113昼餉は後です
潜泳機の試乗が終わるや否や、アリア殿下は皆さん御疲れでしょうと昼餉を勧めるのだが、私はバルパルさんのお食事を用意せねば成りませんとにこにこ顔で宣いけるに、皆は口々に否否そんな事はできませぬと四の五の謂って御止め申し上げ、結局の処昼餉はバルパルの狩りが終わった後と為ったのである。
「リルミール様、ご気分が優れぬ様ですが大丈夫ですか?」
「――ぶふっ――」
「此れはイザベラ様、ええ、大丈夫です。ご心配をお掛け致して仕舞った様で痛み入ります」
「――ベイミィ様、失礼ですわよ。然し此の様な事もあろうかと折角色々な画策を企てたのに何れ一つとして実りませんでしたわ――」
「――アリア殿下、其れは詰めの段階に至って御身の御希望を優先して仕舞ったからではないかと存じますわよ――」
「イゼベラ様、ご心配は無用です。リルミールは単にお腹を空かせて居るだけですよ」
「――くっ――」
「――我慢の時ですわ!――」
「ハンナ様、其れを謂わないで下さいませ!」
「知りません」
現在、バルパルを先頭に南へと向かいつつある一行は、全員が飛翔板へと乗り地底湖を滑走して居る訳だが、基本、アリア殿下の護衛として周りを固めることが任務である。
バルパルの後ろにはリーファ様とマギー続いてチェロルとリーシャが並んでおり、一行の最後尾はハンナ様率いる小隊が担って居るのだ。
そして中央にアリア殿下と其の近衛たち序でにベイミィとティロットの2人が右の傍らに護衛として居る訳である。詰まり貴女は危ないからと中央寄りの配置を担当して居たリルミールと殿下の後ろを護衛して居たイザベラ様は自然と会話できる距離に位置して居たのだ。
ああ、勿論、マリオンは引続き遠隔気力通話器の前で留守番を遣って貰って居るから、此処には居ないのである。
因みにベイミィとティロットは例の如く2人一組でと謂う意味合いも有るが、此の2人は余り粒系因子を活用して居ない為、其れが阻害され易いアリア殿下の周りに居ても影響が少ないだろうとの配置なのだ。所謂、徒の弾除けである。
「然う言えばティロット、先程から一体何を為されて居るのですか?」
ベイミィは先程から不審な動きをするティロットに、此方は我慢の限界を越えて居ると謂う訳で訊いて見た様である。
「以前にマリオン先生に釣りを教えて頂いたでしょ! 彼の時に使った疑似餌の金属板が何となく飛翔板に似て居ると思って!」
然う云うと小波を作って態と水面を小刻みに跳ねるのである。
「一寸待ちなさい! ティロット!」
「ベイミィ様、宜しいのですよ」
其処には満面の笑みを湛えたアリア殿下がいらせられたのである。
「え、でも護衛の任に就いて居るものが危険を呼び寄せるとは騎士として有るまじき行いでは?」
「いえ、何処へ目指すのか何時来るのか判らない魔落を警戒するよりも、ああ遣って自らを囮に誘き寄せて貰った方が遥かに護衛し易いのですわよ。エミリア然うですわね?」
「はい、其の通りです。できれば其の大役を私めに譲って頂けないでしょうか? 此れは騎士の誉れでありますから」
「騎士の誉!」
誉と聴いた途端にティロットは目がきらきらと憧憬の眼差しと為ったのである。
「致し方御座いません! 騎士たるもの主の誉を求めるのは道理、此れがお役に立てると謂うのであれば喜んでお譲り致しましょう!」
エミリア様は伊達にアリア殿下の傍らに居た訳で無いのである。ちゃんと其の周囲に居たものたちの扱い方も熟知して居るのだ。
ティロットが誘引行動を止めエミリア様へと交代しようとした正に其の時である。真下からの敵意が発せられたのだ。
「姫様、直ちに飛翔を!」
ティロットは落ち着いて言霊を唱えるだけである。
「[酒よ其に在れ]」
エミリア様もミーア様もイザベラ様もメアリーさんもベイミィすらも、懐に仕舞ってあった其れ其れ専用の飛礫を手に持ち構え待つのである。
ハンナ様、率いる小隊やリーファ様たち、そしてバルパルも慌てて遣って来るが、様子がおかしい。本来、水中の敵は扱い辛いもので、水深の深い所に潜まれては攻撃の遣り様が難しいものである。
だからこそ皆は飛礫を持って構えても近付いて来る迄動けなかったのである。
「然う然う、此処は学園では無いので、ティロット様は私の課した制約に関係無く、彼の危険な【酒】の御業を行使する事ができますのよね」
「バルパル今潜ったら駄目だよ。絶対!」
「ぴゃあ」
リーシャが慌ててバルパルを抱える様に後ろから抑え込んだので、犠牲者は此れ以上増えないだろう。
そして、エミリア様は硝子板を創り出して、下の様子を探り始めたのである。
「一寸深くて判り辛いのですが、何か石の様なものから白色の管? が此方に向かって伸びて来て居た見たいです。今は力が抜けて漂って居る感じでしょうか。此れは……貝ですか?」
「危険ですが放って置くのも不味いですし引き揚げましょうか?」
「ええ、マギーさん、然う致しましょう。私も手伝います」
そんな会話の後にハンナ様とマギーさんは麻らしきもので撚った紐を垂らして行くのであった。
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修正記録 2017-06-19 08:28
ベイミィとティロットが右の傍らに居る訳である。
↓
ベイミィとティロットの2人が右の傍らに護衛として居る訳である。
幾つかのルビを追加
周囲に居るものたち → 周囲に居たものたち
抑え込んだのである。 → 抑え込んだので、犠牲者は此れ以上増えないだろう。
放って置くも不味い → 放って置くのも不味い