127ひげ
「ハンナ様、彼は髭ですよね。其れにしては大き過ぎませんか?」
「リルミール、態態髭を取り付ける訳が有りませんでしょう。貴女が変な事を言うものだから髭にしか見えなく為って仕舞いましたでは在りませんか。其れと髭の大きさに関しては泥を巻き上げ地を確かめ乍ら進む魚も居ますから、目の代わりとしてもっと長く発達して居る場合も在りますよ」
「あっ、ハンナ様、アリア殿下は彼処にいらせられますよ。あら、御機嫌が余り優れぬ御様子ですよね」
「口を慎みなさい。リルミール」
潜泳機からにょきにょきと出て来た2つの影は、チェロルとティロット序でにラクス様が加わり取り付け始めた遠隔義腕の絡繰りを見て、包み隠さず思った通りを物申した後にアリア殿下の許へ参上仕ったのである。
「……アリア殿下、承りました潜泳機の室内に植樹する件なのですが、ご意見を賜りたく御伺いした次第に御座います」
アリア殿下が若干ご機嫌斜めな様子では在るものの避ける訳にも訊かぬ訳にも行かないので、ハンナ様は意を決して目的を果たすべく突撃して来た訳である。
「今、チェロル様たちが取り付けて居られるものは遠隔義腕と言いまして、水底で発見したものを調査や採取し易いようにと造らせ持って来たのですわよ。ええ、構いませんわ。どういう要件でしょうか?」
ハンナ様は取り敢えず潜泳機に取り付けて居る最中の彼を、髭では無く遠隔義腕と呼ぶ事にした方が、アリア殿下の前では無難であると理解した様である。其れくらい察せずに如何して近衛隊長たり得る。
「はい、植物を置く場所は決まりましたのですが、其れを植える容器を如何するかで判断に詰まりまして……」
「ああ、鉄の容器だと環境に依っては錆が出易いですし、普通の陶磁器の類いですと潜泳機が衝撃を受けた時に砕けて乗員を危険に晒しますわね。それでしたら【岩】持ちが飛翔板の作成に使って居られる技術の精密磁器型六角多孔を……六角多孔は無くても宜しいですわ。然うですね。リーシャ様は……忙しそうですから潜泳機の中にミーアが居りましたでしょ? 飛翔板に使って居る砕け難い特性を持つ精密磁器の材質で、植樹容器を創るように指示為さって貰えば宜しいですわ」
「はい、有用たる叡旨を賜り感謝致します。ミーア様は唯今潜泳機の中で室内の装飾作業をして居りましたから、其の儘植樹作業も手伝って頂きましょう。ああ、装飾の方は植物への水遣りに配慮して頂くよう既に声を掛けて居ります」
アリア殿下はゆっくりと頷き、其の御尊顔は御機嫌麗しくハンナ様も胸を撫で下ろすのだが、遠くから何やら不穏な会話が聴こえて来るのである。
「――チェロルさん、此の髭ですが今の大きさでは取り付け口に入らないみたいですわよ――」
「――うん! 其れはね! 髭の付け根の所に有る固定金具が、出た儘に為ってるからだよ! そろそろ、ティロットが潜泳機の中に着いて待機してる筈だから、固定金具を引っ込めて其の髭を差し込んで呉れたら、中に居るティロットが固定金具を戻して呉れる手筈に為ってるんだよ!――」
「――ええ、分かりましたわ。髭の付け根に……ええ、有りましたわ。此れを引っ込めて……はい、髭を右にゆっくりずらして見て下さい……其処! 其の儘真っ直ぐ押して下さいませ――」
すると復もやアリア殿下が御冠へと為って往くのだ。ハンナ様は此れ迄の経緯を鑑みて、チェロルがティロットに指示を出して居る処迄は大丈夫だが、身内と言うか近衛騎士のラクス様が髭と発言するのは駄目らしいと判断したのか、リルミールに指示を出す。
「リルミール、直ちにラクス様の許迄行って、其れは遠隔義腕と言うのですと教えて差し上げなさい。其れだけで直ぐ理解為されるでしょう」
「は、はい、直ちに参ります」
流石のリルミールも事態を察した様で深刻に受止め急ぎ足でラクス様の許へ向かうのであった。ええ、アリア殿下とハンナ様の雰囲気がやばいので逃げる為に、慌てて其の場を立ち去った訳では無い筈である。多分……。
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修正記録 2017-07-03 08:36
ハンナ様は取り敢えずアリア殿下の前では潜泳機に取り付けて居る最中の彼は、髭では無く遠隔義腕と呼ぶ事にした様である。
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ハンナ様は取り敢えず潜泳機に取り付けて居る最中の彼を、髭では無く遠隔義腕と呼ぶ事にした方が、アリア殿下の前では無難であると理解した様である。
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