129ひげ3
ラクス様は目の前が真っ青なのである。否、真っ青というよりかは浅葱色に近いだろうか。
何時の間にか視界の半分程を埋め尽くして居た其れは、微妙に傾げる仕草をする。
「ラクス様! どうか致しましたか?」
其れは頭部の髪であり、戻って来たティロットが立ち尽くすラクス様に、顔を近付けて覗き込んで居ただけである。
丁度入れ替わる様にリルミールは、ハンナ様に首根っ子の後ろをむんずと掴まれ、引き摺られ乍ら潜泳機の中へと連行される処であった。
ティロットが来る前はリルミールが覗き込んで声を掛けて居たのだが、其の花緑青色の髪が目の前で揺れて居たことには、とんと気付いて無かった様である。
「……いえ、何でも有りませんわよ。扨、次の段取りは如何為ってますのでしょう」
「あ! ティロット戻って来ちゃったの? じゃあ序でだから此れ運んで! 次は潜泳機の中で遠隔義腕の操縦用器具を取り付けたり調整したりするんだよ!」
「えっ! ……了解した!」
「先程と名称が違う様なのですが、何故なのでしょう?」
「? 腕の様に操縦する為の装置だからだよ! ティロットは此れと彼と……」
「あっ、私も運ぶの手伝います……わ」
視界の端にちらりと見えた此方へと近付く影が在る。ラクス様はギギギと音が聴こえそうなくらいのぎこちなさで其の方向を見遣ると、其処には静静とアリア殿下が歩いて来る姿が見えるではないか。慌てて礼を執る。
「ラクス、中々の寸劇でしたわよ。此れからも精進為さい」
アリア殿下は優しく然う宣ひて満足したのか、塗装の終わった潜泳機に未だ塗るものが在るらしく、側面に移動しつつエミリア様やリーファ様を伴い何やら話し合いが始まった様である。
呆気にとられたラクス様がぽかんと其の姿を眺めて居ると、チェロルとティロットは其の頼りない手に了解を得ずとも荷物を渡しさっさと潜泳機の中へ入って往く。
我に返った際、荷物が全て無かったら気まずいだろうという、或る意味彼女たち形の優しさなのかも知れない。傍目から見れば少し滑稽なものなのだが。
そんなラクス様の許へとベイミィが笑いを堪えながら近付いて来るのは、花壇づくりに精を出す振りをし乍ら此方を密かに窺って居たのだろう。
「ラクス様、此度は災難でしたわね。私やティロットが遠隔義腕のお話を伺いました時に髭と申せば、ご機嫌を損ねた機微を感じましたのですが、其の際に私とティロットは彼を髭と呼ぶ事に許可を頂いて居りましたのです。チェロルも恐らく其の様な計らいなのでしょう」
「はあ、其の様な経緯が有ったのですね」
ラクス様は何となくではあるものの、自分の陥った状況を理解し始めた様である。
「本来であればアリア殿下のラクス様に対する印象は、余り芳しくないものと為って居りましたわ。然し此れを覆す救世主が現れたのです。ええ、ラクス様も色々と聞き及びかと存じますが、アリア殿下に心の潤いを齎すと誉れを頂いた彼のリルミール様のことで御座いますわ。そして、ラクス様も見事に其の傍らを努めるという大役を果たしたので御座います。此れで印象は好転致しましたでしょう。誇って頂いても宜しいかと存じます」
ラクス様がリルミールとティロットの掛け合い万歳や、アリア殿下とベイミィの会話を聴いて居た様に、ベイミィもラクス様の行動を何となくではあるが理解して居たのだろうか。
それとも、リルミールが昼餉の後で自慢して回って居た話は、既に近衛騎士団中へと行き渡って居ると予測しての事だろうか。
何れにせよラクス様が今回ティロットの代役を遣ったと謂う事実は明白なのである。
リルミール劇場を聴き面白がって居た手前、自分も同じ立場に為って居たと知れば恥じ入る気持ちも増す様だ。
「態態、教えに来て頂き感謝致します。御蔭で事のあらましを理解できて納得いきましたわ」
確かに助かった。芳しくない印象を持たれるより遥かに増しである。だが然し何を精進せよと言うのだろうか。全てを知ったラクス様は死んだ魚の様な目をして、とぼとぼと潜泳機に向かうのであった。
其の遥か後ろではリーシャが和やかに顔を綻ばせ乍ら、葉を撫で水を遣って居る。
「――リーシャ様、未だ未だ花壇づくりは沢山在るのですわよ。さあ、きびきび遣って参りましょう――」
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修正記録 2017-07-05 08:26
ラクス様の目の前は真っ青である。 → ラクス様は目の前が真っ青なのである。
微妙に傾げるのである。 → 微妙に傾げる仕草をする。
花壇づくりをする振りをし乍ら窺って
↓
花壇づくりに精を出す振りをし乍ら此方を密かに窺って
助かりましたわ → 納得いきましたわ
確かに助かった芳しくない → 確かに助かった。芳しくない
句読点を追加
未だ → 未だ未だ
きびきび遣って行きましょう → きびきび遣って参りましょう