90間髪を容れず
ハンナ様は思考の中で自分が其れ程関わらずに済むと折り合いを付けれたのだろう。だからこそ一番最初に行動を開始したのは彼女であった。
「リルミール、ミリザを呼んで来なさい。此の1台はミリザに管理して貰うことに為るでしょうから」
「了解致しました!」
「……矢張り後からタリス皇帝陛下へ御報告と為るのが一番不味い。アリア殿下が若し此方に参られるのであれば、其れは潜泳機の御視察と見て間違いなかろうから、状況次第で地底湖の事を御話するしか選択肢は無さそうだ。かと言って河川やスイタル湖の近くに慌てて作業場を造るのは、本末転倒だからな」
「では、地底湖へアリア殿下を御案内する運びで対策を検討致しますか?」
「勿論、視察を御望み致された場合には危険性を具申致して、思い留めて頂くように努める積もりだ。何せ此の下の地底湖を明かせるのは皇族の極側近迄で、できれば側近の方々にも内密として頂きたいぐらいのものだが、地底湖へ向かうと為ると警備上然うも行かぬからな。まあ、マリオンの言う通り準備は怠らぬ方が宜しかろう」
「ええ、では地底湖へ向かった際の決め事を幾つか作って置いた方が宜しいのではないでしょうか? 地底湖で行動する際は何名以上とか向かう際は必ず上官若しくミリザに伝えて置き遠隔気力通話器で定時連絡を入れて貰うとか。ああ、ミリザ来ましたね」
先程から非常に難しい話し合いが続いて居る。リーシャの様に意見を挟めるぐらいの度胸と関心が有れば未だ良かったのだが、残念乍らチェロルには何方も無い様である。ついうつらうつらとして仕舞うのは仕方が無い。
「はい」
ミリザは短く答えて綺麗な礼を執り、其の儘指示が下されるのを待つ。自分から御用件はなどと無粋な言葉は発しない、要件が有るから此処に呼ばれて居るのだから。
「アリア殿下からチェロル宛に」
「――ヒッ!――」
「……最新鋭の遠隔気力通話器が届きましたのですが、此れの一つをミリザに管理して貰いたいのです」
「軍事規制が付いて居て第一騎士団ですら、未だに旧型しか配備して貰えて無いくらい特別なものですね。其れ程事態は動いて居ると謂う事でしょうか?」
「……有り体に言えば其の通りですね。未だ決定事項では無いのですが、我々や派出所の小隊が地下へ往く場合は前以て其れを伝えて置きますので、目的地が作業場で長い間居座る予定の時に限り、ミリザは此れを使って任意の時刻に連絡を入れて貰いたいのです。ええと、設置場所は何処が宜しいでしょうか?」
「それでしたら……」
「はいな! 設置を手伝うのでゆっくり決めても宜しいですますよ! 慣れて居るので任せて欲しいのですだよ!」
其の時、チェロルは間髪を容れず提案を挟んだ。呂律は怪しいが遣る時は遣れる子なのである。
「チ、チェロル! 私も是非とも手伝わせて。1人じゃ大変だよ!」
「あっ、其れなら私も手伝うよ。力仕事ならお任せあれ」
透かさずティロットとリルミールが便乗した。2人もどうやら同じく此の場が居辛かった様である。
「……では、ミリザ、チェロルさんたちと一緒に行って遠隔気力通話器の設置場所を指示して上げて貰えますか?」
「畏まりました」
チェロルたちは急に元気になり意気揚々と荷物を抱え、ミリザを先頭に石祠の部屋から退出して行く。
ん? おや、ベイミィが悔しそうに見詰めて居る。どうやら同じく抜け出したかった様である。悔しさをぐっと堪える為か、口を結び真一文字と成り果てて居る。
「チェロルさんには他の機材の説明を訊きたかったのですが、仕方有りませんね」
「まあ、直ぐ済むだろうし遠隔気力通話器の扱いはチェロルが一番慣れて居るから、任せて置くのが手っ取り早く片付いて良い。扨、彼の子以外の近衛騎士小隊は皆知らせて居るのだったな?」
「はい、流石に見習いの子に知らせる内容では無いので伏せてあります」
ベイミィは愈以て逃げ遅れたことを後悔した。血の気が引き少し涙目だ。
「マリオン、此処一連の話し合いが行われて居る件だが、魔落から御業の欠片が出て来て仕舞ったのだよ」
「御伽噺や伝説の類いですか、……確か魔窟自体が人里と近くに存在しないと言うか、簡単に辿り着けない場所に在ると云う資料しか残って居ない筈ですよね?」
「ああ、元々確認されて居る魔窟が少ないのと、総じて人と友好的な主が存在して居る魔窟しか残って居ないから、最近では人と対立する事も無く今に至るという感じだな。其の所為も有って古い資料や話でしか確認できないものだったのだが、場所が場所だけに知られる訳にも荒らされる訳に行かないから困ったものだよ」
困ったものだと言いたいのはベイミィの方かも知れない。