117緩んだ?引き攣る?
巨大貝の成れの果て包み込んだ氷共、ご機嫌さんでバルパルがぺろぺろと舐め耽る頃、所変わって作業場では誰ぞに褒められたのかティロットが、にへらとだらしなく顔を緩めてる。
「ええ、ティロット様が行使為される【酒】の御業は多様性の観点からも、重要な位置を占めて居ると証明した事に成りますわ」
「アリア殿下、閑談の遑を遮って申し訳在りません。唯今、上の来賓室にて食事の準備を整えさせて居りますので、此れから施設に向かえば丁度宜しい頃合いかと存じます」
アリア殿下の快談を中断したのはリーファ様である。まあ、其の様な事をできるのは此の方とハンナ様ぐらであろう。
「ええ、其れは構わないのですが、リーシャ様やマギーさんを待たなくて宜しいのですか?」
「はい、問題有りません。此方に立ち寄ったのは彼の子たちを待つ為では無く、遠隔気力通話器にて上の施設が安全で在るかを確かめる為で御座います。其れに此れから上へ通じる石祠の階段迄向かえば、遭えるかも知れませんし一応は階段下にマリオンとチェロルを残して行きますから御安心召されよ」
「然うなのですか、其れでしたら組んで貰いました段取り通りに励行致しましょう。腹ぺこさんも居る事ですしね」
「其れではアリア殿下、私は小隊の指揮に戻らさせて頂きます」
「ええ、有意義な一時でしたわ。ハンナ様」
「此方こそ、勿体無き御言葉、恐悦に存じます」
勿論、アリア殿下の蘊蓄を聴いて喜ぶのはハンナ様ぐらいである。そして、復、此の内容を自分なりの考えに昇華して何処かで尤もらしく伝え話すのだろう。
「――ティロット様、褒められて顔が緩む様では騎士なんて未だ未だですわよ!――」
「――あうっ――」
「……貴女は其れ以前の問題ですよ。リルミール」
「い、何時の間に来られたのですか? ハンナ様」
「食事の為、上へ一旦戻りますから護衛の配置に就くようにと、声を掛けに来たのですよ。其れ以前に叱って居た筈なのですが、何故貴女の顔はでれっと緩むのですか?」
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暗闇の地底湖を西と東に灯された懐中気灯の明かりが、ぱっぱとちらついて居る。どうやらリーシャとマギーが戻って来た様だ。
「あら、マギー、石祠の階段が在る下辺りに懐中気灯の明かりが見えるよ」
「然うですね。昼餉の刻を過ぎて居りましたから、アリア殿下は先に食事に向かわれたのかも知れません。丁度、懐中気灯の点滅で簡易連絡を知らせて来て居りますね。本営、先行、ですか予想で大体合ってそうですね」
「私たちは上がったら先ず区画街の巡回をしに行きませんとね。今朝も中途半端にしか回れて居ませんから、余計にきっちり回りたく為りますよ」
「確かに然うですがアリア殿下が復、此処、地底湖へ来ることを望まれるでしょから、ゆっくりとは回れないかも知れません」
「はい、私も其の意見に賛成です。兎も角マリオン先生に相談して大急ぎで巡回しないとですね。あっ、丁度待って居て呉れたのがマリオン先生だよ!」
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地上に辿り着いて早々にリーシャはリーファ様に了承を得て、小隊の皆とマリオン先生付き添いの許、街へと巡回に繰り出したのである。
「リーシャ様、彼処に見えるのは……」
「はい、マギー私も確認できて居ます。何故、彼の方たちは此処に居るのでしょうね」
貴族街で徒党を組んで練り歩いて良いのは、基本的に第二騎士団の担当小隊だけである。関係ない騎士隊が日頃から練り歩いて居たら、不審なものたちとの判別が付け辛く況して徒党を組んで屋敷を襲われでもしたら一大事である。
但、今、彼処に居るものたちは一応は此処の担当騎士でもあるのだ。何せ其の1人は此の区画街を含めて担当する中隊長クラウト・デンバンサーなのである。
「此れはクラウト中隊長殿、何故此方の区画街に来られたのですか?」
「ああ、リーシャ小隊長、其方が目下の処、非常事態で対応に追われ乍らも時間を割いて警戒任務中だと理解して居る。一応情報として伝えて置くと、宮殿より此の区画で近衛騎士団に依る演習が行われて居ると連絡が入って居る。此の事から私の担当して居る他4区画には、不審なものたちが偵察に入り込まないよう、巡回を強化する旨通達して居るのだ。それで、肝心の此処で警戒が疎かに為らないようにと私が直接巡回をしに来て居た訳だが。勿論、貴官の派出所には近寄りはして居ないぞ。彼の様な物騒極まりない場所に近寄る事など有る筈が無い」
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修正記録 2017-06-23 07:42
句読点を追加
ルビを追加
区画街を担当する → 区画街を含めて担当する
為らないようと私が直接巡回を → 為らないようにと私が直接巡回を
「対応に追われ乍らも時間を割いて」追加