128ひげ2
がちゃりと内部で音がする。其れが遠隔義腕から聴こえて来るのは、此れ自体に付属する固定金具が発した音だからなのだが、ティロットがちゃんと潜泳機の内部に入って前方部の操舵席側から、固定金具を動かして呉れた事に他ならない訳だ。
「あっ、少しぶれて聴こえましたが、今のは此の髭からなのかしら? 音が、がちゃりと致しましたわよ。ティロットさんが向こうへ着いたという事なのですよね。其れで此の髭は確り固定できて居るのかしら?」
「――固定金具で髭の固定できたよ!――」
「了解だよ! 続けて2本目の髭を差し込むよ!」
「あら、少しぶれて聴こえると思ったら向こうの穴から、ティロットさんの声が聴こえるのですね。成る程」
実際の処ぶれて聴こえるのは【音感】持ちのラクス様ぐらいではなかろうか。
其れはともかく、其の様に言いつつも確りと次の作業と許りに、てくてくと2本目の遠隔義腕の所へ歩いて往くのだ。
そんなラクス様の許を目指し、そそくさと急ぎ足で近付くものが居たのである。
「ラクス様、ハンナ様からの伝言が在りまして聴いて頂けるでしょうか?」
直ちにと云われ逃げる様に急ぎ足で来たリルミールは、「直ちに」の使命を十分果たした訳である。
もう一仕事終えた気分で安心仕切って居る処だ。後は名称を説明するだけの簡単な任務なのである。
「ええ、一寸お待ち下さいませ。此の髭の取り付けを済ませてからでも大丈夫でしょうか?」
然う云い乍らチェロルがぷかぷかと浮かす遠隔義腕を覗き見て、付け根に有る固定金具を引っ込める。
既にチェロルは御業を使い其れなりの重量が有る遠隔義腕を浮かして居るのだ。
今の状態は刻一刻と気力を消費して居るし、重量の有る物体を御業で動かす時は、其れから目を離してはいけないと迚も危険な事だからと、散々ミルストイ学園で教えられて来たのである。
リルミールに取っては遣ってはいけない事を理解して、冷静に判断するくらい御手の物なのだ。
「はい、勿論です。作業中にも拘らずお手間を取らせて仕舞い申し訳ありません」
和やかに落ち着いて目下の作業を優先して下さいと伝えるのである。
「ええ、此方こそ私たちの都合に合わせて貰って感謝致しますわ。チェロルさん準備が整いましたので指示を始めますわね。んん、髭を後3cm程下げて貰えますか……其処! うん、次は左に2cm程……はい! ずれは……無いですわ。此の儘髭を差し込んで下さいませ」
僅か許り音はするものの殆ど支え無く、するりと入って行くのは2回目だからだろうか。否、ラクス様もチェロルも2人共【器用繊細】の御業を持って居て、其れを遺憾なく発揮し連携した結果と謂う事なのだろう。
再びがちゃりと音が聴こえわするものの今度はティロットからの完了報告が届いて来ない。
『ティロット様からの伝言です。固定金具で遠隔義腕の固定ができましたそうですよ』
「あら、イザベラ様から【念話】が届きましたわ。ティロットさんが固定を完了したそうですが、遠隔義腕とは髭の事でしょうか?」
「はい、然う、其の話をラクス様に伝えるようにハンナ様に言付かって参りましたのですよ。先程からラクス様が髭と申されて居るものは正確には遠隔義腕と言うのだそうですよ。アリア殿下から其の様に御教示を賜りました」
其の様なリルミールの言にラクス様は反射的に彼女が遣って来た方向、即ちアリア殿下たちがいらせられる場所を振り返った訳である。
そして、ラクス様は若干顔色を青褪めさせて涙目に為るのであった。
少し離れた場所で一部始終を窺って居たアリア殿下とハンナ様。勿論、エミリア様やリーファ様も此の場には居るのだが、我関せずの態を執って居るのだから今は関係ないだろう。
だが、予想外にもアリア殿下は晴れやかな顔をしてにこにこと微笑んで居るものだから尚恐ろしい。
「ハンナ様、リルミール様は矢張り素晴らしい逸材ですわよ。もう運命が彼女を輝かして居るのかも知れませんわね」
「……ええ、其の様で御座います」
片手で額を抑えて居たハンナ様は僅かに応える事しかできなかった。
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修正記録 2017-07-04 08:03
発揮して連携した → 発揮し連携した
もののティロットからの完了報告は → ものの今度はティロットからの完了報告が




