107潜望鏡
リーシャはふと思い出し頭上に取り付けられた潜望鏡へと手を伸ばし、安全金具を解除し乍らぐいっと引っ張り降ろしたのである。
窓硝子から見える情景を楽しみ見て居たラスク様には、突然、迫り来る「カシュー」と聴こえる異質な音に慌てふためくのは無理もない。
そんな様子のラクス様へは御座なりではあるものの、一応は謝りつつもかちゃかちゃと何やら準備を始めるリーシャには何を言っても無駄だろう。
「中央上部の操舵席より問合せ致します。潜望鏡の使用確認をして宜しいでしょうか?」
「=其の確認、私も気になって居りましたものですから、其れに立ち会いますわ。=」
突然、宣い給うたアリア殿下のいらせられるという表明にラクス様もリーシャも大童と為るのである。
「お待ちして居ります!」
「――任務に就きますわね――」
ラクス様はひらりと座席から飛び降りて、後方部へ通ずる扉の横に移動し以てぴしっと姿勢を正し直立する。
リーシャは伝声管の蓋を閉じ大急ぎにて、操舵席を降ろし始めるのであった。
「カチャ」
エミリア様が前方部の部屋から扉を開けて出て来ると、素早く周りを確認してから通路を避けて礼を執る。勿論、扉は押さえた儘である。
リーシャは何とか間に合い座席を降ろし切ると、素早く立って後ろに下がり礼を執る。
「カチャ」
アリア殿下は中央の部屋に入ると其の儘真っ直ぐ、リーシャの許迄歩み寄る。
「リーシャ様、其の椅子は2人で座るぐらいの余裕は有りますか?」
「はい、私ぐらいの体格であれば十分に余裕が有りますが、大人の体格では少し窮屈かも知れません」
ラクス様は少し許り顔を強張らせて居るが、リーシャは発言に気を使えるぐらいの大人なのである。
「では、其の椅子へ御座り為さいませ。私も一緒に座りますわ」
「はい! では、お先に失礼致します!」
リーシャが左の壁側へ寄って座ると、其の横にアリア殿下も座る。同性と言っても此れだけ綺麗で可愛くて、さらさらの髪を持つ御方である。況して殿下であるのだから、胸がどきどきと高鳴るのは仕方が無いし恋ではない。
緊張しつつもリーシャは把手をくるくる回して操舵席を上へ上へと揚げて往く。
「まあ! 構想図を見ましたけれど上手に創ったものですのね。但、困ったものですわ。此れを実際に職人たちへ見せたい処ですが、飛翔機と違っておいそれと見せる訳にも行きませんし、如何致しましょうかしら」
「姫様、宜しければ潜泳機の試乗が終わった後で、イザベラ様に石灰で固めて頂き其れを其の儘転送致します」
「ええ、然うね。然うして貰えるかしら」
「畏まりました」
操舵席は最上部迄揚がり切る。勿論、足元に位置するイザベラ様は前方部の部屋と隔てる壁に立ち向かい【念話】に専念して居る様子だし、エミリア様は席下の右横で真っ直ぐと前を向かいて立って居る。
見上げて居るのは後ろで控えるラクス様ぐらいだろう。
アリア殿下の熱い視線を受け乍ら、リーシャは先程の潜望鏡を再び操作し始める。
「中央上部の操舵席より連絡。唯今水深計は先程と変わらず1mです。潜望鏡の浮上準備が整いました」
「=前方部より連絡、潜望鏡の浮上を許可する=」
「了解!」
リーシャは再び何やらかちゃかちゃと潜望鏡の横に付けらた小窓を確認し乍ら動かして行く。
「中央上部の操舵席より連絡。潜望鏡、35cmを越えた所で水面上へ浮上しました」
「=前方部より連絡、此方にて記録完了した=」
「了解、それではアリア殿下、御確認を」
「ええ、感謝しますわ。リーシャ様」
リーシャに譲られた潜望鏡の小窓をアリア殿下は覗き込む。
「此れは……何かの背中? あ、バルパルさんですわね」
「? 少し向きが変わった様ですね。回転させると視点が移動できますよ」
「ええ、ミーアが見えましたわ。ん、礼を執ってますからイザベラが何か伝えましたか?」
「はい、礼を執らず周囲の警戒に集中する様を見せて欲しかったのですが……、まあ、アリア殿下に挨拶するのが基本ですから仕方無いですね」
「此方はマギーさんですわね。ん? バルパルさんを抑えて呉れて居りますのでしょうか、通せん坊してますわね」
「ミーア様からの話ですと潜望鏡を見付けて興味を示した様です」
「成る程、偵察任務でひっそりと潜望鏡を揚げて居ると近辺の動物たちに悪戯される可能性も有る訳ですね」
「手引書の作成時には其れも含めるように致します。姫様」
「エミリアは真面目ですわね。でも助かりますわ。其れで遣って貰いますわね」
「アリア殿下、其れ以上回ると落っこちます」
潜望鏡と一緒に回って往きつつあるアリア殿下を、必死に支えるリーシャの奮闘度合いが声に滲み出る。
慌ててラクス様は梯子へ攀じ昇り、エミリアは落ちても良いようにと足元へ移動する。
「あらあら、勿論大丈夫ですよ?」
リーシャに支えられ乍ら、説得力の無い言葉が掛けられた。
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修正記録 2017-06-13 15:02
後書きの修正記録を変更。
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修正記録 2017-06-13 07:09
「突然、宣い給うたアリア殿下のいらせられるという表明にラクス様もリーシャも大童と為るのである。」追加
移動してぴしっと → 移動し以てぴしっと
ルビを追加
浮上準備整い → 浮上準備が整い