116手料理ですか?
暗闇に二条の光が照らし揺らめく地底湖を泳ぎ行行たるバルパルは、遂に其の入江へと誘われたのである。
「メイリア神官長殿は地下の部屋にいらっしゃるかな?」
「取り敢えず右の浅瀬に岩板を引き揚げて置きましょう。リーシャ様」
其処は以前にバルパルが仕留めた魔落を置きたる場所と略変わらない、そんな入江の浅瀬へと「ガガガ」と音を立て乍ら岩板ごと引き揚げて、水際を少し越えた所に置き据えたのである。
バルパルは岩板がびくともぜずに留まって居る事を確認して満足したのか、ついと立ち上がりて地下通路の階段を目指し横穴へちょこまかと歩き始めた。
リーシャとマギーは飛翔板を何時もの如く横穴の右壁へ立て掛けて、バルパルが進み往く横穴を懐中気灯の明かりで照らし見ようとしたのだが、何やら向こうからもちらちらと懐中気灯の明かりが見え隠れするのである。
「ぴゃあぁ」
「あらあら、やけに大きな音がするものだから何が起きたのかと見に来たのですが、お客様だったのですのね。ん、何? バルパルはそんなに急かしてご飯でも貰えたの? あら、リーシャさんにマギーさん今日は如何いったご用件かしら。先日は有難うね」
マギーは後ろで控え軽く礼を執り、リーシャが代表して話し始める。
「メイリア神官長殿、どうも、お騒がして申し訳ありません。今日はバルパルに与える貝の魔落を運んで参りましたのです」
「あらまあ、其れは態態御苦労様です。ん、貝ですか?」
「はい、貝です」
「……判りました。兎も角見てみましょうか」
バルパルと共に横穴から出て来たメイリア神官長は、岩板にどっしり載った巨大な貝の魔落を見遣り、少し許り顔を引き攣らせるのであった。
「ぴゃあぴゃ」
「……ええ、確かに貝の様ですわね。バルパル、早速味見したいのは分かるけれど、そんなに急かさないで呉れるかな。此の大きさだと復食べ過ぎに為っちゃうでしょう。私は余り断面を見たく無いのよね」
「びゃぁあ」
「中身は其れ程詰まって無いと云いたいのでしょうか?」
「多分、然うでしょうね。バルパルはどうせ貝殻迄齧る積もりでしょうから、余り関係無いですわよ」
「うわー、確かに其れは余り見たく無いですね」
「[氷よ其に在れ]」
メイリア神官長はゆっくり丁寧に芯迄冷えるように強く念じて行く。そして暫く経つと巨大な貝はすっかり氷で包まれて居た。
「リーシャさん此の貝を斬って貰う事はできますか?」
「うっ」
リーシャが片手に持つ長刀は長い刀では無く柄の長い刀なのである。刀の部分は約50cm、リーシャの腰に差す儀式用の剣も同じか其れより短いかも知れないのだ。
そして、巨大貝の太さは明らかに其れより倍以上は有るのだから縦令裏表と返し返し斬っても中央が斬り残って仕舞うだろう。
勿論、剣技や武技には実剣より長く斬り裂く業が在るのだが、之はティロットが漸く日頃から岩を斬って鍛錬した成果として、20cm程長く斬れる様に為った許りである。ええ、言わずもがな、リーシャは未だ業の顕現に至って居ないのである。
リーシャは今更乍ら朝の訓練はティロットと一緒に岩を斬ろうと、口を一文字に結んで誓うのであった。
「リーシャ様、丁度できた許りの新技を一度試したいと思って居た処です。宜しければ其の役目を私奴にお任せ頂けないでしょうか?」
「え、はい、其れではマギー宜しく頼みます……」
「畏まりました」
マギーは先程の麻紐とは違い細く白い糸を取り出した。木綿糸の類いらしき実に貧弱そうであり、そんなものでは流石に巨大な貝は持ち上げられないだろうと思われた。但、若し其れが黒い糸であったなら、木綿糸を取り出した事すら気付かなかっただろう。
其れは手から瞬く間に放たれ巨大貝を縦に一周回ると、ついと此方へ戻って来る。
手元に寄せた糸の両端を素早く結び合わせたかと思えば、其れを物凄い勢いで回し始めたのだ。勿論、傍から見ればマギーの袂から真っ直ぐ伸びる二条の白い糸としか判らないのである。
「キィンッ」
「え!」
「あらあら、此れは凄いですね」
木綿糸はマギーが下がり乍ら引くと同時に何も無かったが如くすっと手元に戻って来る。本の少し許り音が聴こえるから、何とか木綿糸が巨大貝を斬り分けたのだと理解する。其れを別の位置からも繰り返し4つに切り分けたのだ。
「御粗末様で御座いました」
マギーはぺこりと礼を執るのである。
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修正記録 2017-06-22 06:46
伸びる白い糸 → 伸びる二条の白い糸
「キィンッ」追加
「本の少し許り音が聴こえるから、何とか木綿糸が巨大貝を斬り分けたのだと理解する。」追加
別の位置から繰り返し → 別の位置からも繰り返し
マギーぺこりと → マギーはぺこりと