114お酒は駄目です
ティロットは其れを見遣りて、むうっとして仕舞い。不本意だと言わん許りの表情を見せる。
ハンナ様とマギーさんが引き揚げた其の物体は、どうやら6mは有りそうな巨大な貝の魔落である様だが、ティロットが狙って居たものは此奴で無く魚の魔落と謂う事なのだろう。
「貝であれば敵意を出す直前迄、泥に埋もれて居た可能性も有りますわね。水中を御業で探索して居いたリーファ様もリーシャ様もチェロル様も、そして狙われたティロットの傍らに居たエミリア迄もが気付けなかったのですから」
引き揚げられた巨大な貝を眺めつつ、アリア殿下は尤もらしく所見を述べるのである。但、少し許り角が立つのも確かで、リーファ様が捕捉する形で纏め上げるのは流石と言うべきなのだろう。
「其れを言われると立つ瀬が無いのですが、此方の索敵に掛からないのは、矢張り厄介ですね。早めに無事対処できたと喜ぶべきなのでしょう」
「ええ、勿論です。此方も少々驚いて居るのですわ。態と誘い出したもののまさか御業で確認済みの領域から現れたのですから……まあ、泥の下と考えれば領域外なのですが、然ういった事も有ると認識できた事が大きいかと思いますわ」
「え? 一寸御待ち頂けますか、アリア殿下。今誘い出したと仰られましたか?」
「え! ええ、エミリアも態と囮として動く事で、警護を確かとする大役と称して居りましたよね? 魚を誘う動きが在ると聴きまして、其れを習いエミリアが実践する運びと相成り、之を提案しようとした処で、此度の騒動と為ったのですわ」
「御意に御座います」
「詰まり提案前に行った一寸した実演で、今回の強襲騒動に発展したと謂う事ですね」
「まあ、有り体に言えば其の通りですわね」
「成る程……然し其れでは効果が有りすぎて迂闊に使えませんですね。ですが準備さえ確り整って居れば、其れを使って以前より安定的に事が運べるのは確かです」
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巨大な貝の魔落は其の姿を水上に曝け出したものの、ぴくりとも動かずに唯貝殻の隙間からぐたりとだらしなく乳白色の舌の様な、触手なのか口なのか判らないものが垂れ下がって居る。
「――ハンナ様、此の魔落は純度の高い酒の原料を大量に吸い込んだ為、動けなく為って居るそうです。酒精が抜ければ復動き出すかも知れませんから締めて置きましょうか?――」
「――ええ、然うですね。急所が何処か判りますか?――」
「――はい、此の形であれば何度か調理した経験が有りますから、大体ですが予測できると思います――」
「――調理ですか……――」
「ティロット、浮かない顔をして如何かしたの?」
酒精を帯びた魔落へと齧り付きに行かないよう、未だバルパルを抱え抑えて居るリーシャなのだが、そんな片手間でも十分な状態であれば他にも気を回せるみたいである。
「あ、リーシャ様! ……頑張ってバルパルの食事を用意しようとしたのですが、此の様な腑甲斐無い結果と為って仕舞って!」
「否否、十分だと思うよ。斯う遣ってバルパルに制止を示して置かないと、自ら止めを刺しに向かい兼ねない状態だから、餌として認識して居る筈だよ」
「ぴゃあ!」
「そ、然うかな!」
「うん、獲物を前にした目だよね。此れ。と言うかチェロル、何で貴女迄抱きついて居るの? 私は制止して居るだけだけど貴女みたいに直接抱きついたらびしょ濡れだよ」
「リーシャ様が抱えて居る様に見えたから我慢できなく為って!」
「取り敢えず風邪を引くから一旦止めて乾かし為さい」
「うん!」
「バルパルもう少し水に浸からせて置けば酒精も薄まると思うから……ああ、若しかしてティロット、彼の魔落に入った酒精を消せる?」
「生命活動が停止して居れば気の防壁も消えてる筈であるから、遣って見ましょう!」
「マギー! 先ちらっと聴こえたのだけど、此の貝を締めるの終わったかな?」
「――はい、リーシャ様、先程剣を刺しましたから直に活動を停止するでしょう――」
「判った。今からティロットが魔落から酒精を抜いて呉れるのだけど、特に問題は無いよね?」
「――はい、御業で酒精が抜けるなら、完全に活動を停止した事の確認もできるので問題はありませんですよ――」
「ん、ではティロット、早速遣って見て」
「いざ! [酒よ其から去ね]」
「如何かな?」
「成功致しました!」
「あっ……」
「――え? 何かしら――」
「――ハンナ様、如何やらバルパルが触手に噛み付いて、引っ張って居る様で御座います。多分、神官長へ見せて食べる事に許可を貰いたいのだと存じます――」
「ハンナ様、マギー御免なさい。直ぐに軽岩を創って巨大貝の下に敷くのでお待ちを!」
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修正記録 2017-06-20 06:44
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