118警邏
リーシャは「失礼な!」と声を大にして言いたかったに違いない。だが然しである。正直、自分でも派出所周りは物騒で物々しい雰囲気であると思うのだから、同じ立場なら此の区画に入る事すら御免蒙りたい処であろう。
そして何より大変助かる取り回しをして呉れて居るのだ。感謝してこそあれ文句など言えないのである。
「其れはお心遣い痛み入ります。私も此の事態で在りますから、街のことが気に掛かって居りました。此の様なときこそ街を警邏するのが管轄騎士で在るのに、腑甲斐無いこと恥ずかしい限りであります」
「ああ、其れは気にしないで良い。先程も申したが貴官たちの事情と言うか傍から見る限り、演習とて彼の様に物物しい許りか彼はルトアニア王族に使える近衛騎士団だと判る。一応、断って置くが私はルトアニアの貴族系列だから、貴官たちよりルトアニア王族を敬う立場に在るからな。話しは逸れたが今、貴官たちは此処を巡回しに来て居る事すら無理を強いて居ないか? 私はルトアニアに礼を尽くすのが当り前で在るし貴官たちを補助する立場にも在るのだ。良ければ彼の騎士団の演習中は此処の巡回を我らに任せて貰えないか? ああ、派出所周りには近寄らないぞ」
ルトアニア貴族と言うだけあってか、派出所に触ると危険な皇族の御方が御座すと薄々勘付いて居るのかも知れない。
殊更に強調して近付かない事を明言して居るのは其の為……否、近衛騎士たちの並みならぬ気迫を見れば誰とて怖気付くし関わりたく無いだろう。
「いえ、然し……はい。其のご提案、受けさせて頂きます」
「感謝する。此れで私のルトアニア貴族として、第二騎士団で此の区画を任された中隊長としての顔が立つと謂うものだからな。では巡回を継続させて貰う。貴官たちは戻り今為すべき事に当たって呉れ」
「はい」×5
互いに礼を執って別れ往く。本来、中隊の管理区とは言え正式には小隊に任されて居り、中隊が出しゃばるのは越権行為に当たり小隊の顔を潰すことに繋がるのである。
だが、クラウト中隊長は建前を2つ用意して尚且つ朝から定期的に中隊長率いる小隊が巡回して居た失態を御破算にする提案を用意した訳だ。
そして、此れから復もや地底湖へ向かうことを鑑みれば、継続して巡回して貰うことは大変に有難いものなのである。実際、昼餉すら未だなのはティロットの下がった眉尻を見れば一目瞭然なのかも知れない。勿論、初見でチェロルが居るのは判っても認識するのは難しい。
ああ、因みにマリオン先生は指導官的な立場の方だとして黙認されて居る。指導官の場合、特に問題や危険が無い限り口を挟まないのが通例であるのだ。
まあ、新米小隊は赴任した時に最初から指導官が就いて居ることが当り前であって、リーシャたちの様に未だに指導官が存在して居ない……否、第二騎士団とは関係ないが指導員としてリーファ様とマリオンは就いて居るから良いのか……な。
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「あ、エミリア様」
「ああ、戻られたのですね。もう食事の用意ができて居りますから済ませて仕舞いなさい」
然う云いつつ服を直して貰うのは、何時もの事乍らもリーシャは気恥ずかしい限りである。
「有難う御座います。先程、巡回へ参りました折に此処の区画を束ねる中隊長のクラウト・デンバンサー様に遇いまして、此処で近衛騎士団が演習して居る間は、街の巡回を中隊長率いる小隊が補って頂く提案を受け了承しました。就きましてはクラウト中隊長が此の区画街を巡回して居る事を、ご理解頂きたく申し上げた次第です。あ、派出所周辺には近付かないそうですよ」
「ふむ、相判った。デンバンサー公爵家の子息か。確かに我々が此の地に居れば、周辺街の巡回を戒厳するべきだろう。そして、管理下で在る此の区画にルトアニアの近衛騎士団が来て居るのを認識して、自ら警邏に当たり此処には敢えて近付かない。まあ、及第点といった処か」
「? 若しかして敢えて此の状況を利用して試されたのですか」
エミリア様は少し真面目な顔付きをしたかと思えば、
「其れだけ期待されて居ると謂う事なのかも知れないな」
と云われるのである。
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修正記録 2017-06-24 07:16
まあ小隊に赴任時 → まあ、新米小隊は赴任した時
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近付かないそうです」 → 近付かないそうですよ」