122とんと忘れて
前回の続きから少し被って始まります。
「チィバチィバ!」
「えっ? うわわ、何? 何なの?」
「ヒャッ! リーシャ様、動かれると盾に為らないんだよ!」
「――リーシャさん、チェロルさん大丈夫でしようか?――」
少しくぐもった響く声が聴こえて来る。
尾鰭の付け根下と言うより腹から尾柄に掛けての斜めに迫り上がった部分、其の少し右側に其れなりに大きい穴が空いて居るのだ。
リーファ様は「ぽん」と手を叩き何やら思い出した様子で語り出したのである。
「然う然う、先程、アリア殿下に拝見させて頂いた図面は、此処の加工取付け図が載って居りましたのですが……確か目的が加工後の鍍金や塗膜の剥がれを、いえ僭越でありました。お忘れ置き願います」
然うは云うものの其の前に零した台詞は、多少は違えどアリア殿下の言であるのは間違いないのだ。ばつが悪い処では在るけれど其れよりも中の状態を確かめるのが、先ず遣るべき事だろう。
「リーシャ様、チェロル様、無事で在りますでしょうか?」
「――え、あ、はい、アリア殿下、此方は無事で御座います。驚きは致しましたが、穴を開けた後に【水】の粒系因子で穴と外の状態を確認して居りましたので、限り限り水の膜を張って被らずに済みました。チェロルも私が盾に成る位置に居りましたから問題御座いませんでした――」
「然うでしたか。無事で何よりです。私も安心致しましたわ。今回の事なのですが「――ヒッ!――」……」
チェロルは感が良い。過去の恐ろしい記憶が呼び覚まされる糸口・仔細に気付いたのだろう。其の意を汲んでなのかリーシャが間髪を容れず話し出すのである。
「――其れなのですがアリア殿下、具申させて頂いても宜しいでしょうか?――」
「ええ、何でしょうか?」
「――実は私つい先程にハンナ様より、アリア殿下が此の潜泳機の外壁を塗装遊ばされていらせられると、伺った許りなので御座います。其の事は丁度周りに騎士様方がいらっしゃいましたから、間違いない事を確証頂けると存じて居ります――」
実際の処つい先程と言うのは当て嵌まらないのかも知れないが、此れ許りは本人の感覚でしか無いので、結局の処は言い様次第なのだろう。
「――そして、私めは外で塗装中にも拘らず、其の事をとんと忘れて外へ通ずる穴を開けて仕舞ったが為の間抜けな事故で御座います。若しアリア殿下が私めの事で御気に病まれていらせられるとあれば、とんでもない事と恐縮の至りで御座います。どうか御気に為されぬよう頂けたら恐悦に存じます――」
リーシャは復例の如く、儀式めいた所作で謝られては敵わないと、早々に全て自分の失敗だと結論付けた訳である。
「リーシャ様の心遣い痛み入ります。予定では2基の推進機関を据え付けるのですから、確か此の隣にもう一つと腹鰭の手前に一回り小さな穴を左右3つずつ穴を開けるのですわね」
「――はい、仰せの通りで御座います――」
「では、其れが終わりましたら復連絡して貰えますでしょうか?」
「――畏まりました――」
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扨、厳重で丁寧な梱包の中身とは水推進機関でも遠隔義腕の絡繰りでも無い様である。
其れは今迄ミーア様、イザベラ様、ラクス様の3人が手分けしてえっちらおっちら潜泳機の中へと運んで居た訳なのだが、先程漸く全て運び終え其の一つの梱包を唯今解いて行る処なのだ。
うん、此れは駄目な奴だね。其れは丁寧で豪華な装飾が施された絢爛な椅子であった。此れを全ての座席と交換する積もりなのだろう。
そんな事をされたら座り難いこと此の上ない無いのだが、其れ以上に嫌な予感がするのである。
ベイミィは操舵席を外しに来たラクス様を捕まえて訊いて見る事にした様である。
「ラクス様、彼の様な豪華な座席を今の操舵席と取り替える事には意味が在るのですか?」
「ええ、今回も含めて此れから皇族の御方が同乗為される機会が増えるだろうと謂う予想もありまして、私たちにも落ち度が無い様にと文官の方々が手配して呉れましたのよ。何でも以前に慌てて用意した経緯が在ったとかで、信頼の挽回も含めての事らしいですわね。ああ、地底湖の事は予想外でしたから、皇族の方を乗せる機会は其れ程多くないと思いますわよ。まあ、但、タリス皇帝陛下は間違いなくいらせられて御乗り遊ばされるでしょうね」
ベイミィもティロットも血の気が引いて行くのであった。
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修正記録 2017-06-28 08:26
サブタイトル変更 122謝らせる訳にはいかない → 122とんと忘れて
一つを解いて行く。 → 一つの梱包を唯今解いて行る処なのだ。
皇族の方が → 皇族の御方が
句読点の追加
に為られる → 遊ばされる