86機嫌良く
リーシャは迚も迚も驚いた。
だから普段は絶対に使わない御業を使った。
其れは幻覚系や【言魂】の御業が効きにくいと謂われて居るが、人の感情を押し殺す為に人相手や子供のうちは余り使わないようにと注意を受けて居るものだった。
「えっ! 何っ? 如何為ってるの?」
「びゃっあびゃっあ」
「メイリア神官長殿、バルパル、直ぐ様飛翔板を使って飛翔して頂きたいのです。今【水】の御業を使って居りますので、此の周囲は私の支配下に有ります。安心して頂きたい」
落着き払い淡々とリーシャは言葉を紡ぐ必要なことを、為すべき事を。
「彼は例の巨大魔落の魚でしょう。どうやら遊んで居る様で、伝わって来る感覚はバルパルの先程迄の感じと似て居る気が致します。但、此の儘だと波に呑み込まれて不測の事態に陥り兼ねないので、至急此処から離脱したいと考えて居ります」
「わ、判ったわ! 取り敢えず飛べば良いのね!」
「はい、バルパルもほら、こんな感じに飛翔板を翔ばして見て」
「ぴゃっ!」
「うん、じゃあ……」
『リーシャ様! 左に、北西方向に退避して来て頂けますか! リーファ様も此方に居ます!』
何時もは冷静なマギーも突然の事態に、若干焦りの色を隠せない様である。
「うん、分かった左に向かいます。メイリア神官長殿、バルパル、左に回避致しましょう。彼方です。リーファ様たちが居るそうですよ」
「は、はい! バルパル行くわよ!」
「ぴゃっぴゃっぴゃっ」
波は最早天井迄達して居たが、飛翔板は波よりも早く移動できる様で既に10m以上離れて居た。進路変更しなくても十分回避できるだろう。
だが、若し闇雲に進んで壁に突き当りでもしたら、逃げ道は残って居ないのだ。
リーシャはリーファ様の姿を確認すると、もう大丈夫だろうと確信できて【強精神】の御業を解除した。之は人と接する時には礼を欠く、戦場の御業とされるものである。
「来た様だな。御前たち向こうの岩壁ヘ回り込むぞ」
リーシャたちが合流した場所は丁度、作業場入口の裏側に当たり、リーファ様も良く地形を理解できている。
チェロルの作業場、秘密基地の在る壁地帯というか巨大な柱だろうか、其れの西面は100mに渡って凹んだ形を取って居る。現状では波を回避するのに持って来いの場所だろう。
「メイリア神官長殿、私もリーシャも【水】を使いますし、いざと為ればリーシャに【岩】で穴を創って貰い其処へ逃げ込む事もできますので、御安心頂きたい。但、面目無い。害意を感じ取れなかった為に動き出す直前迄、其の存在を気付けなかった。」
「いえいえ、びっくりしましたけれど此方はリーシャさんが落ち着いて【水】を制御して、的確な指示を貰ったので、彼だけの状況にも拘らず濡れもしないで余裕を持って回避できたと思いますよ。それから私も岩へ逃げ込むのは可能です。然う言えばリーシャさんが彼の時に魔落の魚が燥いで居る様な意味合いのこと仰って居ませんでしたか?」
「あっ、はい、然うですね……。何と言うか……バルパルが機嫌良く夢中に為って居る時の雰囲気に共通したものを感じたので、若しかしたら波乗りに参加しに来たのではないかと……」
「ぴゃぁあ」
「あー、確かに此方で見守って居た限りでは、御前たちをとことん無視して居たな。彼の場であっても一切の害意を感じ無かったからな。ああ、戻って来たか、マギーさん如何でしたか?」
「はい、此方の安全地帯は何の位置からも【念話】は届きませんでした。恐らく作業場の位置は5、60m以上は離れて居ると予想できます」
「まあ、作業場は此の壁伝いの一角といっても南の先端部分だからな。波が其方に往くと伝えたかったのだが致し方あるまいな」
「あ! ……波ですよね。最初の私が創った波で既に閘門を越えて居る可能性が有りますよね」
「ああ、然うだったな……。然し、それなら最初の波が警告と為って居るからマリオンなら完全に水路を封鎖して居るやも知れぬな。其の方が却って被害は少なく為るのだが」
「それでしたら良いのですが……」
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波が収まるのを待ってリーファ様一行は作業場へと戻って来た。
「一応、用心の為に表の入口は岩板で封鎖して置きます」
リーシャは横に避けてあった大きな岩板を御業で移動する。此れだけ大きければ消費も其れなりに有るのが辛い処である。
「ああ、もう少し誰でも簡単に開け閉めできる様、考えた方が良さそうだな」
水路に入っても奥からの明かりが見えない真っ暗闇だ。懐中気灯を使って照らすと水路の先が封鎖されて居ることが判る。
「矢張り波の浸水対策で完全に岩で封鎖されて居ますね。
[岩よ其から去ね]
接合部はもう残って無いですよね。よっと、唯今戻りました」
水路の横ではずぶ濡れに為ったベイミィが仁王立ちをして居り、傍らではチェロルが水を消して遣って居る様子である。チェロルが全く濡れて居ないのは自分の御業で防いだのだろう。
マリオン先生もどうやら濡れて仕舞った様だが、足元だけで此方はティロットが乾かすのを手伝って居る。
「リーシャ様、外で一体何をしていらっしゃったのでしょうか? 若しかして復も何時ぞやと同じ様に我を忘れて、御機嫌宜しく波で遊ばれていらっしゃいませんでしたか? ゆっくりとお話をお訊かせ願えないでしょうか?」
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修正記録 2017-05-24 06:13
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修正記録 2017-05-23 10:21
「て不測の事態に陥り」追加
「 リーシャはリーファ様の姿を確認すると、もう大丈夫だろうと確信できて【強精神】の御業を解除した。之は人と接する時には礼を欠く、戦場の御業とされるものである。」追加