102着水
潜泳機はゆっくりと浮き上がる。
此の機体を御業を使って動かして居るのはチェロルである。
床下全体は幾つかの区切られた箱状と為って居り、其の場所は敷き詰められた砂鉄で満たされて居た。本来は此れを使って【砂鉄】の御業で推進などを行う積りだったのであろう。
だが今行われて居るのは機体全体の鉄を浮かす為の御業である。元々想定して居たのは砂鉄の収納部分に力点を置く推進であって、其れを使って想定外の負荷が掛かる浮かすという行為は躊躇われたからだ。
リーファ様曰く、無人の機体に於て鉄の強度状態を確認し乍ら浮かすのであれば特に問題としないのだが、人が乗って居る状態で打っ付け本番の危険を伴いそうな作業を態態行う必要も無いだろうとの事だ。
此の浮かす為の御業は、潜泳機全体を織り成す全ての鉄へと行使されて居る訳なのだが、砂鉄にも上昇する為の力が働いて居る。態態選別する意味は無い。
機体全体を指定する事で負荷は分散するし、何より御業の行使に因って鉄素材の強化が起きて居るのだ。
潜泳機は水路の中央迄進んだ所でぴたりと停まる。
「マギーさん確認お願するんだよ!」
『丁度水路の中央です。潜泳機全体も真っ直ぐに為って居ります。お見事で御座います、チェロル様』
「えへへ 了解したよ! 次は着水作業を開始だよ!」
マギーのよいしょを受け乍らチェロルの制御する潜泳機は、ゆっくり水面へと降りて往き静かにぴちゃんと着水した。
前回は今の水路より狭い幅にも拘らず、況してメルペイクに制御させての着水であったのだが、其の折は特にマギーから訊くことも無かった筈である。決して後ろに控え睨みを効かせて居るエミリア様に臆したからでは無いのであろう。
「チェロル様、簡単な作業が有ったら是非とも手伝わせて欲しいのですわ」
徐々に沈み往く潜泳機を一応乍らも支えて居る最中のチェロルに、堂々と話し掛けるのは勿論アリア殿下である。まあ今の状態で制御が外れてもさして影響もなく、沈みきった後で多少は上下に揺り戻しが有るぐらいだろう。
「え! じゃあ其処の点灯装置を点けて頂けまする!」
「ええ、任せて貰いますわ。えい!」
「カチャ」
潜泳機前面の左右2箇所に増設された大型気灯が灯される。其れと同時ぐらいだろうか、操舵席の前に在る窓硝子が水面下に沈み往き喫水線が目の前を通って、上3割程を残して留まり僅かに波で上下する。
アリア殿下の目前には大気の空間とは何処と無く趣の異なる水面下の世界を見せた。其れは唯唯壁が切り立った水路が伸びるだけだが、初めて見せる其の風景に興味をそそらせないものが居るだろうか。
アリア殿下は徐に手を伸ばし、先程の大型気灯を灯した点灯装置の摘み棒を下ろす。
「カチャ」
抑作業場内は天井の大型気灯で其れなりの光量を以て照らされて居たのだから、潜泳機の大型気灯が消えても煌煌と明るく照らされて居た水路が、普通の明かりに戻るだけである。
何だか微妙な空気が流れるが当の本人は満足そうである。普通と為った光量でも水の中から見える景色は、其れも亦違ったものを見せて居るのだから。
「カチャ」
再び大型気灯の明かりが灯される。今は一寸明る過ぎるぐらいだろう。
「お騒がせ致しましたわ」
「いえ、此方のものだけで試乗を行って居たら同じ確認を致しましたでしょう。つい遠慮して仕舞う処でした。感謝致します」
リーファ様はそつなくアリア殿下の行為に口添えを行い正当化する。
すると突然に作業場を照らす大型気灯の明かりが消えた。潜泳機が点灯確認をして居ると察して消して呉れたのか、将又エミリア様が指示したのかは判らないが、作業場を灯す明かりは潜泳機のものだけと成り、光量は依然としてきつめでは有るものの其の意義を十分に伝えて呉れる。
「カチャ」
そして再びアリア殿下は大型気灯の性能を確認するのであった。
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「あら、浮きましたわね。何だか荷物に為った気分ですよね」
「……然うですね」
リーシャとラクス様は2人ちんまりと並んで座り、窓硝子から外の景色を覗いていた。まあ、此の場所では見ることが仕事である。
「此の潜泳機は飛翔機と違って窓が小さいから、余り景色が見れないのが欠点ですわね」
「……然うですね」
「あら、停まりましたわね。周りの方々が何やら真剣な面持ちで、位置確認をしては合図を送って居ますわ」
「はい」
「降り始めましたわ。中々慎重で良いことだと思いますよ」
「はい」
「着水しましたわね。少しドキドキ致しますわ。……って此処は水面下に行かないのですか?」
「はい、水路を出て地底湖に入ってから潜航を開始します」
「一寸期待して居たので残念ですわね。あら何時の間にか前方部で煌煌と明かりが灯ってましたのね。あら消えた? 点いた、操舵室で光量の具合でも確かめていらっしゃるのかしら? わっ! 今度は作業所の明かりが消えましたわ!」
「ラクスの状況報告とエミリア様からの伝達を鑑みて作業場の大型気灯を一時的に消して貰ったのですよ。どうやらアリア殿下が大型気灯の性能を御確認していらせられた様ですね」
「そ、然うでしたの? 窓の外に集中して居りましたから少しドキドキ致しましたわ。お役に立てたのなら幸いです」
慌てるラクス様にイザベラ様は貴女もちゃんと役に立って居るんですよと、言葉にして伝えて上げる。
ラクス様は近衛騎士といっても未だ2年目でちょっとした事でも不安に為る。其れは言葉数が増えるとか気心知れた知人を見付けて寄り添うとか、そんな機微をイザベラ様は酌み取り配慮する。
何故か傍らのリーシャが悔しそうな顔をして居た。自分も役に立ちたかったのだろうか。
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修正記録 2017-06-08 08:23
箱状の場所に敷き詰め → 箱状と為って居り、其の場所は敷き詰め
居り、本来 → 居た。本来
だったのだろう。 → だったのであろう。
確認して居た様ですね → 御確認していらせられた様ですね
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修正記録 2017-06-08 07:55
御業であり、之は元々浮かすという負荷を砂鉄の収納部分だけに掛ける事を想定して居なかったからだ。
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御業である。元々想定して居たのは砂鉄の収納部分に力点を置く推進であって、其れを使って想定外の負荷が掛かる浮かすという行為は躊躇われたからだ。
於いて → 於て
御業は潜泳機全体を織り成す鉄へと行使されて居る訳である。
勿論、砂鉄にも上昇する為の力が働いて居る。態態選別する意味は無い。
↓
御業は、潜泳機全体を織り成す全ての鉄へと行使されて居る訳なのだが、砂鉄にも上昇する為の力が働いて居る。態態選別する意味は無い。
ルビを追加
よししょ → よいしょ
「リーファ様はそつなくアリア殿下の行為に口添えを行い正当化する。」追加
作業場の大型気灯 → 作業場を照らす大型気灯
伝えて居る。 → 伝えて呉れる。
平仮名を漢字に変更
「 慌てるラクス様にイザベラ様は貴女もちゃんと役に立って居るんですよと、言葉にして伝えて上げる。
ラクス様は近衛騎士といっても未だ2年目でちょっとした事でも不安に為る。其れは言葉数が増えるとか気心知れた知人を見付けて寄り添うとか、そんな機微をイザベラ様は酌み取り配慮する。」追加
何故か → 何故か傍らの