊かないで上げて」と呟いて居る。
「ん、ん! 何か違和感と言うか其処だけ何かが存在しない様な所が在る気がするのだけれど、以前に此の感覚に似たものが在った様な……。あっ! タリス皇帝陛下が飛翔機で居りて来られた時に感じた喪失感かな! 其れが付かず離れずで在る気がして……」
「ヒッ!」
『リーシャ小隊長、警報笛を吹く事の許可を求めます』
「許可します!」
「ピーイィィ!」
ティロットが話し終わる前にマギーはリーシャに許可を取り笛を吹く。気の所為だったら不味いから確認しようとか、不審者なら自分たちで捕らえようとか、相手に気付かれないよう慎重に自然に振る舞うとかは正に愚の骨頂なのである。
実力がものを言う世なのだから其の差は激しく、相性や地の利も大きく影響する。何より派出所では不思議なことに最新鋭の飛翔機がずらりと並んだ末に、近衛騎士団が陣取り過剰に睨みを効かせて居るのだから、其れに釣られて実力を持つ不審者が偵察に来て居ても不思議ではない。
そして此処は警報を鳴らせば直ぐ様応援が駆け付ける場所、東門から300m程の所なのだから。
「全員警戒体制を執れ。ティロット、其の異質域は……見付けた! 南東に向かって移動中、所属不明、小型の飛翔板擬きを両足に嵌めてる! えっ!」
「チチチュン」
不審なものを目で追って居たリーシャを驚かしたのは其奴が突然に動きを止めて逆さ吊りに為ったからであり、リルミールが何時の間にか接敵して居るからでは無い。
勿論、メルペイクは突然と宿木さんが居なく為ったから苦言を呈して居るのだろう。
「リルミール様、近付かないで此方へ戻って! ティロット無力化をお願い!」
「[酒よ其に在れ]」
不審者は気力の通った木綿糸で作られた罠に掛かった様で、其の糸を必死に斬ろうとするのだが、次から次へと糸が押し寄せ四肢に絡み付き徐々に身動きが執れなく為って往く。
当然、地の利はマギーに有る。貴族の屋敷が集まる区画なのだから通りの周りは壁と庭園しか無いのだ。笛を吹き乍ら草木に紛れて木綿糸を予想進路に、仕込むくらいは御手の物なのであろう。
何より厭わしいのは気力が木綿糸の中心に隠れて居る為に、適性が無いと気付く事が難しいのだ。そして本来は入れない他人の気の領域であれ一続きの木綿糸は容易く侵入を果たすのである。
諦めたのか不審者は目を瞑り心象を固めようと、集中する素振りを見せる。
「何かの御業を使う積もりでしょう。リルミール様、じりじりと後退して居りますとお酒を吸い込んで仕舞いますから、取り急ぎ後退する事をお勧め致します」
空中に漂う酒の粒系因子は他人の気力圏に入ると制御を失うが、直前まで引き連れた風と共に流され不審者を覆い呼吸に由って吸い込まれて行く。
純度の高い酒精であるから少し吸い込むだけでも効果がある?
「げふぉっごっふぉ」
気管に入った様である。鼻水と涎でぐちょぐちょに為った不審者を見てリルミールは慌てて戻って来る。
「あ、ラクス様たちが此方に向かって来ましたね……」
リーシャの視界には飛翔板に乗った近衛騎士が20名程見えるのだが、其の後ろには飛翔機が4機と此処迄は分かる。更に後ろには皇太后陛下の近衛騎士団らしき部隊やら、第一騎士団らしき部隊も飛び立つのが、【遠見】で見えて仕舞って居るのだろう。
他にもクラウト中隊長が率いる部隊や、東門の部隊も駆け付けて来る事を考えると、実に頭が痛いものである。
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修正記録 2017-07-12 08:22
ルビを追加
「ピーーーー!」 → 「ピーイィィ!」
平仮名を漢字に変更
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修正記録 2017-07-11 08:07
ティロットはが抱く → ティロットが抱く
「素振り」を「素振り」と先ず読んでしまうのでルビを追加
リーシャの目前には → リーシャの視界には