126土いじり
其れは偶作業場に在ったからと、最新技術を盛り込んだと謂う特別な塗料を使って柄の部分に塗装を行い、一見した処刃物と思わせる其の先には何やら透明できらきらと光を反射するものが埋め込まれて居るのだ。
其れは元々、リーシャがチェロルに【砂鉄】の御業で造形をして貰い、メルペイクに【鉄】の御業で具現化して貰った鉄製の移植鏝で、柄の部分は軽くする為に強度を維持しつつも中を空洞とした自信一品だったそうである。
そんな移植鏝を持ちマギーとベイミィを伴って意気揚々と花壇づくりを始めようとした処、アリア殿下に待ったを掛けられた挙句に移植鏝を取り上げられて仕舞い、先程述べた通りの姿に成り果てて戻って来た訳である。
「どうぞリーシャ様、イザベラにも協力して貰いまして、岩ですら簡単には負けないものに仕上がったと自負して居りますのよ」
「勿体無き御心配りを賜り、恐悦至極に存じます」
とは云うものの戻って来た移植鏝は、何故か所々にきらびやかな装飾まで施され、実に土弄りに興じ難いものである。
リーシャがすっかり変わった移植鏝を持ち乍ら、ぽかんと其れを眺めて居るとベイミィが物申して来る。
「抑、リーシャ様は移植鏝を使わなくても、【土】の御業を以て土いじりは自由自在ではありませんか。況してマギーが居りましたら態態掘って種を植えなくても土に置いて水さえ遣れば見る見るうちに根を張り立派に成長致しますでしょ」
「ベイミィ様、其れはリーシャ様が未だ御業が不慣れな幼き頃から、サリア様と一緒に移植鏝を持って花壇を整えて居りましたのです。其の時からの癖で庭弄りの際は、使わなくても必ず移植鏝を手に握り締めて居ないと落ち着かない様なので御座います」
リーシャは、えっ! 違うよ。ちゃんと使ってるよ。と訴える目をマギーに向けるが、すっと目を逸らされるのである。
何しろ植樹帯? まあ、花壇は廊下や作業場と未だ未だ設置する場所は沢山在るのだから、リーシャの楽しみに付き合っていたら直ぐに日が暮れて仕舞うと謂うものだ。
リーシャは壁の端っこで床岩を掘り下げてから、削った岩を其の儘周りに盛り上げ囲いとして行く。
すると透かさずベイミィは介入の余地すら与えず空いた場所へ土を盛り、其処へマギーが種を蒔いて行くのである。
「[土よ其に在れ]」
其の余りにも早い行動は、リーシャが岩を成形して納得の行く形へ整ったと思った矢先に、土が出現して仕舞う訳である。
長年リーシャと共に行動して過ごし、其の機微を悉に感じ取れるベイミィだからこその芸当だろう。
リーシャが目をぱちくりさせて居るとマギーが声を掛けて来る。
「リーシャ様、種を蒔いた所の土に水を注いで頂けますでしょうか?」
「え、はい、[水よ其に在れ]」
マギは水が注ぎ終わるのを見計らって次々と花や観葉の植物らを育てて行く。リーシャの手元に在るきらびやかな移植鏝は矢張り握り締められるだけであった。
「さあ、リーシャ様、次は廊下の中央ですわよ。未だ遠隔気力通話器を設置して在る部屋や作業場も残って居りますから、急がないと今日中に終われませんわ」
「う、うん、然うね判った。此処は一寸範囲が広いかな。然う言えばマギー植物の種って、そんなに持って来て居たの?」
「ハンナ様から少し譲って頂いて居りますし、……ええ、丁度折よくメアリーさんが此方に来られた様です」
「マギー様、ご注文為されて居りました植物の種が色々と通い箱に届きましたので持って参りました」
「態態有難う御座います。はい、確かに間違い有りません」
因みに通い箱とはメアリーがもう一人の侍女ラエルやルトアニアの宮城へ、定期的に【瞬間転送】を使い送っては回収する事を繰り返して居る小箱であって、手紙や小荷物などを入れて遣り取りをして居るものだ。
「――彼で宜しかったのですか。リーファ様?――」
「――ええ、アリア殿下、何でもベイミィ曰くリーシャは適性御業も関係しているのか、昔から庭いじりが大好きらしく下手に余裕を与えると顔を綻ばし葉っぱすら撫で始めるとか。然ういう事は一度植えさえすれば何時でもできるのだから遣ることを遣ってからにして頂きますとの話ですから問題無いと存じます――」
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修正記録 2017-07-02 08:57
句読点を追加
謂う塗料 → 謂う特別な塗料
元々は → 其れは元々、
自信作だ → 自信一品だった
前述の → 先程述べた通りの
宮城 → ルトアニアの宮城
箱 → 小箱
小荷物などの遣り取り → 小荷物などを入れて遣り取り
のだ。 → ものだ。
庭いじり大好き → 庭いじりが大好き