109あの
其れは長きに亘る戦いであった。
多くの気が失われ、多くの陽動が費やされた。
我思う故に我在り。我望む故に我為す。
我興味を示し故に其処へ至らん。
汝何故其処を阻まんとす。
バルパルとマギーは対峙する。
其処には一本の筒が在り、水面からにょっきり顔を出して居る。
「ぴゃあぁ」
「能く分かりませんが、お通しできませんよ?」
一本の筒こと潜望鏡を後ろに隠し、マギーは然う云いつつ少し許り首を傾げる。
一本の筒は最初に右そして左と回転した後は、前に進むだけで先程迄些とも動かなかったのだが、再び動き出し今度は丸でバルパルたちを見遣る様に付け狙うのだ。
軽快に頭を上下左右に振り始め一定の調子を見せた後、右へと動いて往く筈の拍子で怪しき影を砂糖の粒で創り出し、影武者宜しく立ち代わり、すいと左へ動き往くものの涼しい顔でついとマギーは通せん坊なのである。
「ぴゃあぁ」
「然う仰られても……」
ならば水に潜って進めば良いでは無いかと決して思わない。何故ならばマギーの乗る飛翔板の下側には、実に怪しき一本の根らしきものがゆらゆらと揺れて居るのだ。
バルパルは野生の勘で触れると危険と判断したのか、潜ろうという素振りは一切見せないのである。
「マギーさん姫様が楽しく御鑑賞為されて居られる様ですよ。羨ましい限りです。本当に」
「喜んで頂く為の所為では無いのですが、楽しんで頂けていらせられるのであれば幸いです……んっ」
「……如何かされましたか? バルパルも? イザベラ! 直ちに潜泳機を止めなさい」
「――貴女たち継続して後方警戒を続けるように、私は前へ詰めます――」
「――了解!――」×3
ハンナ様は現状だと後方よりも前方の守備を固めるべきだと判断したのか、それとも彼が来るのに他がのこのこと出て来る訳がないと高を括ったのか、まあ両方なのだろう。
「狙い澄ましたかのように遣って来ましたのね。偶然か、それとも必然か。兎も角ミーア様、段取り通り進路から外れて居れば動かないようにして下さいまし」
「ええ、ハンナ様、心得て居ります。と言うかマギーさんとバルパルは未だ続けて居るのですか、然も警戒し乍らとか或る意味感心させられますね」
「取り敢えず、アリア殿下に於ては注目して頂く所は此方ではなく彼方である事を伝えて頂ければ幸いです」
「あら、イザベラ、アリア殿下に伝えて貰えるかしら。此れから前方70m程先を巨大な魔落が通ります。其の後に大きな波が来ると予想されますので、確りと身近なものに掴まって居て下さいと」
「――リルミール、特に貴女は今の間だけでもお喋りは控えなさい。宜しいかしら?――」
「――了解であります!――」
「――ティロットさんは流石ね。こんな折でも屹然と立ち振舞う様は……褒められると顔が緩む様では未だ未だですよ――」
ティロットの顔がしゅんとして仕舞ったのだが、此の際どうでも良いだろう。
其れは東南東500m程の所から見え始め……とは謂うものの見る事ができるのはハンナ様とマギーぐらいなのだが、其れは扨措き、暗闇から姿を表したのは彼の巨大な魔落である。
其の巨体を波と共に西北西を目指し、ゆっくりと近付いて来るのだ。否、彼だけ巨大なのだからゆっくりと感じるだけで、実際には其れなりの速さなのだろう。
矢張りと言うか以前からと同じ様に、水面に浮かぶ騎士たちは疎か潜泳機すら興味を示さず目の前を過ぎ去って往く。
そして、今度は大きな波が潜泳機と水面に浮かぶ騎士たちを揺らし通り過ぎて往くのである。
「潜泳機から連絡が在りました。彼固有の発する音を判別できそうで、音は随分前から聴こえて居たとの事です」
「其れは良い知らせですね。今後共、巨大魔落の行動を把握調査する上で色々と役立ちそうです」
何事もなく無事に遠慮したい催し物を熟したミーア様とハンナ様は、一息吐いたものの常に次のことを想定せねば為らないのだ。遠慮したい物事だけに。
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「アリア殿下、上でも説明されて居りました例の巨大魔落が、前方70m程先を通るそうで御座います。此方に来る来ないは別としても大波は確実に当たるので、確りと何処かへ掴まっていらせられて頂きたいのです」
「あの、アリア殿下、私に掴まって頂いても余り確りして居りませんかと存じます……」
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修正記録 2017-06-15 07:11
修正は一箇所とルビ追加ぐらいしか無かったのですが、折角なので追加しました。
蛇足になってなければ良いのですが。
幸いです……」 → 幸いです……んっ」
「 バルパルも?」追加
幾つかのルビを追加
「 ティロットの顔がしゅんとして仕舞ったのだが、此の際どうでも良いだろう。」追加
其れなり速いのだろう。 → 其れなりの速さなのだろう。
「 何事もなく無事に遠慮したい催し物を熟したミーア様とハンナ様は、一息吐いたものの常に次のことを想定せねば為らないのだ。遠慮したい物事だけに。」追加