97リーファ様頑張る
何時も全く気にして居ない素振りに見えたティロットだが、何かしらの溜め込んだものが有ったのだろう。
普段は芯が強く腕白な印象だったから皆つい配慮を欠いて居たのだが、初めて見せた涙の姿にリーシャたち3人は疎かアリア殿下も驚きの事なのである。
ベイミィがおろおろしつつも手巾を出して涙を拭って遣るのだが、当の本人は既に「蔭の英雄」と呟きにこにこ顔である。
「ああ、だが偶然に頼って居ては駄目だぞ、騎士の威厳とは自分に偽りなき自信を以てこそ自然と身に付くものだからな」
「はい!」
「えっ? 危機って?」
「……んん、其の辺りは未だ調査も始まって無いのですが、宮殿付きの神官長が立てた仮説に対して此方も否定し切れないものが有りまして、まあ、多分此の件に関してはルトアニアの方が研究や調査など何かと進んで居るのではないかと存じます、と云うか神官長自身がルトアニアの研究書物から着想を得たと申して居りました」
「ルトアニアの研究を元にした仮説? 此れ復引っ張るのですわね」
「ええ、此の件に関してはリーシャの方が上手く説明できるのではないかと存じまして」
リーファ様はリーシャへとややこしそうな説明を投げた。まあ、確かに派出所の顔触れで一番理解して居るのはリーシャだろう。
「ええ! あ、はい、然うですね……。以前、アリア殿下から拝借させて頂いた恩師が御書きに為られたと云う、魔気の循環に就いての著書。彼の仮説が此処地底湖の魔窟で起こって居るとメイリア神官長は申して居りました」
否、其れ説明じゃないからね……。
「恩師と言うか子供の時分に一般教養やら御業やらの教育を務めて居られた教師の方ですわ。ニコライ先生は引退後、暇に飽かして色々な事に興味を示されては何やら書かれて居るのですよね。まあ、其れは扨措き、彼は然う物質系に属する言霊属性の御業で以て顕現を行使する際の仕組みを説いたものですわ。実際は物質を顕現するのでは無く、其れに特化した転送の御業が行使されると。だから転送元には相応の魔気が必要と成るから、魔気が在る分だけの物質転送と為り求める物質を四方から掻き集めるのが、見えない所で行われて居る事こそが御業の過程だと。そして転送して来た物質を消して気力を自分に戻す行為は、拡散した自分の気を無意識下に於いて繋ぎ止めて居り、其れを呼び戻す代わりに物質を元の場所へ返す事、此れが魔気の循環であるとして居りましたわね」
リーファ様はじと目でリーシャを見遣るが、まあ仕方が無いので話を続ける。
「はい、宮殿付き神官長曰く地底湖の古くは魔窟では無く、其れと気付いたのも今の神官長の代で巨大な魔落ちを見たのが切っ掛けだそうです。地底湖自体はスイタル湖からの浸水に因って長い年月を掛けて削られたのではないかと予想されて居りました。そして密閉された空間では魔気が拡散せずに溜まり易く、【水】の御業をリーシャンハイスで行使すれば一番近く魔気も溜まって居る地底湖から水が転送され、代わりに気が残されると謂うのが其の仮説から酌み取れるのではと」
「詰まり本来ならば水を顕現した後で確りと消して置けば、魔気が減るだけで問題は無かったが、大概は水を汲み取り利用する為に行う御業の顕現ですから、消すことを殆どしなかったと云いたい訳ですわね。地底湖に気が残り淀み魔気と為って溜まり魔窟と成ったと……」
「ええ、其れも一つです。此の下に在る地底湖は岩盤の層から、柔らかい所を削ってできたのだと思われます。だからこそ崩れずに今現在も維持して居られるのではないかと。ですが魔気が溜まって居れば岩の御業でも転送は起きるのではないかと。ああ、ミーアとリーシャは特殊な岩を顕現して許りだから多分影響して無いよ」
リーシャは少し責められた気分だったのだからほっこりした。ミーア様は反対に少し膨れた面持ちだ。
「詰まり此処リーシャンハイスは何れ崩れ墜ちる可能性が有ると?」
「未だ調査すら始まっていない状況ですから、何とも云えません。何せニコライ先生と言う方の著書も仮説に過ぎないのですから。ああ、できればルトアニアの方でも仮説の研究に助力して頂ければ有難いのですが、あっ、此れは私の申し上げる事では無かったですね。失礼致しました」
「リーファ様、私から皇太后陛下に御相談させて頂いた後に、其の件は正式に要請を出させて頂くような運びと致します」
然う、ハンナ様は先程からずっと同席されていらっしゃるのです。というか結局巻き込まれて仕舞って居るのだから仕方が無い。
「感謝致します。と謂う訳で此の下に在る魔窟と成った地底湖は、迚も危険な所なのです。潜泳機も其処で組立てて居まして、迚もアリア殿下を御連れできる様な場所ではありません。どうか今回の潜泳機視察の件は適宜な御判断を頂けないでしょうか?」
「ええ、判りましたわ。今回完成した許りの特別な機材が在りまして、其れを組み込み秘密裏に試運転できる最高の環境だと解りましたわ。魔窟も一度は見たかったのですよ。わくわく致しますわ!」
リーファ様もハンナ様も、そしてエミリア様もミーア様も予想通りというのに目が御疲れの様だ。リーシャたちは他人事の様に其れを眺めていた。
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修正記録 2017-06-03 08:13
幾つかのルビを追加
んー → んん
として居ましたわね → として居りましたわね
切っ掛けだそうで、 → 切っ掛けだそうです。
汲み取る為に使うから、消すことは無かったと
↓
汲み取り利用する為に行う御業の顕現ですから、消すことを殆どしなかったと
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修正記録 2017-06-03 00:57
神官長の代であると、 → 巨大な魔落ちを見たのが切っ掛けだそうで、
「予想されて居りました」追加
酌み取れた訳です」 → 酌み取れるのではと」